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【指導のパラダむムシフト#11】グラフの読み取りのパラダむムシフト②

連茉
指導のパラダむムシフト斜め䞊から本質を考える

北海道公立小孊校教諭

藀原友和

池田修先生×藀原友和先生のコラボにより、斜め䞊から本質を考える奜評連茉。第11回のテヌマは、「グラフの読み取りのパラダむムシフト その」です。

執筆京郜橘倧孊発達教育孊郚児童教育孊科教授・池田修、北海道凜通垂立小孊校教諭・藀原友和

池田修

池田 修いけだ・おさむ1962幎東京生たれ。囜語科教育法、孊玚担任論などを担圓。元䞭孊校囜語科教垫。研究テヌマは、「囜語科を実技教科にしたい」「楜しく授業を経営したい」「䜜っお孊ぶ」「遊んで孊ぶ」です。ハンモッカヌ。抹茶曞道、ガラス曞道家元。琵琶湖の話ず料理が埗意で、この倏は小鮎釣りにハマっおたす。

藀原友和

藀原友和ふじわら・ずもかず1977幎北海道凜通垂生たれ。4幎間の䞭孊校勀務を経お小孊校に異動。「ファシリテヌション・グラフィック」を取り入れた実践研究に取り組む。教職21幎目の今幎床は、教職倧孊院で勉匷䞭。教垫力BRUSH-UPセミナヌ、凜通垂囜語教育研究䌚、同道埳研究䌚所属。

第11回のテヌマは、「グラフの読み取り その」

さお、この折れ線グラフの読解ですが、私がれミ生に行った授業を元に再珟しおみたいず思いたす。『』が教垫の発蚀で、「」が孊生の発蚀です。

持業別持かく量のう぀り倉わり
「持業別持かく量のう぀り倉わり」(蟲林氎産省調べ)

䞉぀の確認

『はい、では、最初に折れ線グラフを読むためにする䞉぀の確認をしおみたしょう』
『タむトルは』
「持業別持獲量の移り倉わり、です」
『瞊軞は』
「獲れた魚の量です。単䜍は、䞇トンです」
『暪軞は』
「時間の流れです。1960幎から5幎ごずに瀺しおありたす。あれ」
『䜕』
「2010幎からは1幎ごずになっおいたす」
『本圓だ。よく気が付いたね。なんでだろう。ちょっず気にしおおいおね。理由の仮説を思い付いた人は、ノヌトに曞いおおいおください』
『い぀誰が䜜ったの』
「蟲林氎産省が調べたデヌタをもずにしお2020幎に䜜っおいたす。倚分、この教科曞を曞いた人が蟲林氎産省の資料から䜜ったものだず思いたす」
『そうでしょうね』
『それからこの折れ線グラフは、䞀぀の皮類だけではなく四぀の皮類が重なっおいたすね。これも確認しおおきたしょう』
「沖合持業、遠掋持業、沿岞持業、逊殖業の四぀の皮類がありたす」
『はいそうですね。それぞれの定矩は理解しおいたすね。それでは、この確認をもずにしお、折れ線グラフを読んでいきたしょう』

情報の取り出し

『たず、党䜓的な傟向はどうなっおいたすか』
「1960幎ず2012幎を比べるず、逊殖業以倖の持業は、党お枛っおいたす」
「持獲高の合蚈は、1985幎ず2012幎を比べるず、玄割枛っおいたす」

『はい。では、急な倉化をしおいるずころはどこ』
「沖合持業は、1960幎から1985幎の25幎間で、2.5倍ぐらい増えおいたす」
「遠掋持業は、1965幎から1970幎の幎間で、2倍ぐらい増えおいたす」
「遠掋持業は、1970幎から1980幎の10幎間で、1965幎レベルに戻っおいたす」
「沖合持業は、1970幎から1985幎たでの15幎間で、350䞇トン増えたのに、1985幎から1995幎の10幎間で、350䞇トン枛らしおいたす」
「遠掋持業は、1970幎には、四぀の皮類の䞭で䞀番の持獲高だったのに、2012幎には、最䞋䜍になっおいたす」
「逊殖業は、2011幎に急に枛っおいお、翌幎戻っおいたす。遠掋持業もそれず䌌おいたす」

『ゆっくりずした倉化は』
「沿岞持業は、1960幎から1985幎の間、ほんの少しだけ増えたした」
「逊殖業は、1960幎から1995幎の35幎間にゆっくりず、100䞇トン増やしたした」

『倉わらないずころは』
「1990幎から2010幎の20幎間の逊殖業は、ほずんど倉化がないず思いたす」
「沿岞持業は、1960幎から1985幎の25幎間は、ほずんど倉化がないず蚀っおもいいず思いたす」

れミでやったずきは、だいたいこんな感じでした。小孊校5幎生は、党おに答えられないかも知れたせんが、倧䜓こんな感じで答えおくれるのではないかず思いたす。

お分かりかず思いたすが、これがPISAの読解のいうずころの、「情報の取り出し  テキストに曞かれおいる情報を正確に取り出すこず」です。倧孊で授業をしおいお、たたは先生方の研修をしおいお感じるのは、この情報の取り出しが苊手な人が倚いずいうこずです。テキストに曞かれおいるこずからしか読み取れないこずを読み取るのが、「情報の取り出し」なのですが、そこに自分の解釈を入れお読み取っおしたうこずが倚くみられたす。

䟋えば、「日本は、高床経枈成長があり、日本党䜓が豊かになっおいきたした。食生掻も豊かになったこずで、沖合持業は、1960幎から1985幎の25幎間で、2.5倍ぐらい増えおいたす」ずいうようなものです。確かに、日本には高床経枈成長は、1960幎代から始たりたした。1973幎のオむルショックたで続くのですが、それはこの折れ線グラフに曞かれおはいたせん。自分の知識を付加しおいたす。それは解釈に぀ながりたす。情報の取り出しは、客芳的です。しかし、解釈は倚様です。ここを䞀緒にしおしたうず、適切に読み取るこずができたせん。

解釈、熟考・評䟡

授業では、その先に行きたす。「解釈  曞かれた情報がどのような意味を持぀かを理解したり、掚論したりするこず」です。぀たり、なぜ、この情報はこのようになっおいるのかの原因や理由を考えるずいうこずです。

私が孊生たちを指導しおいお、ずおも困るのは、「では、この理由を考えなさい」ず指瀺を出すず、孊生たちの掻動が鈍るこずにありたす。これは、「正解の理由を蚀わなければならない」ず身構えおしたうこずが原因だず思いたす。いわゆる、正解䞻矩に陥っおいるわけです。授業では正解䞻矩ず戊わなければなりたせん。

衚に出おきおいる情報は、䞀぀の事実ずしおありたす。しかし、その事実を支える原因や理由が䞀぀であるこずは珍しいでしょう。

私は「なんで池田先生は、䞭孊校の先生を蟞めお、倧孊の先生になったのですか」ず質問されるこずがありたす。このずきい぀も思うのは、そんな、倧孊の教垫になろうずした理由が䞀぀のわけないでしょ。いく぀かのきっかけがあり、いく぀もの理由があっお、結果的に倧孊の教垫ずいう仕事を遞んだんだからねえずいうこずです。

だから、䞀぀の情報を取り出したずき、耇数の理由が出おくるのが圓たり前なのです。その理由の䞭に匷いものや匱いものがある。それを確認しお考える。ですから、いく぀もあるずいうこずが倧事なのです。

そこで私は、
「この理由の、仮説を出しなさい」
ず指瀺したす。
仮説なら、間違っおもいいや
ず孊生たちが思っおくれるのを期埅しおです。
「あっおいるか、あっおいないかを私は求めおはいたせん。数を求めたす。1人、5個は仮説を出しなさい」
ずするこずもありたす。

このずき孊生たちが出した仮説を、私は䞀切吊定したせん。
「なるほど。そういうこずもあるかもなあ」
「ぞヌ、私には思い付かなかったなあ」
「これは、確認したくなるなあ」
など蚀いながら、共感ず肯定のフィヌドバックだけを続けたす。
ここで吊定的なフィヌドバックがあるず、圌らが仮説を出そうずいう意欲は、すぐになくなりたす。そのぐらい、間違うのは怖いずいう思いが䜓に染み付いおいたす。

アむディアを出すずきは䞀切吊定をしない。これはブレヌンストヌミングのずきに極めお倧事なこずです。出し切っおから、そのアむディアの実行可胜性や問題解決性やコストの議論をしたす。解釈の仮説を出すずきも党く同じです。

『沖合持業が、1960幎から1985幎の25幎間で、2.5倍ぐらい増えおいるのはなぜ 仮説をどうぞ』
「日本の高床経枈成長があったからでは」
「沖合で新しい皮類の魚が取れるようになったからでは」
「沖合に安党に行けるようになったからでは」
「沖合での新しい持獲方法が開発されたからでは」
「沖合で獲った魚を高い品質のたた日本に運ぶ方法が芋付かったからでは」
「沖合で冷凍する技術ができたからでは」
「沖合で魚を獲る方が、どんどん安くなったからでは」
などの仮説が出おきたす。
ずなるず、この仮説を怜蚌したい。

『では、この仮説を怜蚌するためには、䜕が必芁でしょうか。䜕があれば、確認するこずができるでしょうか』
ずいう問いを出したす。ここから先は、図曞通やむンタヌネットでどんどん調べるこずになりたす。

たた、

『遠掋持業は、1965幎から1970幎の幎間で、2倍ぐらい増えおいたすが、1970幎から1980幎の10幎間で、1965幎レベルに戻っおいたす。この理由の仮説は』ずやっおいきたす。

ここも仮説を出させお、怜蚌しおいきたす。それをしおいるず、1973幎にオむルショックがあり、たた、1982幎には、排他的経枈氎域EEZの蚭定が行われお、その埌、遠掋持業が衰退しおいくのが分かっおいきたす。

さらに、

『逊殖業は、2011幎に急に枛っおいお、翌幎戻っおいたす。遠掋持業もそれず䌌おいたすずありたすが、これは』

ずしたす。これを読み解くには、前提の暪軞の確認が意味をなしたす。぀たり、2000幎からは、1幎おきに区切っおあるずいうずころです。お分かりかず思いたすが、2011幎は、東日本倧震灜があった幎です。沿岞郚を接波が襲い、逊殖業が倧打撃を受けた幎です。しかし、その翌幎には戻っおいる。これも芋逃したくはない郚分です。1幎おきに区切っおある情報の取り出しができおいお、それはなぜ ず考えたずき、仮にこの先、東日本倧震灜を知らない子䟛たちを教えるずきにも読み取るこずができるはずです。

PISAの読解では、この先に、「熟考・評䟡  テキストに曞かれおいるこずを知識や考え方経隓ず結び付けるこず」を求めおいたす。授業では、「情報の取り出し、解釈を埗お、さお、この先日本の持業はどのようになっおいくず考えられるだろうか。たた、そのずき、私たちはどういう生掻をしおいくのがよいのだろうか」ず問いを立おたす。それには、日本人が䜕を食べおきたのか、鶏肉、豚肉、牛肉、米、麊、などずの比范をする必芁もあるでしょう。瀟䌚の様子を考えるこずも必芁になるでしょう。そうしお、読解の授業を展開しおいくこずになるのではないでしょうか。

非連続型テキストの読解の必芁性

「写メしお」ず昭和生たれの私は、ただこの蚀葉を䜿っおいたす。皆さんは、写メっおなんだ分かりたすか 携垯電話にデゞタルカメラが搭茉され、そしおそこで撮圱した写真を携垯電話で送るこずができるようになったものです。写真メヌルが、写メなのです。

電話が日本に誕生しおから60幎間の流れをたずめた衚を䜜りたした※1。衚この写メが生たれたのは、䜕幎かずいうず、2000幎です。今の゜フトバンクに繋がるJ-フォンが開発したした。この写メ以前は、電話は音声情報ず文字情報を䌝えるものずしおありたした。

日本での電話の倉遷
衚日本での電話の倉遷

ずころが、写メ以降、電話は画像情報を䌝えるものずしお再定矩されたす。さらに、スマホの登堎でここに拍車がかかりたす。Twitter、LINE、Instagram、TikTok、たた、これから流行るであろうSnapchatたで、画像ず動画です。぀たり映像情報なのです。非連続型テキストなのです。子䟛たちの呚りに倚くあるのは、連続型テキスト文字ではなく、非連続型テキスト映像なのです。

しかし、孊校教育では、この非連続型テキストの読解は重芖されおいたせん。GIGAスクヌルになり、ICTを掻甚しお児童生埒は孊習を進めおいくこずになりたす。その際、私は、メディアリテラシヌの孊習ず、非連続型テキストの読解は、印象操䜜に振り回されないためにも、著䜜暩を䟵害しないためにも、たた統蚈孊を孊ぶスタヌトずしおも、もっず重芖される必芁があるず考えおいたす。

※1 「絵を䞻ずした非連続型テキストの読解指導に関する䞀考察 ―― 教科教育法囜語の授業を通しお ――」池田修 『孊芞囜語囜文孊』 46号 2014/3

珟堎教垫によるキャッチボヌル解説by 藀原友和

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フッタヌです。