360度映像で様々な社会課題を疑似体験する「共感VR」【連続企画「教育DX」時代の学校マネジメント #07】

特集
「教育DX」時代の学校マネジメント

国内外の様々な社会課題の現場を疑似体験して理解を深めることができる「共感VR」。現在、10のコンテンツが経済産業省「未来の教室」STEAMライブラリーに無償公開されており、実証事業に参加した学校からは「生徒の取り組む姿勢が主体的になった」「生徒にとって新しい仕事の発見になった」などの声が寄せられているという。このコンテンツを開発したNPO法人クロスフィールズの共同創業者・代表理事である小沼大地氏と、プロジェクトマネージャーの渡辺真恵氏に事業の経緯や教材の特徴について伺った。

NPO法人クロスフィールズ

NPO法人クロスフィールズ共同創業者・代表理事の小沼大地氏(写真左)とプロジェクトマネージャーの渡辺真恵氏(写真右)

この記事は、連続企画「「教育DX」時代の学校マネジメント」の7回目です。記事一覧はこちら

社会課題に対して共感の気持ちを育んでいく

VR(バーチャルリアリティ)/360度映像を使って、「貧困」「エネルギー」「難民」などの様々な社会課題の現場を当事者目線で疑似体験できる「共感VR」。NPO法人クロスフィールズでは、社会課題の現場を疑似体験し、その解決に向けて共感の気持ちを育むことをめざしてこのコンテンツを開発した。

「カンボジアの農村やタンザニアの未電化地域など、普段では体験できない社会課題の現場を疑似体験する、探究学習のプログラムという形で開発しています」(小沼氏)

もともと学校向けのプログラムを作った経験はなかったというクロスフィールズは、これまで企業人材に対して、国内外のNPOやスタートアップなどに越境して、社会課題の解決に取り組むプログラムを提供してきた。しかし、2020年の新型コロナウイルスの流行からプログラムの実施が困難に。そこで新しい取組として、テクノロジーを活用した社会課題の現場の疑似体験に思いが至った。

「いくつかの企業にプログラムを提供してみたところ、経済産業省『未来の教室』実証事業の事務局に『教育現場でもおもしろい取組になるのでは』と言っていただき、そこから学校向けプログラムの開発に取り組むこととなりました」(小沼氏)

こうした経緯で「未来の教室」のSTEAMライブラリーでコンテンツを公開することになり、学校現場に向けて無償で10のコンテンツを提供。この実証事業は、2020年から3年間にわたり続けられてきた。

「未来の教室」STEAMライブラリーの教材ページにて無料公開。(こちらからアクセス可能)

共感VRを教育に活用するうえでのメリットは、生徒たちが主体的に授業に没入できることだと小沼氏は語る。

「通常の知識教養型プログラムや調べ学習の中ではなかなか前向きになれない子どもたちに対しても主体性を引き出すことができるという点で、非常に価値があると思っています」

さらに、プログラムはすべてSTEAMライブラリーで無償公開となっているため、教員が手軽に海外や国内の社会課題をテーマにした探究学習の授業をつくることができる。モデルケースをまとめた資料もあるため、プリントアウトして資料を用意するだけで、プログラムが成立する。教員の負担軽減という点でも心強い存在といえるだろう。

「共感VRの大きな特徴である360度映像を使った授業では、GIGAスクール構想で配布された1人1台のタブレットで、子どもたちが自分の好きな方向を全方位に見ることができます。そうすると、ほかの子と違うところに気づいたり、お互いの気づきや感じたことを共有したりすることができます」(渡辺氏)

共感VRのコンテンツは現在10本あるが、今後はそれらをブラッシュアップして、さらに使いやすさを追求していく予定だ。

タブレットのほか、スマートフォンからでも共感VRを使った授業が可能。

授業の時間は学校の状況に合わせて変えていく

また、「共感VR」の活用イメージを持ってもらえるよう、2022年9月から2023年2月までの期間、公立中学校、高校の計5校と連携し活用事例を創出する取組も行われた。その中の一つ、県立中高一貫校の総合的な学習の時間では、全6コマの授業を実施。最初の2コマで共感VRを体験し、次の2コマで調べ学習、最後の2コマで、各々が調べた内容を発表するという流れになっている。

一つのテーマが終われば、また次のテーマを教員が選択し、進めていく。このサイクルを1年間続けていくことにより、インプットとアウトプットを繰り返す経験を得ることができる。また、生徒たちが伝えたいことも明確になり、教員からも「導入してよかった」という声が寄せられたという。

「『あの子と同じだから』という選び方ではなく、『私はこのテーマをやりたい』という、生徒の主体的な声が多くありました。共感VRを使って探究学習を回していくことや、普段見ているインターネットや本以外からの情報を得られるこのコンテンツは、生徒たちにとって、とても意味のあるものだったと先生方から言っていただきました」(渡辺氏)

とはいえ、1年間のカリキュラムとして探究学習を導入することはまだまだハードルが高い部分もあり、もう一つの県立学校では、共感VRの360度映像だけを導入した例もあったという。「SDGsのエネルギーについて考える」をテーマに解決策を考えるその授業では、導入部分の「エネルギーとは何か」について知る際に、360度映像を通じて実際に地球で起きている問題や、それが自分たちの暮らしにどう影響を与えているかを体感してもらった。現場の教員からも、生徒の取り組む姿勢が明らかに変化したという声が上がった。

「共感VRの授業での使い方は、360度映像の動画だけ使う、1時間の授業だけ行うなど様々です。我々が推奨しているのは、基本形として『2回の授業を行う』ことですが、回数を増やすこともできますし、1年間ずっと使っていくこともでき、現場での応用が利くようになっています」(小沼氏)

チームごとに探究したいテーマを選び、調べていくことで学びを深める。(共感VRに関する動画はこちら

企業と開発したプログラムを学校に還元したい

委託事業として教育コンテンツを開発し無料公開しているクロスフィールズだが、今後さらに活動を広げていくにあたり、解決するべき課題も残っていると小沼氏は語る。

「共感VRを使っていただいた先生方は、まだ100人にも達していません。そのため、共感VRをさらに多くの先生方に知っていただき、世の中の認知を広げていきたいと思っています。また、この事業に取り組み、活動を広げていくうえで、どのように資金を調達していくのかを学校現場や自治体、省庁とさらに協議を進めていく必要があります」(小沼氏)

現在、新規のプログラム開発については、企業向けの取組に舵を戻しているという。企業からプログラムの開発資金を提供してもらい、制作していく形だ。例えば、あるメーカーが抱える途上国ビジネスのサプライチェーンの課題を解決するためのプログラムを共同で制作する。このような社会課題と関わるようなプログラムは、教育現場にとっても重要な素材となる可能性を秘めている。企業からの資金提供を受けてつくるプログラムを学校に提供することで、産業界と学校がつながる産学連携の取組にもなり得ると、小沼氏は今後の展望に期待を膨らませる。

「我々の立ち位置として、企業と社会課題の現場をつなげていくことを行ってきているので、このつながりをうまく学校に還元していきたいと思っています。そして持続的な事業モデルとして、共感VRの価値をさらに高めていきたいですね」(小沼氏)

グローバルな探究学習の機会を創出

実証事業を行う中で様々な学校現場を見てきた小沼氏には、どの学校でも教育のDX化に向けてのインフラは整ってきた印象があるという。しかし、それらを活用するだけの知識や経験がかなり不足している状態でもあると懸念する。

「これからは、教育現場にどれだけデジタルが入っていくかが重要になります。しかし、これを学校だけで進めようとするのは限界がある。デジタルをうまく取り入れるためにも、我々のような外部事業者のプログラムを使用することも一つの手だと思います。先進の技術を活用した良質な教材が子どもたちに届けられるよう、開かれた学校になっていくこと、外部とうまく連携して知見を取り込んでいくことが、これからの学校には求められるのではないかと思っています」(小沼氏)

さらに、このコロナ禍を通じて学校現場と関わってきた中で、グローバルな学びという観点からも感じることがあったという。

「コロナ禍の影響で、学校現場ではグローバルな探究学習の機会が失われてしまっているように感じます。我々二人は青年海外協力隊の出身で、途上国への派遣の経験があります。その経験を通じ、途上国の課題や現地の人に対する共感の念を持てるようになりました。しかしこの3年、学生たちの留学やスタディツアーの機会が失われ、若い世代が内向きになっているように思います。次世代がグローバルな課題に目を向ける機会が減ってしまっていることが心配ですね」(小沼氏)

世界的にみるとグローバリゼーションは止まっているわけではなく、こうした状態が続くことは日本にとっても非常に大きな損失なのではないかと懸念する。

「グローバルな探究の機会を若い世代に届けることは日本にとって不可欠なこと。今の子どもたちが将来、日本の様々な分野でリーダーになっていくわけですから、その層に対してグローバルな探究の機会を提供することをこれからも続けていきたいと思っています」(小沼氏)

誰もが平等に良質な機会を得られるようにする

近年、「体験格差」という言葉も出てきているように、子どもによっては夏休みにどこにも行けないというような「体験の差」がそのまま「教育の差」としてフィードバックされてしまうケースもある。そのような意味で、共感VRのようなプログラムは誰も取り残すことなく、良質な探究の機会を提供することができると小沼氏は語る。

「どんな地域の子どもたちでも、ここにアクセスさえすれば途上国の課題の現場を疑似体験して、自分の考えを広げていける。そのような機会が平等に提供されていくことは、教育の在り方として非常に大事だと思っています。誰も取り残さないという観点からも、この事業へのこだわりをこれからも持ち続けたいと思っています」(小沼氏)

最後にお二人から教育現場に立つ教員へのメッセージをもらった。

「共感VRは、指導案のほか、パワーポイントやワークシートなどの資料も全てそろっていて、使いやすい教材になっています。まずは、『授業のコマが一つ空いているから』のように気軽に始めてみて、生徒の反応や使いやすさを実感していただくのがいいと思います。共感VRがきっかけとなって子どもたちが社会課題を知り、ひいてはこれからのより良い社会を考えることにつながると嬉しいです」(渡辺氏)

「子どもたちの教育を学校任せにしている現在の社会の在り方自体をアップデートしていかなければならないとも感じています。保護者や地域、そして我々のような事業者も、この社会の中で、子どもたちに健やかに育ってもらいたいと願っています。これからも社会と手を取り合いながら、この時代に必要な教育を届け、良きパートナーとなっていきたいです」(小沼氏)

取材・文/三井悠貴(カラビナ)

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