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授業の道具や《型》にとらわれず、子どもの姿を起点にした授業づくりを ──菊池省三先生インタビュー

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「ほめ言葉のシャワー」成長ノート」白い黒板」などの実践で知られ、荒れたクラスを次々に再建したことから「学級崩壊立て直し請負人」とも呼ばれた菊池省三氏。現在も自ら主宰する「菊池道場」での活動のほか、全国の小学校での講演・特別授業など多忙な日々を送る。そんな菊池氏が守りたい教育の不易とは何か。そして次代を担う教師に伝えたいこととは━━。

インタビュー/教育実践研究家・菊池省三

菊池省三先生から読者のみなさまにメッセージをいただきました!

授業づくりは教師視点ではなく学習者たる子どもの現実から

時代が変われば学校を取り巻く環境も変わり、学習に使う道具も変わる。それは当然のことですが、どんな時代であっても教師にとって大事なこと、それは「子どもを見る目」をもつということです。

今はまだ過渡期であるということは承知で申し上げるのですが、各地の学校現場でICT機器を活用した授業を見ても、やはりその使い方や授業の《型》にばかり意識が向いて、いちばん肝心な子どもの姿を見ていないというケースがかなり多いように感じています。

機器を使って学んでいても、その子の学びに向かう姿やよさを見ていないため、学習が「個別化」というより「孤立化」になってしまっている。孤立化するから、その学びを協働的なものへと広げていくこともできない。そのような授業が増えている傾向は、ちょっと心配だなと思います。

かつて藤岡信勝氏は、授業づくりを考える要素として「教育内容」「教材」「教授行為」「学習者」の4つを挙げました。すなわち、何を教えるか、どんな素材で教えるか、どのように教えるか、そしてそれによって子どもがどう変わるか、ということです。

さすがに今は「教育内容」と「教材」だけしか考えていないような授業は少なく、どの先生も何かしらの「教授行為」、つまりICT機器活用も含めた教え方の工夫をして授業を行っています。ですがそこまではすべて教師サイドの問題なんですね。やはり大事なのは4つめの「学習者」であって、授業を受けている子どもの内面や発言の内容、関わり合い方を見るというところから授業づくりはスタートしなければならない。そうした「不易」が、このところの「流行」に押されてないがしろにされがちなのではないかと懸念しています。

「○○スタンダード」方式による授業づくりの弊害

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