優先して救うべきは子供 ~スクールソーシャルワーカー日誌 僕は学校の遊撃手 リローデッド⑪~
虐待、貧困、毒親、不登校──様々な問題を抱える子供が、今日も学校に通ってきます。スクールソーシャルワーカーとして、福岡県1市4町の小中学校を担当している野中勝治さん。問題を抱える家庭と学校、協力機関をつなぎ、子供にとって最善の方策を模索するエキスパートが見た、“子供たちの現実”を伝えていきます。
Profile
のなか・かつじ。1981年、福岡県生まれ。社会福祉士、精神保健福祉士。高校中退後、大検を経て大学、福岡県立大学大学院へ進学し、臨床心理学、社会福祉学を学ぶ。同県の児童相談所勤務を経て、2008年度からスクールソーシャルワーカーに。現在、同県の1市4町教育委員会から委託を受けている。一般社団法人Center of the Field 代表理事。
中3の夏休み前、突然転入してきた男子生徒
中学3年生の将斗君がA町のA中学校に転入したのは、夏休み間近の6月下旬のこと。父親とB市に住んでいた将斗君を、A町に住む離婚した母親がいきなり引き取ったからでした。進路を決める大事な時期に入っているにもかかわらず、親の身勝手で振り回されていました。
両親の離婚前、将斗君はネグレクトにより満足な食事を与えられずに衰弱していたため、幼児の頃から児童相談所に預けられていました。しかし、両親の離婚をきっかけに、父親が将斗君を引き取ったようです。このとき児童相談所が介入した履歴があるため、転居の際に、B市からA町に行政連絡が入りました。
将斗君は、B市では特別支援学級に在籍していました。A中学校でも同じように特別支援学級への転入になるのか決めるため、私も将斗君の検査と面談に立ち会いました。検査の結果、将斗君は明らかな自閉症傾向が見られたため、特別支援学級への転入について母親に説明することになりました。
学校を訪れた母親の髪はボサボサで、手や首が垢で薄汚れ、体はむくみ、不摂生な生活を送っていることが一目瞭然。これまで様々な親を見てきましたが、身なりのひどさが抜きん出ていました。
(このお母さんは、本当に子育てができるのだろうか……)
母親から話を聞くと、前の夫(将斗君の父親)からDVを受けたので離婚したこと、再婚して新しい夫が住むA町に来たことなど、自分の身の上話はするものの、肝心の将斗君については触れません。
検査と面談の結果を踏まえ、「将斗君は、前の中学校と同様、特別支援学級でいいですか?」と尋ねると、母親は即座に「いいです」と答えました。
「お母さん、ずいぶんリストカットの痕がありましたね」
母親が帰るなり、校長先生が心配そうに話しました。母親の手首にはリストカットの痕らしきみみず腫れが20か所以上、新しい傷痕もいくつもありました。夏とはいえ、服装でまったく隠そうともしないので、傷痕がやたら目立っていました。
「そうですね。身なりを見ても、ちょっと心配ですね」
「学校も、注意して将斗君を見ておくけ、何かあったらよろしくお願いします」
校長先生と今後の連携を確認し、私は学校をあとにしました。
正論で詰めてもこじれるだけ
将斗君が転入してから間もなく夏休みを迎えたため、2学期が始まってから私はA中学校を訪れました。
「将斗君が転入時よりさらに痩せたので、担任が『大丈夫か?』と尋ねても、本人は『大丈夫』と答えているようです。でも、給食を山んごと食べてるけ、家庭でちゃんと食べてるんか怪しいですね」
校長先生が心配そうに話してくれました。
「最近、何日か欠席したので本人に様子を聞くと、『夏休みに昼夜逆転の生活になり、朝起きることができない』と言うんです」
「それは、ちょっと要注意ですね」
将斗君について校長先生と話している最中、突然、将斗君の母親が泣きながら校長室に入ってきました。
「(現)夫にDVを受けた! なんとかして!」
母親の手首のリストカット痕が増えていました。
「お母さん、わかったけ、一度家庭訪問させてくれんね」
私が話すと、母親はうなずきました。
将斗君宅を訪ねると、玄関前にはごちゃごちゃものがあふれていました。家の中も同じで、ごみが積み重なって窓を塞ぎ、晴天だというのに部屋の中は真っ暗でした。
「将斗君は今どんな生活しとるん?」
「夜遅くにゲームをしとるみたいで、朝起きんのよ」
「お母さんは今、どこに勤めてるん?」
「今はどこも行っとらん」
1週間で2か所辞めたそうです。
「お母さん……大丈夫?」
「うん、大丈夫」
(いや、大丈夫じゃないから、学校に駆け込んだのでは?)
母親の様子を見るに、将斗君に愛情が無いわけではなさそうです。かといって、元夫から引き取るほど愛着しているようには見えません。なぜ将斗君を引き取ったのか、母親自身深く考えていないようです。
母親が話した前夫との離婚理由であるDVも、現夫のDVも、一方のみの話なので本当のところはわかりません。けれども、もしかしたら母親にも要因があるのではないか、とふと感じました。
このような親の場合、正論で詰めてもこじれるだけです。こちらから提案し、将斗君を連れ出し、信頼関係を積み重ねていった方がスムーズに進みます。
そこで、私が代表を務める放課後等デイサービスに通うよう母親に提案し、何度か将斗君にお試しで来てもらうことにしました。
デイサービスに来るなり、「お腹がすいたー」と言う将斗君。私はスタッフに「ラーメンでいいけ、用意しちゃり」とラーメンを出したところ、あっという間に平らげました。お腹がいっぱいになって満たされたのか、その後も “食べ物目当て” で通所するようになりました(笑)。
ネグレクトの過去を考えると、食生活が一番気がかりだったのですが、デイサービスの利用でその問題をクリアできました。
私は将斗君に過度な接触はしませんでした。詳しく話を聞き出すことよりも、安心できる場所を提供することで関係性を築いていくことを優先した方がいいと考えたからです。母親からも少しずつ信頼されていることがわかりました。
保護者との関係性が悪化すれば、不利益を被るのは子供です。親の成長を待って解決していくことが本来は望ましいのかもしれませんが、進路や進学、思春期等、子供の対応にはタイムリミットがあります。救うべき優先順位は子供であって保護者ではありません。
その後、将斗君と雑談していると、自ら進路について話してくれるようになりました。将斗君は、自閉症傾向ではあるものの、勉強はそこそこできます。彼もそれを自覚しており、高校進学を望んでいました。
A中学校とも相談し、進路を決める際、母親に高校進学のことを丁寧に話すことを決めました。そのとき、もし母親が身勝手に反対したら、自立援助ホームから通う選択肢があることを将斗君に提案しようと考えています。
*子供の名前は仮名です。
取材・文/関原美和子 撮影/藤田修平 イラスト/芝野公二