第58回 2022年度 「実践! わたしの教育記録」特別賞 久冨哲朗さん(バルセロナ日本人学校教諭)

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「発信・共有」をベースにした「創造」する社会科
~子どもも大人も「全員ファースト」の学びを目指して~

1 「令和の日本型学校教育」の構築を目指して

令和3年初めに中央教育審議会より出された「令和の日本型学校教育」に関する答申は、現場の私たちにとって新たな指標となった。全ての子どもたちの可能性を引き出す個別最適化された学びと、協働的な学びの実現は、教員として常に意識しながら業務に向き合う一方で、多くの課題にも直面している。答申が目指す4つの柱「教育振興基本計画の理念(自立・協働・創造)の継承」「働き方改革の推進」「GIGAスクール構想の実現」「学習指導要領の着実な実施」を私なりに分析した結果、それらの実現・構築のための共通項として「『発信・共有』をベースにした『創造』する授業」への転換であると見立て、主に中学校社会科における授業改善に向けて研究テーマを設定した。

2 子どもたちの今を理解する ~「Z世代」の特徴と傾向~

授業改善の第一歩として、まずは子どもたちの再理解から始めることにした。概ね1990年代中盤から2000年代終盤生まれを「Z世代」と呼ぶ。下記は、この世代の主な特徴を列挙したものである。

デジタルネイティブ、スマホネイティブ(生まれたころからデジタル機器、常時接続の環境が当たり前)
SNSネイティブ(膨大な情報と自由な発信の中で育つ)
タイムパフォーマンスを重視(ex. TikTokなどのショート動画、切り抜き動画など)
ブランドよりも「共感」できるものを信用(大人が思っている以上に情報リテラシーは高い)
無駄な消費は嫌うが、価値を感じればのめり込む。
多様性やインクルージョンの意識が高い。(人権意識が高い)
※原田曜平『Z世代 若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか?』(2020年光文社新書)より

教室の子どもたちにも思い当たる点がいくつもある。今の若者は、我々が思っているよりもずっと大人であると同時に、いわゆる「X・Y世代」と呼ばれる私たちとは異なる価値観で判断・行動している。もちろん、全ての子どもたちにこの特徴があてはまるわけではないが、『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説』にも「一人一人が持続可能な社会の担い手として、その多様性を原動力とし、質的な豊かさを伴った個人と社会の成長につながる新たな価値を生み出していくことが期待される。」(「総則編」P.1)とある。これらを踏まえ、子どもたちの持つ資質・能力を最大限に引き出すために、「発信・共有」を授業改善のキーワードとする。異なるものを認め、自らの思いを自由な発想で表現することで、新たな価値は生み出されていく。前出の答申が目指す「自立・協働・創造」の教育理念を継承・発展させるために、学校現場からも積極的にアプローチしていきたい。

3 汎用的授業デザイン

以上を踏まえ、中学校社会科における今後の授業デザインを構想していく。これには「どの教員・どの学校・どの学年・どの分野」でも無理なく実施可能となるよう、汎用性と継続性を持たせることを重視した。

単元内自由進度学習

教員が授業を単元ひとまとまりとして捉えて構想を練るために「単元デザインシート」を作成した(後出の資料②)。私のこれまでの授業は、多少の変化はあれ、基本的には下図の資料①のように学び方に自由度がなかった。話し合いをしたり、自分で調べたりする活動もあり、一見子どもたちが自分の力で学習を進めているようではあるが、肝心な課題把握も課題解決も結局は教員が行っていた。子どもたちは、決められたレールに沿うことを無意識に強要される授業だったのである。これを解決するために私が着目したのが、「単元内自由進度学習」であった。赤坂真二先生、蓑手章吾先生の実践や研究を参考に、中学校社会科の枠に落とし込んだ。

資料①
資料①
資料②
資料②

上記の「単元デザインシート」が教員用であるのに対して、資料③は生徒用の「単元ワークシート」である。単元の導入段階で課題把握を行った後は、常に追究テーマを意識しながら問いを生み出し、材料集めや思考の整理を進めていく。最終的なゴールと課題追究に費やす時間さえ守れば、自分のペースやプロセスで自由に進めていくことができる。もちろん、途中で何をしてよいか分からなくなったり、迷ってしまったりする生徒も出てくる。そんなときは、資料②の「単元デザインシート」と連動した「主となる問い」が毎時間設定されているので、それをヒントに作業を進めていく。他にも共有ノートやふり返りのシェアなどによって、教員と生徒全員が同じゴールを目指しながらも、一人一人が異なるインプットやアウトプットをしていくことが可能になる。もちろん、あくまで「単元内自由進度」なので、単元終末(発表、プレゼンテーション、レポート提出など)の期限は決めておく。また、今の自分の位置を認知し、自己調整の精度を上げるために、こちらも単元デザインシートと連動した評価基準(ルーブリック)をあらかじめ示しておく。

資料③
資料③

授業構成と反転授業

資料④は1時間の基本的な授業の流れである。ICTを活用して情報整理をすることはもちろん、共有ノートやチャットなどに自らの調査結果や意見などを投稿したり、他者の投稿に「いいね」をすることで、発信することのハードルを下げるねらいがある。もちろん、実践初期段階はふざけたり、わざと低評価をつけたりするなどの課題もあったが、続けていくことで「どんな投稿なら多くの人の共感を得られるか?」「あの人の考えに共感したから、自分もその方向で追究してみよう」などという生徒が増えてきた。

資料④
資料④

また、生徒たちの活動時間を充実させようとすると、どうしても教員の説明や解説時間の確保が難しくなってくる。そんなときに出合ったのが佐藤靖泰先生、芝池宗克先生、中西洋介先生らによる「反転授業」であった。「NHK for school」をはじめ、昨今ネット上には小中高校生向けの学習用動画が充実している。自作の動画教材についても初任者当時から作成しており、2019年度末の一斉休校要請も重なり、授業動画については多くのストックがあった。これを活用し、生徒たちはあらかじめ家庭などでその単元や内容の動画を視聴してから授業に臨むようにした(資料⑤)。これにより、学校でしかできない探究や創造的な活動に、なるべく多くの時間を当てられるようになった。以上の方法は、他者との「共感」やタイムパフォーマンスを重視する「Z世代」の子どもたちには特に有効であると考える。

資料⑤
資料⑤

何かを「創る」ことに対する目的意識と他者意識(価値を感じるとのめり込む「Z世代」)

生徒と教員が、連動しながらも自由に学びを進めること。そして、ICTを活用して共感力やタイムパフォーマンスを上げ、「発信と共有」の機会を充実させることで、子どもたちにも変化が生じてきた。資料⑥は生徒が作成した共有ノートやレポートの一部である。最初は学んだことをそのまま書いているだけのものが多かったが、回を重ねるごとに、見やすさや説得力などを持つものになってきた。これまでは、どちらかというと自分のために学ぶという意識が強かった。しかし、日常的に「発信」し、他者と「共有」することで、子どもたちは「何のために学ぶのか(目的意識)」「誰のために学ぶのか(他者意識)」を考えるようになったのではないだろうか(資料⑦)。

資料⑥
資料⑥
資料⑦
資料⑦

このように、子どもたちが何かを「創る」ときに前のめりになる理由が、目的と他者を意識できるからだということが分かった。それをもとに子どもたちの姿を適切に評価していくための方向性についてまとめたのが、下図の資料⑧である。現代の若者が「バズる」ことを求めているのは単なる承認欲求ではなく、「誰かの役に立ちたい」という人としての立派な行動原理ではないだろうか。子どもたちがそれを意識するための単元デザインと個別の支援を行い、動きを適切に見取った評価を行っていくことで、授業そのものもアップデートしていくことができると考える。

資料⑧
資料⑧

4 生みの苦しみと向き合う ~競争ではなく創造の機会を~

以上の学習活動は、その目的やゴールを自分で考えなくてはならないところに本質があり、かつ「難しい」と感じる要因でもある。つまり「生みの苦しみ」を乗り越えなければならない。そして、それを評価する教員側にも創造性がなければならない。学校教育における評価といえば、テストの点数に代表されるように、ある程度の客観性が担保されるものが中心であることが多い。他にも挙手をしているか、課題を出しているかなどの表出されたものだけで評価する傾向があった。さらに多くの子どもたちが参加している部活動でも、大会やコンクールなどの序列や他者との比較を目標にすることは未だに珍しくない。

下図の資料⑨は、現状の定期テストなどが継続されている前提で、これまで述べた授業構想が目指す理念を実現するために、生徒と教員が進めるべき学びの設計図である。学びのゴールはあくまで「自分の理想」や「なりたい自分」であり、テストはそのプロセスの一部に過ぎないということを理解しておく必要がある。

資料⑨
資料⑨

5 今後の展望

令和の日本型学校教育4つの柱の実現・構築のために、「『発信・共有』をベースにした『創造』する授業」への転換について研究・実践を行ったが、授業以外にも多くの気付きがあった。

反転授業の実施のために授業動画を120本程作成したが、生徒たちの声をアンケートなどで集計・分析したところ、授業動画よりもロケ動画の方が再生回数や「いいね」の数が多い傾向にあった。中でも地域の方にインタビューするなどのコラボ系動画の評価が高かった(資料⑩)。コロナ禍により、社会科見学などの校外活動が制限される中で、授業に活用するために作成した動画だったのだが、このような動画に子どもたちが関心を持ったことは、自分たちと同じ思いで社会課題の解決に取り組んでいる人たちに「共感」したからではないだろうか。

資料⑩
資料⑩

私自身が学んだことも多い。動画にご協力いただいた方々は、YoutubeやInstagramなどで発信されており、特に過疎地の漁師さんや、まちおこしを担当する市役所職員さんのお話は、多くの生徒の共感を集めていた。SNSで多くの人から共感を得ている方に共通することは、良い面ばかりでなく、悪い面もしっかりと発信されていることである。「Z世代」が共感し、支持するのはそんな実直な企業やインフルエンサーである。そのような発信をするためには、それだけ多くの人とつながり、情報や意見を共有し、絶えず理想に向けて動き、自己調整をしながら粘り強く続ける必要がある。世の中を変える新しい価値を生み出すには、子どもたちはもちろん、全ての人に「自立・協働・創造」の機会が必要なのではないだろうか。

私自身も個人的にSNSを利用しているが、20代から30代の同業教員の方から授業に関する相談や質問を頂戴することがある。「私などに」とありがたく感じると同時に、今の若い先生方は学びたくても学ぶ余裕がないほど多忙なのだろうとも推測する。言わずもがな、私たちは高度専門職である。専門性を最大限に発揮するには、教員自身の主体的に学ぶ姿勢と、それに専念する環境が必要である。学校教育において「自立・協働・創造」を未来に継承していくためには、私たちがワーク・ライフ・バランスを保ちながら、学び続けられることが最も重要である。「子どもファースト」ももちろん大切なのだが、その「子どもファースト」のために、学校が持続可能でなくなっては意味がない。広く社会を見つめ、「子どもも大人も全員ファースト」を目標に今後も「発信・共有」を続けていきたい。そしていつの日か、全ての人が大切にされる社会の「創造」を目指して。

【参考資料・文献】
『中学校 学習指導要領(平成29年告示)』(文部科学省)
『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 社会編』(文部科学省)
『Z世代 若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか?』原田曜平(2020年 光文社新書)
『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』蓑手章吾(2021年 学陽書房)
『個別最適な学び×協働的な学びを実現する学級経営』赤坂真二(2022年 明治図書出版)
「反転授業が変える教育の未来 生徒の主体性を引き出す授業への取り組み』芝池宗克・中西洋介(2014年 明石書店)
『情報化に対応した整備のための手引き 学校アップデート』堀田龍也・為田裕行・稲垣忠・佐藤靖泰・安藤明伸(2020年 さくら社)
『GIGA完全対応 学校アップデート+』堀田龍也・為田裕行・稲垣忠・佐藤靖泰・安藤明伸(2022年 さくら社)
『教育技術MOOK 〜GIGAスクール時代の新しい授業モデル〜 創造性を育む「1人1台端末」活用授業』佐和伸明(2022年 小学館)
『川端裕介の中学校社会科授業 見方・考え方を働かせる発問スキル50』川端裕介(2021年 明治図書出版)
『川端裕介の中学校社会科授業 見方・考え方を働かせる課題設定&評価スキル60』川端裕介(2022年 明治図書出版)

受賞の言葉

バルセロナ日本人学校教諭(京都府亀岡市立亀岡中学校より派遣)・久冨哲朗

この度は特別賞に選出いただき大変光栄に思います。私の教員生活はまだまだ15年余りですが、ここ数年でも急激に子どもたちの様子が変化しているように感じます。目指す教育の方向性が定まらず悩む時期もありましたが、時代の過渡期に教育に携わる私たちがすべきことは、まず「広く地域や社会を見つめる」ことではないかと思い至りました。それに気付かせてくれたのは、子どもたちはもちろん、地域のために尽力されているたくさんの方々の姿でした。教員こそゆとりある生活を送り、放課後や休日には学校を離れ、地域の多様な方々とふれあいながら幸せについて共に考え、行動することが、持続可能な教育の実現につながると思います。「全員ファースト」と副題をつけましたが、これには全ての人が立場やちがいを乗り越え、自らの強みを発揮して協働できる学校や社会を実現したいという思いを込めています。

本研究と実践は、私一人の力では到底叶うものではありませんでした。児童生徒の皆さん、ご協力いただいた所属校、地域の皆さん、現在勤務する日本人学校の大切な仲間の皆さん、そしていつも私を支えてくれる最愛の家族と、産み育ててくれた両親に感謝します。これを励みに今後もさらに精進していきたいと思います。

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