行動を重視し、地域や企業と協力して学校全体でSDGsに取り組む 【連続企画 「持続可能な学校」「持続可能な教育」をどう実現するか? #08】
国際的な産業都市でありながら、多摩川や多摩丘陵などの自然にも恵まれた神奈川県川崎市。その川崎市にある平間小学校では、学校を挙げてSDGsに取り組み、政府による「ジャパンSDGsアワード」をはじめ、数々の賞を受賞している。校長の佐川昌広氏に、取組の経緯や具体的な内容について伺った。
神奈川県川崎市立平間小学校
学校教育目標は、「平間小の子がどこにいても楽しく生き生きとすごすため、自立と共生をめざし平間プライドを育み、未来を創る」。年に1度、町ぐるみで実施する「平間SDGsフェス」は今年で5回目。写真は佐川昌広校長。
この記事は、連続企画「『持続可能な学校」『持続可能な教育』をどう実現するか?」の8回目です。記事一覧はこちら
目次
コロナ禍による臨時休校のときの宿題が始まり
6年前に同校に赴任した佐川昌広校長。SDGsの取組について、「その前から環境教育やエネルギー教育を行っていたのですが、私自身、学生時代に野宿しながら徒歩で日本を縦断するなど自然体験的なことに関心があり、ESD(持続可能な開発のための教育)に取り組もうと思ったのがきっかけです」と話す。
本格的に始めたのは新型コロナウイルスの感染が拡大した頃。学校が臨時休校となったとき、「SDGsについて調べて、家でできるSDGsをお家の人と一緒に考えよう」という校長からの宿題を児童全員に出した。
「それで子どもたちは一斉にSDGsを知るようになったのです」
学校再開後、「子どもたちに宿題で考えたことを付箋に書いて、校長室前の掲示板に貼ってもらう。そんなところからスタートしました」と佐川校長。
現在は、《①学ぶだけでなく行動することが大切(SDGsアクション)》、《②学校全体で取り組むことが大切(ホールスクールアプローチ)》、《③多くの人と協力することが大切(マルチステークホルダー)》という3つの柱を掲げ、授業だけでなく、委員会活動や児童会活動など、学校生活の様々な場面でSDGsに取り組んでいる。
行動することを大切にしたのは、「環境教育やエネルギー教育で、自然を大事にするという心は育っている。けれど、それで地球がよくなっているわけでもない。そこで、もうちょっと踏み込んだことをやらなければいけない。SDGsはやっぱり行動することが大事だ」との考えにもとづいてのことだという。
学年ごとに具体的なテーマに取り組み、経済と環境を結ぶ活動も行う
授業では、低学年の生活科、中・高学年の総合的な学習の時間でSDGsの取組を展開。昨年度の例では、1、2年生は自分たちで育てた野菜の食べ残しから肥料を作る。また、自分たちの町のいいところを探して、みんなに紹介するなどの活動をしている。
3年生は竹をテーマにしており、和竿を作って近くの多摩川でハゼ釣りをしたり、竹あかりを作ったりしながら、竹が環境にとって素晴らしい素材であることを学習。4年生は多摩川の水害の学習からはじめて防災について学び、防災や避難所での暮らし方などを町の人に伝える活動をしている。
5年生は、多摩川の流域を探検。川に生息する生き物など、身近な自然観察を通して、脱炭素や気候変動などについて調べ、自分たちに何ができるかを考える活動を展開。6年生は、地元の商店街を盛り上げるため、CMや横断幕を制作した年や、町のSDGsマップを作った年もあり、昨年度は町のSDGsの歌をプロのミュージシャンと作って、ミュージックビデオを制作。それをいろいろなところで流してもらうという活動を行った。
3年生以上では企業と連携した取組も行っている。例えば3年生の子どもたちの発案で、子どもたちが表紙を描いた竹紙のノートを制作。これを大人に売り、その収益を里山を守る団体に寄付している。また6年生は、横断幕の端材を利用して障害者施設で作られたポシェットやポーチにデザインをほどこし、地元商店街のイベントで販売した。
「その売上げが障害者施設に届くようにして、SDGsのいちばんの理想である経済と社会と環境の調和という取組を地域でやっています」
委員会活動でもSDGsに取り組み、地域や企業と積極的に連携して活動
3年生は竹、4年生は防災、5年生は多摩川…と大きなテーマは継続しているが、具体的な活動内容は毎年少しずつ変更。4月、5月に教員が学年や全体で話し合って年間スケジュールを決定する。
「川崎市の場合、5月に運動会という学校が多かったのですが、コロナ禍により秋に変えたので4月、5月に余裕ができました。活動内容は前の年とは同じにならないよう学期の初めにみんなで話し合って決めており、関わってくれる企業も子どもたちが選ぶので毎年違ってきます」
このような授業での取組が中心だが、先にも述べたように、各委員会活動や児童会活動、さらに教職員やPTAもSDGsに取り組んでいる。
委員会活動については、例えばSDGs委員会というのも子どもたちが作り、キャップを集めて、サステナブル事業を展開する企業に提供。プラスチックの代替素材となる石灰石で作ったコップに替えてもらうなどの活動を行っている。
また保健委員会や給食委員会もSDGsを掲げており、《健康な体をつくろう》や《食品ロスをなくそう》などの活動を行っている。
「どの委員会もSDGsに関わっているので、委員会の活動として子どもたちが商店街に出て行って、古着を集めたり、喫茶店のコーヒー滓(かす)を集めて、コーヒー滓から物差しを作る企業に渡したり、いろいろなことをやっています」
そんな活動のアイデアについては「最初は私や教員がヒントを出していたのですが、今は自分たちで探してきたり、自分たちで企業に電話をかけたり、各委員会が自分たちで考えてやっています」と話す佐川校長。子どもたちがラジオ局に電話をしたときは局から出演を求められ、「多摩川をきれいにしよう」とラジオを通して呼びかけたという。
子ども、地域、企業が一緒になった町ぐるみの「平間SDGsフェス」
教職員たちも、地元商店街や保護者、地域の人たちの協力を得て、バナナやパン、野菜ジュースなどをエコバックに詰め、給食がなくなる長期休暇の前に必要な子どもたちに配る『おはようバナナ』という活動を行っている。
またPTAは、家庭でのSDGsの取組を募集し、同校で年に一度行われる『平間SDGsフェス』で紹介するなど、子どもたちの活動がきっかけとなって、SDGsへの取組が保護者や地域の大人たちにも広がっている。
「『平間SDGsフェス』は、子どもたちが日頃の成果を発信し、また子どもたちと保護者、地域の人たちがともに学び合い、SDGsアクションをさらに広げようと、2019(令和元年)年から実施されている町ぐるみのイベント。このフェスが川崎の未来に向けて一緒に考えるきっかけになればと思っています」
会場では3~6年生の子どもたちによる学習発表のほか、SDGsに取り組む川崎市内の企業や団体など、およそ35もの団体が出前授業やブース出展などで参加。当日は保護者や地域の人たちばかりでなく、他の学校や教育委員会の人たちも見学に訪れ、大勢の来場者で賑わう。
「『平間SDGsフェス』は今年で5回目。1回目の頃は、私が探してきた企業やつき合いがある企業を教員に紹介したりしていたのですが、今はもう私が紹介しなくても、教員が自分たちで探してきます」
川崎市にはSDGsパートナーという認証制度があり、そこに「参加しませんか」と声をかけると、スペースが足りなくなるほど、多くの企業の手が挙がるという。また、平間小に隣接する神奈川県立川崎工科高校との協力関係もある。
「以前は展示だけだったのですが、今年は何人もの生徒が来て、液状化現象の実験を見せてくれたりと、積極的に取り組む生徒たちが増えてきたように思います」
「学びながらやろう」とスタート。まず子どもたちがSDGsに食いついた
このような取組を進めるにあたって大変だったこととして、佐川校長は「最初は『SDGsって何だろう?』と、教員も誰もわかっていなかった」ことを挙げる。
「教員は真面目なので、『SDGsを勉強してからじゃないと始められない』と言います。でも勉強してからだと1年後になってしまう。だから『勉強しながらやっていこう』と、最初は私自らが校内中の壁にお札のようにSDGsのアイコンを貼ったり、学校だよりにSDGsのことを書いたりしました。また町会や商店街の集まりに行ったときにも『SDGsっていうのを始めました』と伝えるなどして、周囲を巻き込んでいきました。幸いなことに、《校長の宿題》での子どもの食いつきがよかったので、もう教職員も『一緒にがんばるしかないな』という感じになりましたね」
初めの頃は低学年にSDGsをどう教えるかにも悩んだという。しかし、高学年の委員会活動で集会委員会がSDGsのゲームに低学年を呼んだり、放送委員会が放送でSDGsのクイズを流すなど、各委員会がそれぞれの活動にSDGsを取り入れることによって低学年にも広がっていったという。
「教員が教えるよりも、高学年が低学年に伝えるほうが効果的だったようです」
なお、委員会活動にSDGsを取り入れることで活動が活発になったため、「これからESDを進めようという学校には、授業を変える前に、委員会活動のSDGsがヒントになるのではないか」と佐川校長は話す。
「生活目標にSDGsのアイコンを入れたり、PTAの広報誌にもアイコンを入れたり、ちょっとしたことでSDGsが意識できるようになることでも変わってくると思います」
社会とつながって、主体的に活動できる。そんな子どもたちが育っている
こうしたSDGsへの取組を通して「地球のため、人のために大事なことを考えられる」持続可能な社会の担い手を育てることをめざしているが、それ以外の成果として「子どもたちが教師に言われるのではなく、自分たちで考えて行動できるようになってきている」という。自分たちで地域のゴミ拾いを企画し、地域に呼びかけて日曜日に実施したり、町の書店に出向いてSDGsの読み聞かせを行ったり、あるいは能登半島地震の被災者への募金を始めたりと、子どもたちが主体的に動き出している。
自分たちで企業や行政に電話をして質問したり、協力をお願いするような姿も見られるようになってきており、佐川校長も感心してしまうことがあるそう。ほかにも、「GIGA端末を使って発表することが上手になってきたように思います」との変化も感じている。
『平間SDGsフェス』だけでなく、3年生以上は学校外で開かれるSDGsや環境、防災などのイベントに呼ばれて発表することが多く、不特定多数の大人の前で発表する経験をすることでプレゼンテーション力も磨かれている。
なお、佐川校長は、この取組に対する様々な授賞式に子どもたちを連れて行くという。
「私が表彰してもらってもあまり意味はありません。それより子どもたち自らが表彰されることで、すごくドキドキするし、思い出にも残りますよね」
新聞社やラジオ局などのインタビューも、子ども中心に、いろいろな子に参加してもらうようにしている。
「そうするとすごく自信がつくというか、『やっぱりうちの学校はがんばっているんだな』という――《平間プライド》と呼んでいるのですが――自分の学校とか地域に誇りをもつような子が増えてきましたね」
中学校での断絶が大きな課題。でも子どもたちが変えるかもしれない
最後に今後の課題や展望について聞くと、「やはり、この取組を通して子どもがどう変容しているかということを、客観的な基準で評価し検証しなければいけない。それについては、これからきちんとやりたいと思っています」との回答が返ってきた。
そしてもう一つ、この取組をどう中学校につないでいくかということも大きな課題という。
「中学校はすごく忙しい。これは日本の特徴かなと思うのですが、高校受験があるため、中学校ではSDGsや総合的な学習になかなか取り組むことができない。高校生や大学生になると、また探究学習が始まりますけれど、その間をつなぐ中学校との連携。そこが大きな問題ですね」
私立の中学ではSDGsに取り組んでいる学校もあるが、公立では特に厳しいという現実がそこにはある。しかし佐川校長は平間小の子どもたちに期待を込めてこう締めくくった。
「とはいえ、これからだと思いますよ。今、ここで自主的、主体的に行動できる子どもたちが育っているので、何か始まるかもしれない。これからですよ」
取材・文/永須徹也
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