不安な子も自信がついた子も、みんなが心地よい学校づくりを目指す【連続企画 多様化する選択肢 令和時代の不登校対策 #03】

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JR、名鉄岐阜駅からともに徒歩15分ほど、岐阜市中心部にある岐阜市立草潤(そうじゅん)中学校(生徒数40名)は不登校特例校(学びの多様化学校)のひとつ。同校の設立の経緯や工夫を凝らした施設、ユニークなカリキュラムなどについて、鷲見(すみ)佐知校長に話を聞いた。

岐阜県岐阜市立草潤中学校

2021年、公立校では中部地方初となる不登校特例校(学びの多様化学校)として開校し、現在も40名の生徒が学ぶ。保護者からの評価も高く、県内外の注目を集めている。

この記事は、連続企画「多様化する選択肢 令和時代の不登校対策」の3回目です。記事一覧はこちら

設立のきっかけは、廃校になった小学校の再利用

草潤中学校は、かつて徹明(てつめい)小学校として使われていた校舎を利用している。徹明小学校は、1872年に寺子屋として設立されたのが始まりという非常に歴史ある学校だったが、近年の少子化により全校児童数が100人を切ったため近隣の木之本小学校との統廃合が決定。地域住民も交えた協議のうえ、2017年から木之本小学校を徹明さくら小学校に改名した上で開校、徹明小学校は廃校になることが決まった。

「ちょうど校地の再利用について検討していた時期に教育機会確保法(義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律)が公布され、早川三根夫岐阜市教育長(当時)の後押しもあり、不登校特例校設立に向けての動きがスタートしました。岐阜市内の不登校児童生徒が全国平均より多かったことも背景にあり、約2年の準備期間ののち、2021年に開校しました」

徹明小学校の統合時、木之本小学校への実質的な吸収に関して反対していた地域住民も、不登校特例校の設立に関しては賛同する人が多かったという。教員は、岐阜市の教員を中心に不登校特例校での勤務を希望する人材を募り、一部集まらなかった教科に関しては、本人に同意を得た上で赴任させるという形をとった。

校舎は1980年築の建物をリノベーション。ソファやゲームが置かれたアクティブルーム、個室ブースが並ぶEラーニングルーム、興味のある活動ができるセルフデザインルームなどを設置。図書室は漫画を重点的に蔵書し、ハンモックでくつろぎながら読むこともできる。職員室は「スタッフルーム」、校長室は「マネジメントオフィス」など、部屋の名称も変更し、生徒が入りやすいように工夫されている。実際、休み時間に雑談をしにくる生徒も多いという。

アクティブルームには、1人や2人、大人数で遊べるゲームなどが置かれている。
個室が9室あり、自習などができるEラーニングルーム。
ハンモックやテントなどが置かれた図書室。

ユニークなカリキュラム設定。受講の仕方も自由

草潤中学校が他の中学校と大きく異なる点は、そのユニークなカリキュラムだ。年間授業時数は標準時数1015時間より少ない770時間に設定。主要5教科は、3学年共通で国語、数学、外国語が各105時間、理科と社会は70時間。イメージとしては各教科とも週に1コマずつ少ないといった感じだ。学習内容は一般校と同じだが、難易度は下げている。

総合的な学習の時間は70時間で、一般校とほぼ同じ。道徳と特別活動の代わりに、両教科を合体した「ウォームアップ」「クールダウン」の時間を毎日各10分作っている。前者は今の状態や今日の過ごし方について、後者は今日の感想や明日以降の過ごし方を担任と確認したり、悩みの相談をしたりする時間だ。

音楽、美術、技術家庭は、3教科を合わせた「セルフデザイン」という教科にし、年間70時間行う。年度始めこそ各教科の学習を一通り行うが、その後の学習内容は各自が選択。各教科の教員がそれぞれの教室にいるので、楽器を演奏したければ音楽室に行くといった具合だ。

1日の流れとしては、9時30分に登校し、10分間のウォームアップ時間を経て午前中に2コマの授業を受ける。午後も2コマの授業。その後10分間のクールダウンを経て、14時35分に下校となる。1コマの時間は50分で、一般校と変わらない。放課後は週1回、地域の外部講師による拡大放課後学習が行われる。楽器演奏、陶芸、手芸、プログラミングなどテーマは毎回異なり、希望者が参加する。

「5教科の勉強も大切ですが、勉強以外でも自分が得意だな、好きだなと思えることを見つけることを大事にしています。拡大放課後学習では、『初めてでもいいからやってごらん』と声をかけ、いろんなことに挑戦させています。ダンスでも、音楽でも、絵画でも、何か好きなことを見つけて、生きていくモチベーションをつくってあげたいのです」

教員の声かけの効果もあり、今では半分以上の生徒が参加する人気の時間になっている。ちなみに部活動はないので、拡大放課後学習がない日は16時頃まで校内で自習するか、そのまま帰宅する形になる。

授業はネット配信され、どこでも受講が可能

授業の受け方も自由だ。登校して教室で受ける形のほか、ほとんどの授業をインターネットで配信しているので、教室以外の場所で受講することもできる。生徒は2階の廊下にある「イマここボード」に自分がいる場所をマグネットで示しておけば、学びたい場所で学ぶことができる。もちろん、自宅など校舎外での受講も可能だ。

授業に参加しやすいよう工夫もしている。青、赤、黄色の円錐状の意思表示マークを作り、教員が指名してもいいときは青、拒否する場合は赤、何か困っているときは黄色を机に置く。小さなことだが、不安やストレスはかなり軽減されるようだ。

担任は、生徒1名に対して学年担任2名と個別担任1名の3名が付く。集団としての指導は学年担任が行い、友人関係や個の悩み、進路相談は主に個別担任が担当する。学年担任は学校側が割り当てる形になるが、個別担任は5月頃、生徒が希望する担任を選ぶ。入学時からずっと同じ担任を選ぶ生徒、いろんな先生に見てもらいたいと定期的に変える生徒、学年担任と同じ先生にする生徒など様々だという。

学習に対する評価についても、生徒に寄り添った配慮が行われている。

「学力面で苦しさのある生徒も一定数おり、九九の学び直しなど、小学校の内容からやり直している子もいます。文部科学省の学習指導要領に基づく評価では、本来行うべき学年の内容について評価しなくてはならないため、どんなに一生懸命やっても評価は『1』になってしまう。その分、記述の評価で取り組んだことや良かったことを書いて褒めるようにしています」

学校のスタンスとして、授業、あるいは学校に来ないからといって無理やり来させようとはしない。ありのままの姿を受け入れ、じっくりと寄り添い、話を聞き、少しずつ信頼関係をつくっていくというのが基本だ。教員には忍耐や経験が求められるが、職員間で頻繁に情報共有を行い、試行錯誤を重ねながら、生徒たちを見守っているという。

全生徒がどこで学んでいるかがわかる「イマここボード」。
机に置くことで教員に今の状態を伝えることができる意思表示マーク。最近は、使わなくても大丈夫な生徒が増えているという。

一人になりたいときもある。勉強したいし、友だちをつくりたいときもある

設立から2年半が経ち、目指すべき学校の姿も変化してきたという。

「設立当初は、普通の学校らしいことを極力やらないようにと、制服、校則、部活、行事などをなくし、とにかく心身の安定を重視し、何もしないこと、刺激を与えないことを考えていました。一人になる時間を確保できるように個室ブースも作りました。確かにそういう時間も必要でしたが、子どもたちに元気が出てくると、友達がほしい、修学旅行に行きたい、勉強がしたいと言うようになってくるんです。少なくとも草潤中の子どもたちは、何かしらの理由で不登校にはなったけれど心の中では学校が好きで、求めているのは仲間と過ごす学校生活なんだということがわかってきました。私たちが目指すべき学校は、既存の学校の対極にあるのではなく、学校らしくない部分と一般の学校に近い部分を兼ね備えた学校、つまり、不安や緊張状態にある生徒から自信をもてるようになった生徒まで、すべての生徒のニーズに応えられる柔軟性のある学校ではないかと思うようになりました」

実際に、一般校に近い授業や行事も少しずつ増やしていった。体育の授業では、ヨガなど個人対象のものに加えて卓球やバレーボールなどの複数で行う種目を実施。今年度からは、スポーツフェスティバルや文化祭なども開催し、好評だったという。

10月に行われた来年度入学生向けの学校説明会では、在校生がボランティアで参加し、学校の魅力を語った。入学希望の保護者からの質問で「学校生活で得たもの」を聞かれたある生徒は「自信と友達ができました、先生は、優しくてすごく褒めてくれます。先生や友達から認めてもらって、自分に自信がつきました。私も入学前に説明会に来たけど、入学できるなんて思っていなかったし、緊張しすぎて話が入ってこなかった。けれど今は充実しています」と答えたという。不登校だった児童生徒が、自らの意思で人前に出て発表できたことに、関係者も大きな成長を感じたことだろう。

ちなみに入学にあたっての選考は、現在の状態、本人や保護者の希望、現在所属する学校からの意見、事前体験、面接などから総合的に判断する。岐阜市在住が必須条件となるが、県外から引っ越してまで通学を希望する生徒もいるという。

焦らず一人一人にじっくり向き合う

卒業後は、ほぼ全員が高校に進学する。草潤中に近い環境で学ぶことができる定時制や通信制の高校を選ぶ生徒が多いが、不登校にならず、きちんと通えている子が多いという。全日制の高校への進学を希望する生徒もおり、そういう生徒には入試に合格できる学力をつけさせてあげたいという思いも鷲見校長にはあるようだ。

「何か一つの目標をみんなで目指していくというのは、本校では難しいと考えています。これまでどおり、一人一人に向き合い、社会性、対人関係力を身に付けさせながら、自信を持たせることを大事にしていく考えです。一つできたら、次のステップを考えるという繰り返しを、これからも40人分やっていきます」

大人はつい焦ってしまいがちだが、焦らずに、ゆっくり、根気よく一人一人に向き合うことが、結果的に良い結果をもたらすようだ。

「子どもたちに話しかけても反応が返ってこないこともあります。ただ、生徒が教えてくれたのですが、先生からの声かけは子どもにとって本当は嬉しいもので、でもどう表現していいかわからず、戸惑うことも多いようです。私たちは、子どもに寄り添い、様子を見ながら『元気?』『大丈夫?』と声をかけて、やっと少しずつ打ち解けていくという感じです。大事にしているという気持ちが通じれば、心を開いてくれます。不登校の児童生徒にかかわる先生方には、根気よく気持ちを伝え続けてもらいたいと思います」

       お話を伺った草潤中学校・鷲見佐知校長

取材・文/安部晃司

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