#27 緑ヶ丘小芸術祭を成功させよう【連続小説 ロベルト先生!】
今回は芸術祭の出し物を決める学級会のシーンからです。思い出の長縄跳びの努力の経過をストーリーにして、映画を製作することになった三組。子どもの考えたあらすじを元に、ロベルト先生が張り切ってシナリオを書き始めます。
第27話 芸術祭
「起立、礼、着席!」
「やり直し!」
「そんないい加減な挨拶はダメ! 日直さんも、『起立』と『礼』の間にもっと間をおいて号令をかけてください。それから、みんなの挨拶も首だけじゃダメ。ちゃんと心の中で、『1、2、3』と数えなさい。じゃあ、もう一度」
「起立。(間)礼。(1、2、3)着席」
「はい、よくできました。では、司会さん、よろしくお願いします」
「これから、第10回学級会を始めます。司会の田口です」
「同じく司会の長谷川です。よろしくお願いします」
「今日の議題は、緑ヶ丘小芸術祭を成功させようです。それでは、提案理由を加藤さんに言ってもらいます」
「はい。今度の11月1日、土曜日のフリー参観で、緑ヶ丘小芸術祭が行われます。三組も何か発表をして、来てくださったお家の方々に楽しんでもらいたいと思い、議題を提案しました。よろしくお願いします」
「今の提案理由に質問がありますか?」
「はい、柏田さん」
「芸術祭って、どんなことを発表すればいいんですか」
「それを今日の学級会で決めたいと思っています」
「そうじゃなくて、『芸術』って、どんなことがあてはまるのかってことです」
「誰か今の質問に答えられる人はいますか」
「はい、花崎さん」
「音楽や図工の作品も芸術です。写真だって芸術です。何かを創り出すということが芸術だと思います」
「なるほど…」
花崎さんの答えに、みんな納得したようだ。
「それでは、今日は、どんな発表をするかを決めたいと思います。意見のある人は理由をつけて言ってください」
「はい、山本さん」
「私は、みんなで合唱とか合奏をすればいいと思います。なぜかと言うと、ちょうど音楽の授業で習っているので、それを発表すればいいと思ったからです」
「えーっ、やだよ。おれ、音楽得意じゃないし…」
「意見がある人は、ちゃんと手を挙げて言ってください」
「はい。大津くん」
「ぼくは、教室の中を迷路とかにして、楽しんでもらえばいいと思います。訳は、テーマパークは、みんなに人気があるからです」
「いいね、いいね。おっちゃん、たまにはいいこと言うじゃん」
「だから、洋くん、意見がある人は、ちゃんと手を挙げて言ってください。はい、洋くん、どうぞ」
「えーっ、えーと…、ぼくも教室を迷路にするのに賛成です。訳は、おもしろいからです」
「その他に何か意見はありますか」
しばらく沈黙が続く。
「それでは、時間を3分とりますので、グループで話し合ってみてください」
教室は一気に賑やかになった。男の子たちからは、「迷路でいいじゃん」という声が聞こえる。
「時間になりました。話し合いを止めてください。それでは、どんな意見が出されたか、グループごとに発表してください」
「1班お願いします」
「はい、この班では、迷路など、教室をテーマパークみたいにしたいという意見が出されました。理由は、みんなで楽しみたいからです」
「2班、お願いします」
「私たちの班では、合奏をしたいという意見と迷路を作りたいという意見に分かれました」
こうして、次々に発表していき、最後の8班になった。
「劇をやりたいと思います。私たちは、親善運動会に向けて長縄跳びを一生懸命に練習してきました。でも、優勝することができませんでした。そのことを劇にして、お家の方に観てもらえばいいと思います」
この意見が出ると、「迷路」に傾きかけていた空気が少し変わり始めた。
「今、グループごとに発表する内容を言ってもらいましたが、何か質問がある人はいますか?」
「発表は教室でやるんですか?」
「すべてのクラスが教室でやる予定です」
「体育館のステージとかは使えないんですか?」
「先生、どうですか?」
「残念ながらフリー参観の後に教育講演会があって、その準備で使うことができません」
「そうか…」
「やっぱり、迷路でいいじゃん」
多くの男の子たちは、迷路をやりたがっている。
「はい、花崎さん」
「この芸術祭の目的は、お家の方を楽しませることです。確かに迷路も楽しんでもらえるかもしれませんが、自分たちだけで楽しんでしまうような気もします。
それに、自分たちに関係のあることを考えると、私は長縄跳びに挑戦した劇に賛成です」
女の子たちから拍手が起こった。すかさず洋が意見を述べた。
「でも、教室の中で、みんなで長縄跳びをするのはできないので反対です」
「そうだ、そうだ!」
クラスは男の子と女の子に分かれた。
「静かにしてください。意見のある人は手を挙げて発表してください」
好き勝手に話している割には、これと言った意見は出なかった。すると…
「はい、菅原さん」
「あの…、もし劇ができなければ、ビデオに撮って当日は映画のように発表するのはだめですか?」
この新しい発想に、また空気が変わり始めた。
「いいねえ。でも、そんなことできるの?」
「もし、それができるんだったら教室でも発表できるし、よい方法だと思うので、私は賛成です」
「先生、そんなことできるんですか?」
「まあ、今はパソコンのソフトを使ってビデオも編集できるから、できなくはないけどね」
「終わりの時間が近づいてきたので、ここで決を採ります。迷路のようなテーマパーク、合唱や合奏、劇や映画の三つの中から決めます」
多数決の結果、芸術祭の三組の出し物は、長縄跳びの努力の経過をストーリーにして、映画を製作することになった。
「あの~先生」
「おっ、どうした真希ちゃん。真希ちゃんから声をかけてくれるなんて、珍しいなあ。何かよっぽど困ったことがあったのかな?」
「そうじゃないんです」
「あ~よかった。実は先生、今から出張で学校を出なくてはならないんだ」
「先生、私、今度の映画のお話を、ちょっと考えてみたんです」
「お~そうか」
「先生、忙しそうなんで、後でいいので、読んでもらっていいですか?」
「もちろんだよ。ありがとう」
結局、真希ちゃんからもらったノートを読んだのは、夜になってからだった。
「これは…!」
『ある日突然、幽霊が人間のふりをして三組に転校してくる。みんなが長縄跳びに夢中になっている時に、邪魔をしようと魔法でイタズラをする。そして、みんなを引っ張っていたリーダーがイタズラによってけがをさせられてしまう。しかし、みんなは負けずに練習する。その気持ちが幽霊にも通じて、応援してもらえるようになり、本番を迎える。幽霊の魔法があれば優勝だってできるのに、魔法は使わずに正々堂々と勝負する。優勝できなかったけれど、一つのことに一生懸命に取り組んだ仲間との絆を深める。』
確かに、三組はこれまで、見えない敵と戦いながら長縄跳びの練習をしてきた。それが真希ちゃんにとっては幽霊だったのである。
実際に転んでけがをして練習に参加できなくなったり、思うような記録が出せずに途中で諦めそうになったりしたことも、幽霊の魔法の仕業にすれば、事実のみでストーリーにするよりもはるかに面白く、ミステリアスというかファンタジー性が生まれる。
子どもの創造力は本当にすごい。読書好き、物語好きの真希ちゃんならではの発想だ。
せっかくならここにラブストーリーも入れたい。いや、それだけではなく…、構想もどんどん膨らんでいく。
「よし。ここは一つ、子どもたちのためにがんばるぞ~」
興奮気味の私は、映画のシナリオを書き始めた。こんな形で演劇をやっていたことが役に立つとは思わなかった。
ふと窓の外を見ると夜が明けていた。
「しまった…徹夜をして、朝を見てしまった!」
◇
数日後、シナリオが完成すると、みんなで配役を決め、早速撮影を開始した。撮影と言っても私が持っていたホームビデオカメラでの撮影である。
芸術祭の準備のために割り当てられた授業時間だけでは足りず、休み時間もフル活用して撮影を行った。親善運動会以後、子どもたちに戻ってきた自由に過ごせる休み時間はまたなくなった。
しかし、子どもたちは、まるで映画スターにでもなったかのように、男の子も女の子もその気になり、すばらしい演技をした。
私は、撮影と同時に最新の編集ソフトを購入し、本屋さんで解説本を探して操作の仕方を勉強した。すると、そのソフトでは、効果音なども付けられることがわかったので、今度はレンタルCD屋さんへ行って効果音や挿入歌のCDを借りてきた。
私はまるで、映画監督にでもなったかのように、毎日充実した日々を過ごした。
ついに撮影もクランクアップ。ここからの編集作業は、毎日深夜になった。
しかし、この映画が上映された時の子どもたちや保護者の方々の喜ぶ顔を想像すると、毎晩の作業が全然苦にはならず、一人でニタニタしていた。
そして、その映画がついに完成した。
執筆/浅見哲也(文科省教科調査官)、画/小野理奈
浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。