子どもに「学びの心地よさ」を与える魔法の言葉とは【先生のための学校】
学力研(学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会)では「快適な情動」のもとに、 うんと子どもを鍛えることをテーゼとして研究を進めています。では「快適な情動」―― 学びの心地よさとはどんなことなのでしょう。
執筆/「先生のための学校」校長・久保齋
くぼ・いつき●1949年、京都府京都市生まれ。京都教育大学教育学部哲学専攻卒業。教育アドバイザー。40年以上にわたり「学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会(学力研)」において《読み書き計算》の発達的意義について研究するほか、どの子にも均質で広範な学力をつける一斉授業のあり方を研究・実践し、現在も講演活動を中心に精力的な活動を続けている。
目次
魔法の言葉 《バヒーン》とは
いつの頃からか、私は《バヒーン》という言葉を使うようになりました。指を2本突き出して《バヒーン》と言うのです。子供がちょっと悪いことをしていると、《バヒーン》と言ってやります。すると、子供はビックリして喜ぶのです。
子供には、注意されているということがわかれば、それでいいのです。本人もよくないことをしているということはわかっているのですから、それより注意されたことをどう受け止めるかなのです。
「反対通行してはダメでしょう。六年生なんだから、学校のルールを守りなさい」
こう注意されれば確かにそうですが、不快な感情が残ります。「なんやねん。いちいちうるさいな。先生だって反対通行しているとき、あるやんか」と心の中で思っているかもしれません。これは、注意しているけど、教育的効果は上がらず、不快な感情だけが残るという例です。
私が反対通行している高学年の女の子に《バヒーン》と言ってやると、ビックリして、そしてクスッと笑って通り過ぎます。「おもしろい先生、注意されちゃった」、こんな感じでしょうか。周辺には《快適な情動》が漂います。
《バヒーン》が「快適な情動」を作り出す理由
なぜ《バヒーン》は周りを心地よくするのでしょうか。
子供に理由をきっちりと説明して、納得させなければならないときもあります。しかし、そんなことばかりしていたら、息が詰まり、心地よくありません。学校は心地よいところでなければ、教育は成り立たないのです。《バヒーン》で済ませることができるときは、それでいいのです。
注意するためにやっていた《バヒーン》ですが、いつの間にか、かかわりをもちたいときにも使う言葉になっていました。やんちゃな子供たちが私に《バヒーン》と言って注意されるのが嬉しくて、自慢になってきたのです。
「久保先生に《バヒーン》て言われた」
こんな感じです。それで、これを続けていると、いつの間にか、私は学校中で《バヒーン》先生と言われるようになったのです。
日本には、アメリカの「ハーイ」やイタリアの「チャオ」というようなあいさつ言葉がありません。昼間、廊下ですれ違っても、かける言葉がないのです。「こんにちは」ではちょっと違和感があります。どうもなじみません。それで、子供たちが私にかかわりたいとき、《バヒーン》を使うようになったのです。
《バヒーン》は魔法の言葉です。中身は何もありませんが、人を心地よくする言葉です。そして、私と子供たちを「快適な情動」でつないでくれる言葉なのです。
学力研(学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会)の仲間たちと大阪で10年以上続けてきた活動が、<教師力を磨くために教師が集まって学ぶための学校>です。
どんな初歩的なことでも質問できて、それをなぜそうするのかがしっかり学べて、自分の実践をみんなに聞いてもらえて、みんなでワイワイしゃべれて『教育とは何か』『授業とは何か』という本質的なところまで深められる・・・。
そんな「教師の学ぶ場」をつくろうよ!という呼びかけのもとに始まりました。本記事は、そこで培われた知見を紹介する連載企画です。
イラスト/イワイヨリヨシ
『小二教育技術』2018年9月号より