授業取材に同行された大ベテランの先生が感心したこと【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話㉟】
目次
「教育の自治体間格差は確かにある」
現行学習指導要領の改訂作業が進んでいた頃、改訂に関わるとある立場の方から推薦を受け、ある教育の専門家に取材をしたことがありました。取材の中心的な話題についてお話を伺い終え、雑談をしていたところ、それまでの調査経験のなかで感じたこととして、「教育の自治体間格差は確かにある」とおっしゃっておられました。その格差とは、学力調査などの結果に見える格差という意味ではなく、教育文化や授業の質などに関わるものなのですが…今回は、その教育の自治体間格差について、取材の裏側で見聞きしたことを話してみたいと思います。
管理職と現場教師が互いに信頼関係がある自治体と、そうとは言いにくい自治体
実は、ちょうど学習指導要領の改訂が進み、学習指導要領の告示が近付いてきた頃、とある自治体の大ベテランの先生が取材に同行できないかと打診してこられたことがありました。全国学力テストの結果があまり良好ではない自治体の先生なのですが、授業力もあり、多数の若手の先生方からも信頼されている先生です。ちょうど学力調査結果の良好な自治体の授業を取材に行くという話をT編集長から聞き付けて、取材に同行したいと言われたのです。
実際に取材先の小学校の先生や校長先生に確認をとったところ、「問題はないので、どうぞ」とご快諾をいただきました。そこで、一緒に2校を回り、2名の先生の授業を拝見した後、授業者の先生と校長先生にお話を伺う取材を行いました。その取材自体はとてもスムーズに終わったのです。
取材後、大ベテランの先生と食事をしながら、その日の取材について話をしたのですが、まず授業名人の授業自体はとてもよいものだったと評価されていました。ただ、その授業以上に感心しておられたのは校長先生のことでした。このときに、改訂過程だった学習指導要領についても高い関心をもち、自校の学校経営とも関連付けながらご自身の言葉で授業づくりのポイントを説明されてたことにとても感動されていました。そして、30数年にわたるその大ベテランの先生の教師生活のなかで、「多数の校長先生のもとで仕事をしてきたけれども、そのレベルで話をされるような管理職にはほとんど会うことはなかった。職を同じくしてよかったと、やりがいを感じられるような校長先生は、2名いたかどうかだった」と言われたのです。
そして、「この自治体の校長先生はみんな、先のお二人のような方々なのですか?」と問われるので、「私が過去に取材でお目にかかった校長先生は、多少の違いはあれ、ほぼそのような方たちばかりでした」と答えると、それは自分の自治体とは大きな違いだと感心されていました。優秀な教師が優秀な管理職や先輩から見出され、きちんと管理職になり、次の時代を担う若手を育てるという風土がしっかりあるのはすばらしいと言うわけです。ちなみに、T編集長は、「常々、思っていたけど、やっぱりうまくいっている地域や学校は、管理職と現場の教師が互いにリスペクトし合ってるよな」と話していました。
現場教師の側から管理職を見た感想とは逆に、管理職の立場から現場を見ることになった例もあります。10年少々前、全国学力テストの結果があまり良好とは言えない自治体の中学校に取材に行ったときのことです。学校経営についての取材が中心だったのですが、取材が思ったよりも早く終わったため、「いくつか授業を拝見することはできませんか?」と校長先生にお願いをしたのです。管理職が教室を回るのは当たり前のことだと思っていましたし、それに付いて回れないだろうかと思ったわけです。ところが、「授業を見ます?」と少し渋い顔の校長先生。予告もなく教室に行ったら先生がよい顔をされないと言うのです。
先にも触れましたが、管理職が日常的に授業の様子を見て回ることは、例えば先ほどのような学力調査の結果が良好な自治体では当たり前のことですから、驚きました。そして、改めて「可能ならば是非」とお願いをしたところ、授業1つだけならと言って、研究主任の先生の授業を見せてくださいました。校長先生は教室に入る前に、研究主任の先生に声をかけ、許可を取ってからの入室となり(もちろん、私のような外部の者が入ることが問題だとされたのでしょうけれど、校長先生がずいぶんと気を遣われていることに違和感を感じ)、なんだか居心地が悪かったことだけを覚えています。正直言って、授業のよし悪し以前に、こんなに管理職が現場の先生に遠慮しながら授業を見なければいけないのかということだけが強く印象に残っていましたし、子供たちがつくり出す教室の空気も重かったように思いました。
そのように、管理職と教師が互いに信頼し合えるような関係や学校風土がある自治体と、そうとは言いにくい自治体の格差というのはあったのだと思います。そのような管理職と現場の間の風通しがよいかどうかは、互いに現状をオープンにして改善を図っていくうえではとても重要なポイントで、その風通しが担保されないと十分な授業改善は図れないのではないでしょうか。ただし、いずれも過去の話であり、その状況は改善されてきていることだろうと思います。
自分の置かれた環境が良好なのか、そうでないのかの鍵はICT活用
ただ、もしそのような問題となりそうな風土が今もあったとしても、その自治体の学校すべてがそうだとは思いません。例えば、先に紹介した中学校のある自治体の、別の中学校に何年後かに取材に行ったときは、本当に管理職と現場の先生の間の話もスムーズで、学校全体の風通しがよいと感じました。現行学習指導要領の告示前でしたが、授業中も子供たちが主体的に考え、対話しながら解決法を改善していくような授業がなされていました。そして、何よりも授業中に問題解決を図ろうとする子供たちの顔は、どれも楽しそうで、授業を撮影した写真のなかに、いくつも子供たちの笑顔があふれていたのです。余談ですが、その学校の全国学力テストの結果は全国的に見ても、とても高かったのです。
あるいは、授業の質の低下が危惧されるような状況の自治体でも、先生方の意識が変われば比較的短時間に授業の質が変わるということもあります。10数年前に、教育の質の低下が危惧されていたある自治体で、この何年かの授業力向上がめざましいと、とある専門家に言われ、現行学習指導要領の告示後にいくつかの学校で授業取材をしたことがありました。そのときに見せていただいた授業は、どれも学習指導要領が求めるものを先取りしたもので、すばらしいものばかりでした。もちろん、そこには教育委員会の研修制度改善などの多様な改善が、要因としてあったようです。しかし、何よりも現場の先生方の意識が高く、それが授業改善に大きく寄与していたことに感心させられたのでした。
やはり、自分たちの置かれた状況は問題だと多くの先生が自覚できれば、その状況は比較的短時間で変えられるのだろうと思います。しかし、あまり好ましくない風土の中に置かれていながら、それが当たり前だと思ってしまうと、なかなか状況は変えられないのかもしれません。実際に教育風土の差が生じてしまうのは、そういう環境の問題が大きいのではないでしょうか。
では、自分の置かれた環境は良好なのか、そうではないのか、どうすれば分かるかと言えば、鍵はICT活用にあると思います。GIGAスクール構想の実施と、ほぼ時を同じくして起こったコロナ禍のために、今、学校では急速にICT活用の状況が進んできました。多くの学校でも、状況に応じて研究会をオンラインやハイブリッドで開催するようになってきました。それによって、他地域の研究会に参加しやすくなったのは事実だと思います。
また、「みんなの教育技術」でも、先生向けの講座を多数実施しているように、それぞれの自治体に住みながら、中央教育審議会や文部科学省の専門家、あるいは授業名人などの話を直接、聞いたり、話したりする機会が増えてきたと思います。そういう機会をもつことで、(今も明確に存在するかどうかは置いておいて)自治体間格差に関係なく、教育の本質に触れ、より質の高い教育が実現できるのだと思います。
今、「みんなの教育技術」を読んでおられる先生方は、すでに複数のネット研究会・研修会に参加されたことのある先生だろうと思いますが、もし、まだ参加されていない先生がおられたら、ぜひこの機会にネットを通して教育の本質に触れる機会をもっていただきたいものだと思います。
はたして「何をおいても、まず学級経営」?【全国小学校授業実践レポート 取材こぼれ話㊱】はこちらです。
執筆/矢ノ浦勝之