「学習者用デジタル教科書」の現状と課題~どうしたら活用していけるのか~(後編)

令和6年度より、全国全ての小学5年生から中学3年生に、英語の学習者用デジタル教科書が導入されます。一部の小中学校では、「算数・数学」でも導入される予定です。いよいよ本格導入が見えてきた学習者用デジタル教科書。しかしこの先には活用へ向けての課題も横たわっています。

本記事では、教科書会社の担当者や学習者用デジタル教科書を活用している先生方への取材から浮かび上がった現状と課題をもとに、元教科書編集者/元教育ソフト開発者としての筆者の視点から、活用に向けた考察と提言を3回に分けてお届けします。今回はその最終回です。

取材・文/村岡明

学習者用デジタル教科書の活用を考える

【前回の記事はこちら】
いよいよ本格導入へ!「学習者用デジタル教科書」をめぐる現状と課題~どうしたら活用していけるのか~(中編)

「デジタル教科書の良さ」が共有されない状況

前回までの記事では、多くの先生が学習者用デジタル教科書について、「存在を知らない・使っていない・良さが感じられない」と感じている現状について述べてきました。良かれと思って導入したのにこうした現象が生じるのは、けっして先生方が怠慢なわけではありません。こうした混乱は、業務をデジタル化しようとしたとき、ほとんどの組織において多少なりとも生じていることです。

こういった状況を解消するには、「とにかく使って慣れる」ということだけでなく、「問題点を教科書会社に報告し改善を促す」ということがあります。前回の記事でも、現場の先生方に対して「使いにくいと感じることがあった場合は、ぜひサポートセンターに連絡してください」とお願いをしました。

では、先生方からの意見を受け取った教科書会社は、どのように製品に反映すればよいでしょうか。以下は、元・教育ソフト開発者としての提言です。

顧客の声を「聴く」

一般に商品開発においては、「顧客の声を聴け」と言います。けれども、それは簡単ではありません。聴くためには、その製品に関わる深い知識と豊かな経験が必要だからです。

以前、授業取材の際に出会った学校教育用ソフト会社の担当者は、子供たちのパソコン操作ばかりを見て、先生の発問や指示、動作には注目しませんでした。おそらくは、授業の知見がないからです。これでは授業で生かせるソフトの開発は難しいでしょう。

教科書会社の人であれば、教育的知見はあるでしょう。しかし学習者用デジタル教科書を見ていると、制作側に教育課題を解決するための技術的な知見(自然言語処理やベクトル検索など)が足りないように感じます。たとえば東京書籍が採り入れているAR(拡張現実)のように、教育に生かせる技術はまだまだあるはずです。

学校教育に関する知識と情報技術に関する知識を併せ持つこと。さらに製品化の経験を重ねること。こうすることで、ようやく顧客の声が聴けるようになると筆者は考えます。

体積の量感を学ぶAR
体積の量感を学ぶAR(東京書籍のサイトより)

機能に魅力はあるか

学習者用デジタル教科書には、主に次のような機能があります。

  • 文字や画面を拡大・縮小する機能
  • 文字や画面の色や明るさ、コントラストを変更する機能
  • 文章を音声で読み上げる機能
  • しおりを付ける機能
  • 書き込んだりアンダーラインを引いたりする機能

これ以外にも会社によって独自の機能がありましたが、令和6年度版から教科書部分とツール部分を分ける決まりとなりました。一方、英語では、デジタル教科書に動画や音声などのコンテンツを搭載することが緩和されました。

さて、上記の機能は多くの先生にとって魅力的でしょうか。紙の教科書から乗り換える動機づけになるでしょうか。筆者は、あまり魅力的ではないと考えています。

授業に役立つ機能

先生方にとって魅力的な機能とは、ずばり授業に役立つ機能です。

実際、今回取材した先生の中で、光村図書のデジタル教科書を使っている方のほとんどが「マイ黒板機能がよい」とおっしゃっていました。これは、文章構成を読み取るなどの活動をアシストする機能です。単元末の手引きとも連動していて、授業での利用イメージが容易な機能でした。

しかし先述したルール変更によって、今回こうしたツール類は、デジタル教科書に標準装備できなくなりました。しかしツールでなくても、授業に役立つ機能を搭載することはできるでしょう。

たとえば、教科書本文の情報表示を一部制限する機能が考えられます。

1980年代の国語科教育では「一読総合法」という指導法が一部で流行しました。これは、国語の教材を何度も読むのではなく、1回の読みで理解しようという指導法です。とはいえ従来の教科書は子供の手元にあるため、教材文を全て読んでしまう可能性があります。これでは「一読」にならず、紙の教科書では難しい手法でした。もしデジタル教科書に教材の表示を制限する機能があれば、一読総合法のような授業が可能です。

また、教材の全部ではなく、一部を隠すという機能があれば次のような授業ができるようになります。

  • 説明文教材の図版を非表示にし、文章内容からどのような図版が入っているかを類推させる
  • 社会科や理科の教材で一部の図版を非表示にし、その図版の内容を類推させる
  • 英語や国語でキーワードを非表示にしておき、その言葉を類推させる

教育的知見と技術的知見が理想的に集まれば、この他にもよいアイディアが見つかるはずです。今後そうした動きが加速することを期待します。

デジタル教科書、今後への課題

これまでは、主に先生方の意識や教科書会社の意識について述べてきました。最後に、学習者用デジタル教科書がさらによいものとなるポイントとして、次の3つを提言します。

  • プラットフォームの統一
  • 紙の教科書の行く末
  • 教科書そのものの研究

プラットフォームの統一を

プラットフォームが数種類あると、操作性の障害になり得るというのは前に述べました。実は、もう一つ大きな問題があります。授業で活用できるツールの開発が困難になるということです。ですから、学習者用デジタル教科書のプラットフォームは国で統一すべきです。そうすれば、教科書準拠のツールが開発しやすくなり、参入する企業が増え、質の向上が期待できます。

「質の向上」とは、学習上有益な機能の開発が可能ということです。ざっと次のような機能が考えられます。

  • 誰がどの部分にアンダーラインを引いたのか分かるとともに、その数が集計できる
  • 誰がどこに何を書き込んだのかが分かるとともに、その語彙が分析できる
  • 教科書を部分キャプチャしてツールに貼り付けたとき、引用元が自動表示される
  • 習得と習熟を効率化させるため、教科書の練習問題と既存のドリルが連動する

さらに次のようなメリットもあります。

  • ログイン仕様が統一される
  • ユーザ管理・年度更新の手間が一度で済む
  • 教科書各社のプラットフォーム開発コストが下がる

もちろん、メリットばかりではなく、懸念点もあります。しかし、総合的にはメリットの方が大きいのではないでしょうか。

紙の教科書の行く末を考える

デジタル教科書の本格的な導入と普及は、紙の教科書をどうするかという問題を決着させないことには始まりません。報道によれば、現在の国の方針は「紙もデジタルも」ということになっています。しかし、世の中がいつまでもそうした「二重購入」を認めてくれるとは限りません。

一方で「全部デジタルでいいじゃないか」という方もいるでしょう。しかし、そうなると、これまで教科書流通で生業を成立させていた小さな書店が立ちゆかなくなる可能性があります。これは、町の文化を語る上で見逃せない部分です。他にも「紙でなければならない」個別の事情を抱える学校や個人もあることでしょう。ですから、紙からデジタルへの移行は、教育関係者が自分の問題として考える必要があります。多くの知見が集まれば、「紙からデジタルへ」という決して小さくない変化を乗り切ることができるでしょう。

本稿の前編で述べた通り、ほとんどの先生は教科書採択から遠ざけられました。これによって、先生方の教科書への関心はずいぶん減ってきたと筆者は感じます。紙の教科書をどうするのか考えることは、教科書そのものへの関心を高めることになり、教材研究力の向上、そしてより優れた学習者用デジタル教科書の登場につながっていくのではないでしょうか。

教科書そのものの研究を

学校教育現場において、教授法の研究は、恐らく明治時代から進められてきました。今も盛んです。一方で、教科書そのものの研究は、少なくとも21世紀になってからは目にしなくなったように感じます。教科書は昔も今も「主たる教材」です。デジタル化しようとしている今こそ、教科書自体を研究する意義があります。指導力向上にも寄与するのではないでしょうか。たとえば次のような研究テーマが考えられます。

  • 単元のねらいと教科書コンテンツ・表示機能が合致しているか
  • 背景色やフォントの種類・大きさを変えられる機能の有効性
  • 音声コンテンツ・動画コンテンツの活用法

学習者用デジタル教科書の活用が進めば、研究テーマは無限に広がるはずです。その研究をさらに意義あるものにするためには、学校・大学・教科書会社が相互に連携した共同研究が理想的でしょう。課題の解決や研究成果につながりやすくなりますから。

とはいえ、最初から壮大なテーマに取り組む必要はありません。デジタル教科書を使う子供の様子をよく見て、「この場面でこのような傾向があった」を記録していくだけでも十分意味があります。そうした気づきの集積が、必ずコンテンツや機能の改善に反映されるはずです。

小さくとも前向きな共同研究が増えていくことを期待しています。

(了)

取材・文/村岡明
埼玉大学教育学部卒。国語教科書編集者を経て、ソフトウェア開発会社にて「ジャストスマイル」など教育ソフトを多数企画し、事業部を率いて全国の自治体・学校での採用を実現する。その後、独立して教職員向けのネットマガジンを創刊。ソフトウエア開発、Webサービスの開発は20年以上の経験がある。

「学習者用デジタル教科書」の現状と課題~どうしたら活用していけるのか~(前編)
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