ストレスのはけ口に盗撮していた進学校の男子生徒 ~スクールソーシャルワーカー日誌 僕は学校の遊撃手 リローデッド⑨~
虐待、貧困、毒親、不登校──様々な問題を抱える子供が、今日も学校に通ってきます。スクールソーシャルワーカーとして、福岡県1市4町の小中学校を担当している野中勝治さん。問題を抱える家庭と学校、協力機関をつなぎ、子供にとって最善の方策を模索するエキスパートが見た、“子供たちの現実”を伝えていきます。
Profile
のなか・かつじ。1981年、福岡県生まれ。社会福祉士、精神保健福祉士。高校中退後、大検を経て大学、福岡県立大学大学院へ進学し、臨床心理学、社会福祉学を学ぶ。同県の児童相談所勤務を経て、2008年度からスクールソーシャルワーカーに。現在、同県の1市4町教育委員会から委託を受けている。一般社団法人Center of the Field 代表理事。
目撃者の通報により警察で取り調べ
「野中さん、すみませんが、A警察署にすぐ来てもらってもいいですか? 彰人(あきと)が取り調べを受けているんです」
鈴木家きょうだいの長兄、夏樹君から連絡を受け、私はすぐにA警察署に向かいました。
「迷惑をかけてすみません!」
警察署でうなだれている夏樹君は私を見た途端、土下座をしました。
「いや、頭を上げて。一体、どうしたん?」
「彰人が駅の階段で盗撮をしていたようで、発見者から通報されたみたいなんです」
「え、彰人が盗撮!?」
末っ子の彰人は、県内有数の進学校の高校に通っています。
(一体、何があったん?)
間もなく、取り調べを終えて出てきた彰人を見るなり、「おまえ、何やりよったん!」と夏樹君が飛びかかり、取っ組み合いになりました。
ふたりを引き離しながら、彰人に事情を尋ねると、ひと言、「ストレスが溜まってた」。
学校で友達から日常的に “からかい” を受けてむしゃくしゃしていた彰人はある日、通学で一緒になる同級生に目をつけて後をつけ、階段の登り口で下からスマホを向けて盗撮していたようです。彼女に恋愛感情があるわけではなかったのですが、その後、半年近くにわたって盗撮を続け、今日、盗撮を目撃した人から通報されたのです。
「こんなことをするために、おまえにスマホを与えたんじゃないぞ!」
夏樹君が怒りを抑えながら強く言うと、彰人は「データはすぐに消したけ、残ってないし」とふてくされています。
「おまえには、もう絶対にスマホは与えんから!!」
夏樹君の怒りは収まりません。彼らの生育歴を知っている私も、せっかく “普通” の生活を送るようになったのにと、複雑な気持ちになりました。
借金を抱えた両親が失踪した過去
鈴木家との出会いは、私がスクールソーシャルワーカーになって間もなかった10年以上前になります。当時、父親の怒鳴り込みに頭を抱えた小学校から連絡が入ったことがきっかけでした。鈴木家のきょうだいは6人。長男の夏樹君と下ふたりが小学校に通っており、度重なるクレームに困り果てていた小学校に代わって、私が定期的に家庭訪問を行っていました。
生活保護を受けている鈴木家は古びた木造の公営住宅で、玄関先にまでがらくたやごみが積み重なっていました。いろいろな物であふれた部屋の中には、酒臭い父親と幼い子供たちの面倒を見ている母親がいました。末っ子の彰人は幼児で、母親がいつも手を引いていました。知的障害がある母親はいつも父親の言いなりで、子供の予防接種など少し難しい会話になるとすぐにパニックを起こすため、保健師が代行して子供たちの予防接種を行っていました。
まともな生活環境ではないものの子供への虐待や放置などはなかったため、学校や行政も手を出すことができず、様子を見守るしかありませんでした。
それから9年後、状況が一変しました。借金取りから逃れるため、突然、両親が姿を消したのです。郵便受けに何通かの消費者金融からの督促状もあったので夏樹君に開封してもらうと、利息だけで500万円もの延滞金を要求されていました。
成人していた夏樹君たち上のきょうだい3人はすでにひとり暮らしをしていましたが、下3人はまだ義務教育の段階でした。20代前半の夏樹君が3人の面倒を見るのは到底無理です。すぐに生活保護世帯から両親を外して、下の子たちを3人世帯として生活保護を継続するとともに、3人の親権停止と未成年後見人の申立てを行いました。半年後、無事親権停止が認められ、私が未成年後見人となりました。生活の目処がつき、ようやく安定した下3人は、それぞれの進路を歩み始め、私もほっと胸をなで下ろすことができました。
その後、両親は家に戻ることなく、未だ失踪したままです。
高校は自主退学となり保護観察処分に
盗撮事件を受け、高校は彰人に自主退学を促しました。被害者の女子の親が「大ごとにはしないから、娘の前から消えてくれ」と強く抗議したからです。第三者の通報によって盗撮が明るみに出たこともあり、学校もこれ以上、彰人に温情をかけることは難しいと判断したのです。退学処分ではなく、自主退学にしてくれただけでもありがたいことでした。
彰人の盗撮はその後、立件されました。家裁で審判を受け、半年の保護観察処分となりました。私は保護司として、彰人を見守ってきました。
彰人は、普通の家庭とは異なる環境の中で育ったため、勉強はできても、家庭で教えられる一般常識やモラルを十分身につけていませんでした。常に周りと競争を強いられる進学校という集団の中で、彰人はストレスのはけ口としてからかわれていたのかもしれません。そして、そのからかいをストレスに感じた彰人は、盗撮という犯罪行為をストレスのはけ口にしたのです。
保護観察が終了し、しばらくしてから彰人は再びスマホを購入しました。
「ストレスを免罪符にするなよ」
少しきつめに彰人に話すと、彰人は静かにうなずきました。
*子供の名前は仮名です。
取材・文/関原美和子 撮影/藤田修平 イラスト/芝野公二