<問題提起> 若手教員の困り事を解決するためにも管理職はソーシャルサポートの充実を
心身の不調に陥ったり、休職や離職をしたりする若手教員たちが後を絶たない。
若手教員たちはどんなことに困っているのか? 現場の教員の声に耳を傾けながら研究活動を行っている上越教育大学の赤坂真二教授に聞いた。
執筆/上越教育大学教職大学院教授・赤坂真二
赤坂真二(あかさか・しんじ)
上越教育大学教職大学院教授
新潟県生まれ。19年間の小学校での学級担任を経て2008年4月より現所属。現職教員や大学院生の指導を行う一方で、学校や自治体の教育改善のアドバイザーとして活動中。2018年3月より日本学級経営学会共同代表理事。『学級経営大全』(明治図書)など著書多数。
目次
若手教員が抱える3つの問題
この特集(総合教育技術2022・23冬号特集2「若手教師 緊急事態宣言!」)のために、若手教員のリアルな声を集めたいと思い、教職5年目以下の教員を中心に、仕事における悩みや困っていること、同僚や管理職に望むことなどを尋ねるアンケートを実施しました。今回は彼らの声を紹介しながら話を進めていきます。まず、困っていることに関しては、寄せられた回答からキーワードを拾い、分類しました。その数が多かった順に並べますと、①仕事量の問題、②同僚の問題、③メンタルの問題となりました。
①仕事量の問題
「教材研究や授業の準備ができない」と思っている人が多かったのですが、それは要するに仕事量が多すぎる、ということです。例えば、大規模な小学校ではみんなが部分最適を求め、生徒指導の担当者、教科指導の国語部の担当者、算数部の担当者など、それぞれが一生懸命仕事をするために、やることが増えて膨大な仕事量になり、若手教員は汲々としています。中学校では、平日は「残業するな」と言われ、休日にも部活動があります。結局、自分のやりたいことまで手が回らずに、やらなければならないことだけやって日々が過ぎ、やる気を失っていく、といった構造が見えてきます。
②同僚の問題
2番目に多かったのは、同僚の問題です。これはさらに2つに分かれます。まずは体質の問題です。同僚から「古い考えややり方を押し付けられる」ことに若手教員は困惑しています。現在の教育大学の教員養成課程では実践的なことを学びますので、学生はやりたいことを持って教員になります。ところが、学校では「前例がない」「こうあるべきだ」などと言われ、「押し付けられる」と感じています。
もうひとつは、関係性の問題です。職員室で、自分のクラスについて「ここがダメ、あそこがダメ」などと批判的なことを先輩教員たちから陰で言われたり、先輩教員たちが悪口を言い合う様子を見たりして、若手教員は居心地の悪さを感じています。特定の職員を蔑むような行動をとる管理職に対して不信感を抱き、職員室にいじめやパワハラがあると答えた人もいました。
職員室において、ベテランの先生にとっては当たり前に行われていることでも、若手教員は違和感を覚えています。しかも、学校の外、つまり世の中は若手教員に近い感覚で動いていますので、ベテランの先生たちのやり方に合わせる必要はないのではないか、という気持ちになるようです。
③メンタルの問題
「業務がやたら多いので、落ち着いて自分を振り返る余裕がない」「見通しが持てない毎日の中で、仕事が押し寄せてくる」などの声が聞かれました。「人材として消費されている感じがする」と答えた人もいました。ある1年目の先生は「とにかく仕事に時間がかかる。私ができないことで迷惑をかけているんじゃないかと思うと自己肯定感が下がっていく」と、6年目の先生は「このままでは自分の考えに自信が持てない」と答えていました。自信を持つには共感してくれる誰かが必要なのですが、仕事が忙しければ同僚との会話が減りますので、自信を持てないのでしょう。
さらに、仕事量が多いと教材研究をする時間がなくなりますので、自分がやりたいと思っている授業ができなくなります。若手教員はこんな授業をしたい、子どもとこんなふうにつながりたい、こんなふうに成長していきたいと、この仕事に就いたときには自己実現のベクトルを持っています。しかし、それがことごとく断ち切られ、なりたい自分から遠ざかっていきます。
若手教員が仕事への意欲を失っていく背景には、現在の働き方改革の方針も関連しているのではないかと思います。
4年目のある先生は、「勤務時間を減らすように」と管理職から言われるそうですが、自分としては4年目の今の時期に、もっとスキルを身に付けたいと考えています。だから、早く帰るよりも仕事をしたいし、効率よく仕事をするよりも丁寧に子どもと仕事に向き合いたいそうです。しかし、「早く帰れ」と言われて、中途半端なスキルで日々の実践を行っていますので、このままだと必要最低限の仕事しかしないベテランになってしまうのではないかと恐れています。この先生のように、納得するまで働きたい人もいるのですが、今の働き方改革は「いかに早く帰るか」が重視されています。仕事に対する様々な考え方があることを踏まえ、議論しながら進めていくべきだったのではないでしょうか。
現状を放置してはいけない理由
このような若手教員たちの現状をなぜ放置してはいけないのかを考えてみます。
成長できない
仕事量が多すぎて、同僚との会話が失われるのは危険なことです。教師が経験を成長につなげるには、学習が必要であり、そこには他者の存在が欠かせないからです。
図1をご覧ください。教師の経験を成長につなげるために必要なことは、2つのループを自分の中につくることだと私は考えています。実践だけをしている人は、体験と省察を繰り返します。左のループの中でぐるぐる回っているだけであり、実践埋没主義となっていくのです。そうすると、だんだん考えが凝り固まっていき、過去の成功談で今の問題を解決しようとします。
これに対し、体験にプラスして学習もしている人は、体験したら省察し、新しく学んだことと比較して、なぜうまくいったのか、なぜうまくいかなかったのかを他者の意見や知見などを交えながらアップデートし、次の体験に生かします。本を読んで学び、インターネットから情報を集めただけでは独りよがりになる可能性があります。他者からのフィードバックがなければ成長の実感が得られないのです。
この図は個人の成長モデルですが、学校にあてはめてみると、学校組織もシングルループに陥っていることに気づきます。若手教員の考え方は新しい知見です。それらを取り入れて学校をアップデートしていくサイクルができていないのです。そのため、古い考えに縛られて実践だけでぐるぐる回っていて、若手教員を古いやり方に馴染ませようとして追い詰めていきます。
優秀な人材の流出
教員の給料は、他の職業と比べて特別に高いわけではなく、若者がどこで仕事の良し悪しを評価するのかというと、それはやりがいだと思うのです。しかし、肝心のやりがいの部分に「働き方改革」により制限がかかり、思ったように働けないとしたら、やりがいを求めて他の仕事に就く人たちが出てくるのではないでしょうか。それは若くエネルギーがあり、改革者のような人たちです。そうやって人材が流出し、学校に残るのが現状維持を良しとし、改革に否定的な人たちだとすれば、ますます学校は変わりにくくなる可能性があります。
若手育成のポイントは人間関係
実はアンケートの中で「これまでの職場におけるサポートで、仕事の悩み事や困り事を解消したり軽減したりするのに効果的だったことはどんなことですか」と聞いています。それに対する回答は経験年数にかかわらず、「話を聞いてくれる同僚がいた」、「友だちに相談した」、「ミドルリーダーに相談した」、「管理職に気にかけてもらった」などでした。結局、多くの悩みは人的支援で解消されていたのです。ですから、若手教員を潰さないために、管理職にできることの一番の柱は、職場内のソーシャルサポートが充実する環境をつくることです。
職員室への要望
誰の支援を受けたかについては、多くの若手教員が同僚を挙げていますが、同僚に対しては辛辣な意見も出てきています。同僚に求めることの一番は「機嫌よくいてほしい」でした。若手教員は職場の中で一番下の立場ですから、不機嫌な空気を浴びやすいのでしょう。「職員室の話題が文句ばかり」だと感じている若手教員もいます。結局、気楽に何でも言い合える雰囲気、つまり、同僚と双方向のやり取りができる人間関係を職場に求めているのです。
また、若手教員のクラスを批判ばかりするのではなくて、もっと温かい目で見てもらいたい、という声もありました。先輩教員は若手教員を育てる視点を持つのと同時に、若手教員から学ぶ姿勢を示すことも大事ではないでしょうか。
拠点校指導教員について
1年目の教員の数人が、「拠点校指導教員の言うことを聞く気にはならない」と言っています。理由は「信頼関係がないから」です。「時々学校に回ってくる、よく知らない異性の年配教員に昔の話をされても参考にならない(モデルにならない)し、ダメだしをされても指導を受け入れる気にならない」と。その一方で、学年主任や校内の初任研担当の先生から指導を受けると、改善する気になるようです。拠点校指導教員の在り方について、改めて考えてみる必要があるのではないでしょうか。
管理職に求めること
図2をご覧ください。集団を率いていくには「ひきあげる」機能と、「養う」機能の両方が必要であり、そのバランスが重要なのです。近年は学校現場の大変さを反映してか、職員室の「ひきあげる」機能が強く発揮され、「養う」機能が弱くなっているようです。若手からすると求められるばかりで受け入れてもらえないように感じるのです。今回のアンケートからわかったのは、若手教員たちは癒やしや承認を求めていることです。管理職は、「養う」機能を十分に発揮したうえで、「ひきあげる」機能を果たしていただければと思います。「養う」機能を強化するうえで注意してほしいのは、人によって求めているものが違うことです。今の若手教員は、管理職や職場に対する要望も、自己実現の願いも皆バラバラです。そのような人たちに対応するには、一人ひとりの話を聞く必要があります。「あなたはそういうことを大事にしているんだね」と理解してくれる管理職の下で、若手教員は力を発揮できるのです。
若手教員の力を引き出そう
学校の情報管理については、紙からデータへの移行を進めている自治体もあると思いますが、まだまだ紙でファイリングをしている職員室もあります。若手教員たちは PDF世代であり、情報をデータで管理する習慣があります。それゆえ、いまだに紙で管理している学校で、紙の資料を渡されると管理のしかたに戸惑い、ストレスを感じるようです。若手教員からは、「指導案や指導のアイディアなどのデータベースを作り、それを共有することができたらいいのではないか」などの声が上がっていました。若手教員たちは、学校に対して「ここはこうすればいいのに」という発想を持っているのです。
教育界では、昔から若手教員を「できない人」ととらえる風潮があります。若手教員は、確かにスキルは未熟かもしれませんが、学習能力も意欲も高く、新規性も持っていることが多いのです。それらをしっかりと認め、引き出すことが職場の活性化につながるのではないでしょうか。
ただし、それには若手教員の意見を単純に吸い上げる「ポンプ型」の学校経営では不十分です。若手教員の意見も取り入れながら、学校を創りあげる創発型学校経営への転換を図る必要があります。
【参考文献】
※1 松尾睦『職場が生きる 人が育つ「経験学習」入門』(2011、ダイヤモンド社)
※2 弓削洋子「教師の2つの指導性機能の統合化の検討」『教育心理学研究』 60 ⑵、 186-198、2012
取材・文/林 孝美
『総合教育技術』2022・23年冬号より