英語のシャワーを子供たちに浴びせながら、学習を進める 【「英語教育実施状況調査」4回連続全国1位!さいたま市中学生の英語力はナゼ高い? #01】

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「英語教育実施状況調査」では、平成30年度から現行の形で、中学生・高校生の英語力に関する調査を行うようになり、令和4年度の調査で4回目になります(令和2年度未実施)。この間、中学校で継続して全国トップの結果を示し続けているのが、さいたま市です(政令市のため高校の調査はない)。こうした成果はどのような行政の取組や授業改善によって実現したものなのでしょうか。さいたま市教育委員会に教育行政面を取材するとともに、学校での授業実践例や教師の授業改善法などについて取材を行い、3週にわたって紹介をしていきます。

さいたま市教育委員会学校教育部指導1課の国際教育係長、風間泰宏主席指導主事。

平成28年度から「グローバル・スタディ」という独自英語教育に取り組む

まず教育行政上の取組について、さいたま市教育委員会学校教育部指導1課の国際教育係長である、風間泰宏主席指導主事に聞きました。風間主席指導主事は、同市の英語の学力調査結果が良好な理由について、平成28年度から全市で取り組んでいる「グローバル・スタディ」(以下、『G・S』)という独自英語教育の取組の成果だとした上で、なぜこの『G・S』を実施し始めたのかという経緯やその概要について、次のように説明します。

「そもそもは平成25年に中央教育審議会の答申『今後の青少年の体験活動の推進について』の中で、『グローバル化に対応した国際交流の推進』の必要性が説かれ、さらに『学校教育の中でもコミュニケーション能力の育成を図る』ことや、自国の伝統や文化を『世界へ情報発信する力の習得』の重要性が説かれています。

また翌平成26年には、英語教育の在り方に関する有識者会議から、『今後の英語教育の改善・充実方策について 報告~グローバル化に対応した英語教育改革の五つの提言~』が示され、『小・中・高等学校を通じて、授業で発音・語彙・文法等の間違いを恐れず、積極的に英語を使おうとする態度を育成することと、英語を用いてコミュニケーションを図る体験を積むことが必要』と指摘されています。

さいたま市としてもこれらの視点を受け、英語教育改革を図らなければならないということで、27年度に中学校2校、小学校3校のモデル校を設置し、独自カリキュラムの開発に取り組みました。実は、本市では以前から英会話に力を入れて取り組んでいた経緯もあり、カリキュラム開発の重点は小中学校の9年間、さらに高校までを見据えた12年間の連携を深めながら一貫したカリキュラムの下で学べるようにすることでした。そして、翌28年度には『将来、グローバル社会で主体的に行動し、たくましく豊かに生きる児童生徒の育成』を目標とし、実践的な学習を通して『聞く』『話す』『読む』『書く』の4技能をバランスよく育む『G・S』のカリキュラム(資料1参照)を整備し、全市立小中学校での取組を開始したのです。

(資料1)さいたま市教育委員会作成のパンフレット(中学校用)より抜粋。

この『G・S』の実施に当たっては、学習時間の確保と人的配置を手厚く行っています。まず学習時間としては、小学校段階から外国語活動がない小学校低学年でも、週1時間(1年生は年間34時間、2年生は年間35時間)実施しており、中学年の外国語活動も高学年の外国語も週1時間増の全年間35時間増で実施しています(資料2参照)。中学校では全学年17時間増としていますが、これらの時間増については、単純な英語教育の増ではなく、『グローバル社会で主体的に行動し…』という『G・S』の目標実現ということから、総合的な学習の時間の読み替えで実施しています。

加えて、こうしたカリキュラム実施のための人材整備として、令和5年度、小学校にはG・S専科教員を746名配置。またALTは基本全校配置で小学校90名、中学校58名の全148名を独自配置しています。これによって、授業は基本的に担任だけで実施することはなく、専科教員やALTなどの英語の専門性の高い教員や講師が入る、もしくは担任とG・S専科教員とALTなどの形で進められるように整備をしているのです」

(資料2)さいたま市教育委員会ホームページより抜粋。

小学校で英語劇発表会を、中学校で英語のディベート大会を行う

こうした時間の確保や人的配置を行った上で、小学校から学習の積み上げをしていったことが大きな成果の要因だ、と風間主席指導主事。さらに次のように説明します。

「中学校における成果は、もちろん中学校の取組だけによるものではなく、小学校の低学年から英語に慣れ親しめるように学習時間を確保し、ALTの全校配置によって常に英語に触れ合える状況を整備し、英語を使ってコミュニケーションを図る活動を行ってきたことの積み上げが大きいと思います。

もちろん、『G・S』導入当初、小学校の先生方は1年生からの英語の導入に際して始めることに困っていたという話も聞きました。自身の英語力にも不安があるし、授業をどう進めてよいか分からないという声が多くあったのです。そこで、ちょうど4年前に5年計画で「小学校教員のための英語力向上研修」を開始し、夏休み中に2日間で英会話のレッスンや英語授業の研修を実施。今年度が5年目であり、研修を受けていない人はいない状態になっています。もちろん、この研修ですべての授業が改善されるとは思いません。しかし、先生方に少しでも自信をもっていただき、前向きに日々の授業に取り組めるような基盤づくりをするための目的の一つとして研修を行ってきたわけです。そうしたことから着実な授業改善を重ね、中学校まで9年間積み上げてきたことが、中学校での成果として表れているのだと思います」

同市では、こうした研修の実施と専科教員の配置などによる現場の支援体制を整備しつつ、子供たちが学校で学んだことを生かす場をつくることで、学ぶ意欲を高めるような取組も開始しました。風間主席指導主事は次のように話します。

「『G・S』で学んでも、それを生かす場がなければ本物の力になっていきません。しっかり生かせる場があって、成功体験を通して手応えをつかめれば、必ず次の学びへの意欲にもつながっていきます。そこで、市として小中学校で多様なアウトプットの場を準備しました。

小学校であれば英語劇発表会を行っており、例えば、浦島太郎や桃太郎の英語劇をやってみようという内容を、『G・S』のカリキュラムの一部に設定しています。

中学校であれば、毎年、英語のディベート大会を行っており、決められたテーマに沿って自分の意見を英語で伝え合う学習を行います。また国際ジュニア大使という取組で、希望者のジュニア大使の子供たちが海外から来られた方へのガイドを行う、交流ボランティアを行ってもいます。具体的には、さいたまクリテリウムという国際自転車レース大会でガイドを行ったり、盆栽ミュージアムでのイベントなどがあるときにガイドを行ったりしてきています。ただし、コロナ禍の間は一時停止をしましたので、その間は、ニュージーランドやオーストラリアの学校とオンライン交流会を行いました。さらに、さいたま市はニュージーランドのハミルトン市と姉妹都市ですので、夏休み期間中に同市への生徒派遣も行っています。そもそも『G・S』のねらいの中には、自国の文化を発信するということもありますから、こうした場を通して、子供たちが外国の方々と交流しながら文化を発信できるようにしているわけです」

『G・S』の実施で、子供たちの英語でのやりとりをする機会が格段に増えた

このように、独自カリキュラムを整備し、時間や人材を確保し、小学校から授業改善を積み重ねてきたことが大きな要因だと話す風間主席指導主事。しかし重要なのは、教師一人一人の意識の変革が進んできたことだと話します。

「何よりも中学校では、英語の文法も大事ではあるのですが、そこにこだわっていて子供たちが英語を使う機会が少ないために、英語を話せない子供たちを生み続けていた英語教育というものを大きく変えました。授業の中で、子供たちが英語を使って自分の思いや考えを表現する、英語を使ってディスカッションする、ディベートをする、プレゼンテーションを行うなど、英語でのやりとりをする機会が格段に増えたというのが、『G・S』を実施して大きく変わったところだと思います。

英語のシャワーを子供たちに浴びせ、英語を聞かせながら、子供たちがなじんでいくような流れで学習を進めるのですが、そのために先に説明したような学習時間の確保や人的配置を行っているわけです。もちろん、そのような授業に変え始めた当初は先生方も慣れないこともあり、苦労したと思います。しかし、現在では授業の中に流れとして組み込まれてきたところがあるので、それが英語教育実施状況調査の成果にもつながっているのかなと思います」

基本的に英語教諭とALTがオール・イングリッシュで授業を展開する(次週以降、詳報)。

そうした授業改善の意識が定着したこと、それに加え、常に熟達したALTと授業を行うことで、さらに授業改善が進んできていると風間主席指導主事。

「やはり我々教師の授業づくりの考え方として、常にゴールを見つめながら、そのゴールに向かってどう取り組んでいくかを考えてきたのが大きいと思います。授業のゴールを見つめて1時間の学習活動を考えるのはもちろんですが、単元のゴール、1年間のゴール、そして3年間、9年間のゴールをどう思い描きながら授業をしていくかということなのです。『グローバル社会で主体的に行動し、たくましく豊かに生きる児童生徒の育成』ですが、そのゴールに向けてコミュニケーションに積極的に取り組んでいく子供たちをどう育てていけるか、というイメージを描きながら、授業を続けてきていることが大きいと思います。

さらに、英語の教師も採用の段階で、改善が図られかけてきた時期の英語教育を受けてきた世代の先生方が増えてきており、いっそう意識改革や授業改善が進んできているところもあるでしょう。それに加えて、『G・S』の目標をよく理解したALTが、授業の中で子供たちの学ぶ姿勢に対し、『Good challenge manners!』などと評価し、声をかける場面もよく見られますが、そうした小さな声かけの積み重ねで、子供たちの意識も先生方の意識も変わってきているところは、決して小さくないのではないでしょうか。

こうした『G・S』カリキュラムの成果として、困り顔の外国の方を見かけた子供たちが、『Excuse me. Do you have a problem?』と声をかけるような場面が市内のあちこちで見られるようになればいいなと、私個人としては思っています」

さて、ではこうした『G・S』カリキュラムの下で、どのような授業が行われ、先生はどのような点を大事にしながら授業をしているのでしょうか。次回以降では、実践事例と現場の先生の話を紹介していきます。

 平成25年度の同調査開始以降は、英語検定を指標に調査が実施されていたが、平成30年度より第3期教育振興基本計画に則り、中学校ではCEFAR A1、高校ではCEFAR A2を指標として、それ以上の英語力を有する生徒の割合を調査している。ちなみにCEFARとは、4技能で外国語運用能力・熟達度を評価するグローバルスタンダードの指標。中学校のA1は初級レベルで、よく使われる日常表現は理解し使うことができるが、会話には時間がかかるレベル。

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之

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