現役校長が語る!いじめによる自殺を防ぐために学校がすべき3つのこと【シリーズいじめのない学校づくり3】
小中学生のいじめ自殺事件が報道されるたび、このような悲劇を繰り返さないためにも「いじめのない学校をつくりたい!」と願うのは、皆さんも同じですよね。いじめを防ぐために、学校がすべきことは何でしょうか。現役の小学校の校長として「いじめのない学校づくり」に取り組んでいる埼玉県公立小学校校長・田畑栄一さんに話を聞きました。
目次
自殺予防教育を実施する
いじめをきっかけとする自殺は、絶対にあってはならない事案です。ここからは、いじめによる自殺という悲劇を繰り返さないために、学校がすべきことを考えてみます。
一つ目は、自殺予防教育を実施することです。
本校では、夏休み前の7月に、全クラスで自殺予防教育を実施しています。「苦しいときは誰にでもある」という視点から、その解消の仕方や、相談することの大切さを伝えます。この時期に行うのは、夏休み明けの9月に、自殺や不登校が増加する傾向があるからです。
9月になると、1学期の人間関係から、学校へ気持ちが向かわなくなる場合がありますし、夏休みの生活リズムの乱れも背景にあります。夏休み中の宿題が終わっていないことへの不安から学校へ足が向かなくなるケースもあります。このような心理的状況下で、子どもは誰にも相談できなくなり、追い込まれていくのです。
ですから、「相談することの価値」を、丁寧に、繰り返し教えることが大事です。大人を頼ることへの抵抗感は、思春期の子どもなら誰でもあります。トラブルを自分で解決したいと思うものなのです。しかし、いじめは、大人の介入なしにはなかなか解決が難しいのも事実です。困ったときは、人を頼ることの大切さや、いじめで楽しいはずの人生を歪めることはないと気付かせ、「相談することの価値」を共有することが大切です。相談こそいじめ解決への近道なのです。
いじめ対応の方針を、教職員に周知徹底する
二つ目は、いじめ事案が発生したときの対応のしかたを、教職員に周知徹底することです。これはごく当たり前のことですが、それができていない学校が見られるように感じます。
例えば、生徒指導主任や担任に対応を任せきりにしていないでしょうか。トラブルになっている人間関係を修復するのは難しいことです。ましてや、いじめとなると、解決へのプレッシャーは相当なものであり、ストレスがかかります。そこには、責任者としての校長の判断や導きが必要です。
教職の経験年数が少ない先生であれば、多忙な日々の中でのトラブル事案は、避けたい仕事の一つになります。早く解決したいがゆえに、事実確認を丁寧にせず、被害者に寄り添うどころか、けんか両成敗として片付けようとしているようにも見えます。その結果、加害者と被害者の間に生じた力関係は、先生たちの見えていないところで相変わらず続いていく可能性があります。
そして、学校がいじめ事案に対しての対応を怠ると、被害者は納得せず、学校に来なくなる可能性もあるわけです。その一方で、加害者のためにもなりません。加害者は「同じようなことを、またやっても許される」と思ってしまい、いつまでもマイナス方向に向かってしまうのです。
どの学校でも、校長が4月に今年度の学校経営方針を出しますが、私はその中で学校としてのいじめ対応の方針を示し、それを先生たちと共有することにしています。 いじめが起きる前に、教員間でいじめの定義を明確に共有し合い、対応の仕方を確認しておくことが重要なのです。
具体的には、いじめの定義を数値化し、「被害者100%、加害者0%で対応する」と宣言しています。
これは、学校は100%被害者に寄り添って対応する、という意味です。いじめにより被害者が命を落としたり、学校に来なくなってしまったりする可能性があり、とにかく、いじめをやめさせなくてはならないため、「加害者0%」なのです。
「被害者100%、加害者0%」というと、「いじめられるほうにだって問題がある」と言い出す人もいるかもしれませんが、この捉え方こそが、いじめがなくならない要因の一つです。さらに、文部科学省の見解とも異なります。文部科学省は「いじめの被害者を徹底的に守り通す」という方針を示しているからです。被害者にも落ち度があるかのような捉え方をする人がいるから、加害者は「あの子をいじめてもいいのだ」「いじめられてもしょうがない」と勘違いし、「からかいだった」「遊びだった」と言い訳をして、いじめを繰り返すのです。
教員は、加害者の気持ちや事実を聞きながら、いじめと判断したときは、はっきりと「これはいじめだから、やめなさい……」と加害者に伝える必要があります。先生が被害者を守り通す姿勢を、多くの子どもたちは見ています。そこから学校全体が、いじめを生み出しにくい雰囲気、空気へと変わっていくのです。
ただし、加害者であっても被害者であっても、子どもは学校にとって大事な宝物です。加害者の人間性を否定するのではなく、あくまでも、今回のいじめの行為に関してのみ0%で対応することを押さえなくてはなりません。いじめ事案に関しては、100%被害者を守って対応し、それ以外の場面では、加害者に対しても、様々なチャンスを与え、プラスの方向に成長していけるような温かい教育をし、「いじめはつまらないと気づき、いじめをしない子」に育てていきます。人は誰でも時に過ちを犯すことがあります。その時にこそ、教員や保護者が正しい方向へ導くチャンスなのです。このように、被害者を100%守り抜き、加害者にも他の場面でチャンスを与え、両者に希望を持たせる対応をすることが重要です。
子ども、保護者とも、いじめの対応方針を共有する
子どもたちに対しては、私は、いじめの定義を示しながら、「被害者100%、加害者0%で対応します」と、始業式の最初の校長講話でパワーポイントを使って話します。いじめには4層構造があって、被害者のほかに、加害者とそれを煽る取り巻き、「私は、関係ない。関わりたくない」と言いながら黙って見ている傍観者までがいじめの仲間であると伝えます。そして、いじめを止めるキーマンは、傍観者であることをしっかりと伝えて、正義感のある土壌を醸成します。
「被害者100%、加害者0%」の考え方を、4月の新年度のスタート段階で、全校の子どもが共有することが、いじめにブレーキをかけることになりますし、もしもいじめが起きたときには、被害者は先生に相談しようという気持ちにもなります。加害者も学校の対応を、素直に受け入れることになります。
さらに、保護者にもこのことを伝えます。今までは保護者会で私が直接話してきましたが、コロナ禍ではそれができなくなったので、「学校は、いじめに関して、被害者側を守り抜く立場で対応しますのでご理解ください」と、この2年間は校内放送で話しました。
このように、4月にきちんと「被害者100%、加害者0%で対応する」と言っておくことで、いじめ事案が起きたときに、子どもに対しても保護者に対しても、学校は毅然とした対応をすることができます。
それで終わりではなく、時期を置いて6月と10月頃に、再び子どもたちにいじめの構図や、いじめの定義、「被害者100%、加害者0%」の話をします。この時期は、学校への慣れが出始める頃で、気持ちの緩みからトラブルが起きやすくなるからです。特に6月は、気候が不安定になるため、気圧による体調不良からイライラして、トラブルが起きやすい時期です。子どもは、いじめはいけないとわかっていても、気が緩むものなのです。校長として、子どもたち、先生たちといじめの認識を共有すること、それを何度も繰り返すことが大事だと思っています。
それともうひとつ、いじめ予防教育を行うことです。学校にとって、最も大事なのは子どもの命を守ることです。いじめは子どもの命に係わる事案なのですから、校長はイニシアチブを取り、保護者も子どもたちも巻き込んで予防教育をしていくべきです。【いじめのない学校づくり③】では、本校で行っている予防教育についてご紹介します。
田畑栄一(たばた・えいいち) 早稲田大学第一文学部卒業後、埼玉県の公立中学校教諭(国語)となる。養護学校教諭、中学校教諭(5校)、埼玉県教育局東部教育事務所の指導主事などの経験を経て、平成25年4月より小学校の校長となり、現在は3校目となる。平成27年度より教育漫才の実践に取り組む。著書に『教育漫才で、子どもたちが変わる―笑う学校には福来る』(協同出版)、「クラスが笑いに包まれる 小学校教育漫才テクニック30」(東洋館出版社)などがある。
※次回、 教育漫才で、みんなで笑っていじめを防ぐ【シリーズいじめのない学校づくり4】に続きます
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いじめ対応5つのポイント①【シリーズいじめのない学校づくり1】
いじめ対応5つのポイント②【シリーズいじめのない学校づくり2】
取材・文/林 孝美