子供たちの気づきを通して学級文化を浸透させる【あたらしい学校を創造する #44】

連載
あたらしい学校を創造する〜元公立小学校教員・蓑手章吾の学校づくり
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HILLOCK初等部スクールディレクター

蓑手章吾

先進的なICT実践と自由進度学習で注目を集めた元・小金井市立前原小学校教諭の蓑手章吾(みのて・しょうご)先生による連載です。公立学校の教員を辞して、理想の小学校を自らの手でつくるべく取り組んでいる蓑手先生に、現在進行形での学校づくりの事例を伝えていただきます。

今回は、手間ひまかけた熟成肉のようにじっくりとつくった、ヒロックの学級文化についてのお話です。

連載【あたらしい学校を創造する ~元公立小学校教員の挑戦~】
蓑手章吾(HILLOCK諸島部スクールディレクター)

学級文化は熟成肉のようにじっくりと

今回は、ヒロック初等部での授業について自分なりに振り返り、まとめてみたいと思います。

4月の期間中、子供たちは結果として、ほぼ鉛筆を握らないスクール生活を送ってきました。学級開きではよく、「黄金の3日間」ということが言われます。担任が4月の最初の3日間を子供たちとどのように過ごし、どのように学級システムを構築するかが大事だ、という意味です。僕自身も公立校の若手教員のときにはそのことを意識していました。しかし、子供にとって安全で安心な環境や良好な関係といった学級文化は、3日間だけでつくることはできません。

僕らはこのひと月、シェルパ(ヒマラヤ登山のガイドを意味する言葉からとった、ヒロックでの教師の呼び名)として一度も子供たちに声を荒げることもなければ、ルールを説くこともありませんでした。僕らがしたことは、クラスで起きたことについてみんなで「こんなことがあったね」とフィードバックし、子供同士トラブルがあれば話し合うことを繰り返しただけでした。それでも、いえ、それだからこそ、自分たちで納得感のあるルールづくりをすることができたと思います。

例えて言えば、手間ひまかけた熟成肉のように、低温でじっくりと学級文化をつくった、という感じです。おかげで、ある子供からは「ゴールデンウィークにはもう飽きたから、早くヒロックに行きたかった」という、うれしい声を聞くことができました。

あえて教えない、感じ取るから浸透する

僕たちシェルパが学年のスタート時期に子供たちとどんなやりとりをしたか、その例として瞑想の時間を取り上げてみましょう。

瞑想ですから、目をつぶり、動かずに静かにしていなければいけません。しかし当然、目を開いたりしゃべったりしてしまう子や、ほかの子がどうしているかを見る子が出てくるわけです。そういうときに、大人は何も注意しません。また、動いたりしゃべったりした子がちゃんと瞑想できた場合にも、大人は評価しません。もしそこで大人が注意したり評価したりすると、子供たちが「ああ、そうすればいいのか」と、大人が評価する方向にひきずられてしまうからです。そうではなく、子供たちには「今度は目をつぶることができた」「しゃべらないで済んだ」といった自分の成長を、そのまま自分で感じてもらいたいのです。

これは、この後導入することになる自由進度学習のための場づくりにも必要なことなのです。例えば、大人が評価しない姿勢を取り続けると、ある子から「Aちゃんはちゃんと瞑想できるようになった」などと、その子の成長を認める言葉が出てきます。Aちゃんは天真爛漫で、僕がしゃべっていても話を聞かないし、好きなときに絵を書き始めるような子なのですが、Aちゃんがいてくれるからこそ「ヒロックという場は自由で、人と比較されたり評価されたりしない場所だ」というメッセージを子供たちに発信することができたと感謝しています。

おそらく僕がいくら「ここは自由だ」とか「比較したり評価したりしない場所だ」と言っても、子供たちは半信半疑のままだったでしょう。Aちゃんの姿を通じて、「あっ、本当にここは自由なんだ」ということがみんなに伝わったのだと思います。

公立校のときから僕は、「人と比べるという学級文化をつくらない」ことを心がけていました。学校は、大人が喜ぶことを言う子、大人の顔色をうかがう子が生まれやすいところです。そうした子供に対しては、意識的に「えーっ、そうなの?」と相手にとって想定外な反応をしたり、さらっと受け流したり、意外な部分を褒めたりするようにしていました。

今のヒロックのクラスには、公立小学校から来たTちゃんという子がいます。Tちゃんは学校では優等生だったけれど、かなり無理していたところもあったようです。学校に過剰適応してしまい、大人の目や周りからの評価に振り回されていたのでしょう。

Tちゃんがヒロックに来て1か月、まだ大人の目を気にする感覚は完全には抜けていないけれど、顔色が変わったと保護者から聞いて、本当によかったと思います。僕らとしては、他人と比べるという感覚から早く抜け出すことがすべてではなく、いいところがたくさんあるのだから、大人の評価を気にしなくていいんだよ、ということをじっくり浸透させていきたいと考えています。他人の評価だけが自分の評価軸になると、その子のウェルビーイングにつながるとは思えないからです。

自分は自分でいい、成長することでもっと人生は楽しくなる。すべての子に、そんな実感をもってもらえるスクールでありたいと思っています。

〈続く〉

蓑手章吾

蓑手章吾●みのて・しょうご 2022年4月に世田谷に開校したオルタナティブスクール「HILLOCK初等部」のスクール・ディレクター(校長)。元公立小学校教員で、教員歴は14年。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、乳幼児心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士修了。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京都小金井市立前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任。著書に『子どもが自ら学び出す! 自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『before&afterでわかる! 研究主任の仕事アップデート』(明治図書出版)など。

取材・構成/高瀬康志 写真提供/HILLOCK

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