「令和の日本型学校教育」の理念を具体化する「35人学級」

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文部科学省で長年にわたって議論されてきた公立小学校における学級編制の標準が引き下げられ、「35人学級」が実現します。東京都三鷹市長を務め、文部科学省中央教育審議会「初等中等教育分科会」および「新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会」の委員として、35人学級化の議論に関わった清原慶子氏に、少人数学級化に関する議論の経緯や、期待される効果、実現にあたって管理職が果たすべき役割などについて、話を聞きました。

清原慶子先生

清原慶子(きよはら・けいこ) 杏林大学客員教授、ルーテル学院大学学事顧問・客員教授。東京工科大学メディア学部長・教授などを経て、2003年4月から東京都三鷹市長を4期16年務めた。民学産公の協働のまちづくりを進め、「コミュニティ・スクールを基盤とした小・中一貫教育」を創始。中央教育審議会委員(生涯学習分科会長・初等中等教育分科会委員)、総務省統計委員会委員などを務める。

個別最適な学びの実現や感染症対策の必要性が後押し

「35人学級化」の前提としてあるのは、「新しい時代の初等中等教育の在り方」です。新学習指導要領や「令和の日本型学校教育」で示された理念を具体化するための学校現場に求められる要件の一つとして、35人学級化が実現したと、私はとらえています。

文部科学省では以前から、学級編制のあり方について議論が行われ、少人数学級のメリットや効果についても一定の知見が共有されてきました。2010年度に実施された「今後の学級編制及び教職員定数の改善に関する教育関係団体ヒアリング」では、学級編制の標準を40人から35人あるいは30人に見直すべきとの意見が大勢を占め、2011年度には初等中等教育局に「公立義務教育諸学校の学級規模及び教職員配置の適正化に関する検討会議」が設置され、私も委員として加わりました。

少人数学級編制はなかなか具体化されませんでしたが、近年、さまざまな要因が重なったことでその必要性と重要性への認識が高まり、このたびの法改正に至りました。

要因の一つとして挙げられるのは、教員の働き方改革です。2017年度に設置され、私も委員を務めた「学校における働き方改革特別部会」では、教員の長時間労働の改善の目的と成果として、「いかにして教員が子どもと向き合う時間を確保すべきか」について、より積極的に議論されるようになり、そのための有効な方策として挙がったのが、学級編制の少人数化や小学校高学年における教科担任制の導入です。

また、「令和の日本型学校教育」でも示された、「誰一人取り残さない」ことを徹底するためにも有効だと期待されます。GIGAスクール構想による1人1台コンピュータ端末の活用や、個別最適な学びと協働的な学びの対応にふさわしい学級規模として、35人学級が具体化しました。

さらに、授業の質の向上だけでなく、新型コロナウイルス感染症対策の必要性などから、少人数教育の実現が喫緊の課題として社会的に共有されるようになりました。政府の教育再生実行会議においても、感染症対策を踏まえつつ、「いかに子どもの学びを保障するか」について議論され、少人数学級の有効性が示されてきたと考えます。

三鷹市の取り組みは学力向上などの成果を上げた

35人学級の有用性を表すものとして、5月に開催された「今後の教職員定数の在り方等に関する国と地方の協議の場」で提出された資料の一部を以下に示すとともに、私自身の実体験に基づいて述べたいと思います。

我が国における学級規模に関する研究事例
公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数等に関する参考資料」より 出典:平成27年度全国学力・学習状況調査(中学校分)

まず1つは、小・中学校時代の経験からです。私は私立の小・中一貫教育校に通い、学級人数は小学1年生時に16人、中学1年生時に32人と、少人数学級で育ちました。その中で、一人ひとりの個性が尊重され、その後の多様な進路選択に結びつき、友人関係も円滑であるなど、まさに少人数教育の効果を実感しています。

2つ目は、教員としての経験からです。私は、大規模校である慶應義塾大学を卒業し、同様に大規模学部といえる東京工科大学メディア学部の教授を務め、「少人数の演習やゼミナールなどの教育効果」を経験しました。一方で、常磐大学、ルーテル学院大学という、全国的にみて1学年の定員が少ない大学でも教員を務めました。規模が異なる大学教育の両方を経験し、いずれにおいても少人数のほうが一人ひとりにきめ細かな教育を実現できることを実感しています。

3つ目は、三鷹市長として小・中学校の円滑な一貫教育を促進し、成果を上げた経験からです。2006年度に創始した三鷹市の「コミュニティ・スクールを基盤とした小・中一貫教育」では、習熟度別の少人数教育、市費負担による一貫教育を円滑化するコーディネーターの配置や小・中学校の教員の兼務発令などを実施しました。

三鷹市はそうした取り組みなどによって、不登校児童生徒数が大きく減少し、東京都内の自治体で最も少ない人数で推移しています。「全国学力・学習状況調査」においても、三鷹市はすべての教科で東京都の平均点より高い傾向が表れました。

これらを一つの証左ととらえ、小中一貫教育や少人数教育は、一人ひとりの子どもに教育を行き届かせることや学力向上に一定の効果があると期待しています。

教員が力を発揮できるように学校環境を整える必要がある

35人学級の成果は、学級経営を行う教員の力量にかかってきますので、管理職やミドルリーダーには、教員一人ひとりがその力量を最大限に発揮できるような学校環境づくりと必要な支援が求められます。

35人学級化の大きなねらいは、教員が一人ひとりの子どもの能力と個性をよりしっかり見つめ、対話することができる時間や機会を増やすことです。それは管理職と教員の関係においても同じです。管理職には、一人ひとりの教員を今まで以上に丁寧に見つめ、その能力と個性を引き出すために、適切な指導・助言をすることによって、教員の資質能力の底上げを図ることが期待されます。

35人学級が定着し、成果が上がるまでには一定の時間を想定する必要があるでしょう。どの教員も、効果的な授業の手法を模索すると思います。管理職には、その過程を見守りつつ、教員の授業づくりを支えて、必要な対応を行うことが求められます。

特に、教員がさまざまな手法を試す中で失敗をしたときに、管理職はそれを責めるのではなく、学びながら修正していこう、成功例を増やしていこうといった意識を教員ともち合うことが大切であり、そうした雰囲気を学校全体につくる責任があると考えます。

35人学級や1人1台端末の効果を発揮するために軽視できないのが、学校施設のあり方、教室の物理的環境のあり方です。

今後は、子どもが自在にグループ学習ができるとともに、ICTの活用を生かす授業の創意工夫が求められることから、情報通信環境の確保や柔軟な教室レイアウトが必要であり、教室環境をきめ細かく検証して指導・助言をするのも管理職の役割です。

他方で、これは一部ではありますが、都市部の人口が増加している地域では、学校施設の拡充の制約があるため、少人数化に向けた学級数の増加に対応できない状況も想定されます。その場合は、35人学級が実現するための適切な学校施設が整備されるように、校長には教育委員会や首長部局と協議していく責任があります。

都道府県格差や市区町村格差、あるいは同じ市区町村内でも学校の施設の違いによる格差などは絶対にあってはいけません。市長経験者としては、一人ひとりに行き届く教育を実現するために、授業力の向上や学級経営力といった「ソフト」の部分も大切ですが、それを実現するための舞台である「ハード」の部分もしっかりと整えていく必要があると、特に強く感じています。

三鷹市では、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの配置によって、子どもの学びや家庭の福祉的な面も含めた課題解決にも取り組み、一定の成果を上げています。管理職は、そういった教員を支える専門職や事務職員との信頼関係を強め、担任教員が学級経営により一層専念できるようにすることも必要だと思います。

特にコミュニティ・スクールを推進している学校では、地域住民や諸団体との連携が不可欠です。管理職には、学校を代表して、地域の信頼を得るという重要な役割があることを認識してほしいです。

取材・文/藤沢三毅(カラビナ)

『総合教育技術』2021年8/9月号より

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