#5 こんなのやっても意味ないよ!【連続小説 ロベルト先生!】
優勝を目指して学級対抗長縄跳びに挑戦することになった6年3組の子どもたち。初めての練習に臨んだが、うまくいかず気持ちがバラバラになってしまう…。
第5話 最初の記録
六年生は、秋に、市内の全小学校が集まって行われる親善運動会に参加することになっている。
100メートル走などのトラック競技や走り高跳びなどのフィールド競技を各学校の代表選手が競い合う。
その他に、クラス全員参加による「学級対抗長縄跳び」という種目がある。これは、二人で長い縄を7分間回し、一人一人が8の字を描くように跳んでは抜けて、何回跳べるかを競い合うものである。
当然クラスには運動が得意な子もいれば苦手な子もいるので、練習をしないと惨めな結果となる。
「ところで、六年生になると親善運動会に出場することは、皆さんも知っていると思うんだけど…」
こんなふうに話を切り出すと、運動を得意とする子は真剣な顔になり、運動の苦手な子は他人事のような顔になった。
「『学級対抗長縄跳び』という種目があるのは知っていますか?」
こんな問いかけに、子どもたちはあまり関心を示さない。
この種目は今日に始まったことではない。他の競技種目に比べて確かに歴史は浅いが、それでも今年で8年目を迎え、優勝するチームは7分間で1000回を超えるようになった。
しかし、私が赴任してきたこの緑ヶ丘小学校の六年生には、上位を狙うという風土がまだできていないことは、赴任前から知っていた。だから、子どもたちも先輩が一生懸命に練習する姿を見たことがない。
このまま放っておいたら、子どもたちから練習しようという声はまず上がらないだろうということは容易に推測できた。だから私が切り出した。
「長縄跳びの練習はいつから始める?」
子どもたちは、ぽかーんとした表情で聞いている。すると、どこからか、
「10月が本番だから、夏休みが明けてからやればいいよ」
と、予想通りの反応が返ってきた。
「それで優勝できるの?」
子どもたちは、みんな他人事のような顔をしている。
「せっかくやるなら優勝目指さないの?」
まだぽかーんとしている。どうせ無理だよ、と言わんばかりに…。すると亮太が、
「無理じゃねぇ」
やっぱり出た。
「先生は優勝したいんだけど、みんなは優勝したくないんだ」
「そりゃ、優勝したいけど…」
言葉とは正反対に、まったくの諦め顔である。
「優勝は無理だよ」
また「無理」と言った。しかし、子どもたちの顔をよーく見回すと、数名の子の目がキラキラして、こちらに注がれているのがわかった。
そのうちの一人である倉ちゃんに聞いてみた。
「倉ちゃんはどうしたい?」
その瞬間、目をそらせた。
「いや…、別に…」
間違いなく、自分の心に嘘をついているのがわかった。
「そうか…」
こういう時は女の子の方が度胸がある。瞳をキラキラさせていた島田奈々さんに聞いてみた。
「島田さんは、どうですか?」
「せっかくやるなら優勝したいです。そのために、練習した方がいいと思います」
島田さんの発言をきっかけに、優勝したいという声が少しずつ上がってきた。しかし「優勝」という言葉の裏側にある苦労を想像できる者は誰もいない。
「優勝するには大変なことも多いけど、みんなで力を合わせてがんばってみる?」
最初よりは頷く子が多くなってきた。
「じゃあ、今度の体育の時間に一度みんなで跳んでみようか?」
ということで、取り合えずやってみることになった。
体育の授業では運動量の確保が問われている。つまり、いかに子どもたちが汗をかくかである。
そこで、毎時間、準備運動の一つに5分から10分でも長縄跳びができれば、ちょうど親善運動会の練習にもなると思った。
「よし、やるぞ! 縄の回し手は誰にしようか。では、今日のところは長谷川さんと加藤さんにやってもらおう」
「よし、跳んでみよう。はじめはゆっくり回してね」
二人が縄を回し始めた。すんなり跳べる子もいれば、タイミングがとれずになかなか入れない子もいる。長縄を跳ぶこと自体が初めてという子もいる。
高学年になると、休み時間はサッカーやドッジボールで遊ぶことが多いのだが、久しぶりに童心に返って縄跳びを楽しんでいるように見える。
「はい、ウォーミングアップはおしまいです。さて、今日が初めての長縄練習になります。記念すべき日に本番と同じ7分間の記録をとっておくことにしよう」
この日のために、集客数などを数えるカウンターを用意しておいた。
「ではいきますよ。用意、スタート!」
7分間の長縄跳びが始まった。回し手も記録を意識したせいか、先ほどよりも少し早めに縄を回している。
「早く跳べよ!」
早速、なかなか入れない宇田川洋に罵声が飛んだ。タイミング悪く縄に入り、引っかかる。
「ねえ、真面目にやってよ」
今度は、空気が読めずに調子に乗って跳ぶ健太への文句が出た。そして、声には出さないが、明らかに運動の苦手な木村加奈子へは、周りからの冷たい視線が注がれる。
先ほどの楽しそうな雰囲気は徐々に消えていく。そしてまた洋の番が来る。すぐに入れずに流れを止める。
「いい加減にしろよ」
とどめを刺される。洋は列から抜け出した。
今度は3分も経たないうちに回し手が疲れてきた。そこへ勢いよく跳んで走り抜けようとする奈々の足が引っかかり、大きく転倒する。縄が引っ張られ、回し手から縄が外れる。女の子の数名が転倒した奈々に駆け寄る。
「奈々、大丈夫?」
膝からは血がにじみ出ている。ハイパーレスキュー隊(保健係)の子が保健室に連れて行こうとするが、
「とりあえず、水で洗って来てくれる。7分間がもうすぐ終わるから、それから保健室に連れて行ってね。最初の7分間の記録をみんなで見届けたいんだ」
私はそう伝えると、時計を見て、
「あと2分! がんばれ!」と伝える。子どもたちの集中力は完全に途切れている。
「あと10秒!…3、2、1、終了!」
みんな一斉に座り込んだ。
初めての試みの結果が出た。7分間で285回。
子どもたちは優勝するための回数にほど遠いことを実感し、完全に諦めムードになった。そして、奈々が保健室へ行く。すると列から抜けていた洋が、
「無理だよ。こんなのやっても意味ないよ!」
と、まるでドラマの捨てゼリフのようなことを言い残して、その日の長縄跳び初練習は幕を閉じた。
執筆/浅見哲也(文科省教科調査官)、画/小野理奈
浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。