農業体験から地域交流も学ぶ「総合的な学習の時間」授業例
総合的な学習の時間は、教育課程の編成において中心的な位置を占めるようになりました。激変すると予想される未来に向けて、社会で活用できる資質・能力の獲得を目指しているからです。それには、「未来は自分でつくるものだ」という発想が子供や教師に必要となるでしょう。その実現には、教師の総合力だけでなく、学校の総合力が試されます。ここでは田村学・國學院大學教授が推薦する、総合的な学習の時間の授業改善に向けてヒントとなるような優れた実践を紹介します。
監修/國學院大學教授・田村学
目次
単元で育てたい資質・能力
今回紹介するのは千葉県我孫子市立新木小学校の取り組みです。主な産業は農業という我孫子市ですが、その中心となるのが新木小学校のある新木地区です。学校の周りには、 利根川がつくった肥沃な大地である畑が見渡す限り広がっています。子供たちの保護者や親族には農業を営む人も多く、本校では、農業を通して地域の人々の生き方や情熱に触れる総合的な学習の時間(以下、総合)の授業を継続しています。2020年度、杉本一生教諭によってつくられた単元を、6年生担任の箕輪一栄教諭(1組)、深山正美教諭(2組)、伊藤陽介教諭(3組)により実際に授業が行われました。
単元名:我孫食プロジェクト~我孫食つくり隊&伝え隊~(全50時間)
単元の構成
- 「我孫食つくり隊」(トマトの栽培、総合として9時間および年間を通した生育活動)
- 「我孫食つくり隊」(生育したトマトの活用、13時間)
- 「我孫食伝え隊」(加工品の販売、14時間)
- 「我孫食伝え隊」(活動報告会、11時間)
今回は小単元②を中心に紹介します。
単元全体で育てたい資質・能力は次のものを設定しました。
知識及び技能
- 地域の主産業である農業を通して、地域活性化を図るために、地域の特色を生かしたさまざまな工夫が行われており、一人一人が責任を持って役割を担い、連携協力していくことが重要であると理解する(概念形成、連携性)。
- 調査活動を目的や対象に応じて適切に行い、必要な情報を的確に記録する(技能)。
- 地域参画に対する自己の認識の高まりは、地域と連携した農作物の生育活動、商品開発、販売活動を探究的に学習してきたことの成果であることに気づく(探究的な学習のよさの理解)。
思考力、判断力、表現力等
- 地域活性化に目を向け、その現状から課題を設定し、解決方法や手順を考え、見通しを持って計画を立てる(課題の設定)。
- 課題解決に必要な情報を得るために、多様な方法から目的に応じて手段を選択して効率的、効果的に情報を収集し、種類に応じて蓄積する(情報の収集)。
- 情報を比較、関連させながら視点に応じて整理し、課題に対して多角的に考察して、確かな理由や根拠を持つ(整理・分析)。
- 自分の意見や立場を明確にして、相手や目的に応じて効果的な表現方法でまとめ、論理的に伝えたり、発信したりする(まとめ、表現)。
学びに向かう力、人間性等
- 課題解決を通して、自他のよさを理解し、他者の考えを認め、尊重することで、自分の変容をわかろうとする(自己理解、他者理解)。
- 課題解決に向けて、自らが考える最善の方法を検討して、互いの考えを認め、協力して取り組もうとする(主体性、協働性)。
- 実社会や実生活の問題の解決に進んで取り組もうとする。自己の生き方を考え、夢や希望を持つ(将来展望、社会参画)。
先輩たちの思いを受け継ぎ子供たちの活動は始まった
小単元①
前年度の6年生はトマトジャムを手づくりして販売するという総合の活動を行ったのですが、新型コロナ禍の影響で途中で中止になり、その売り上げ金は地域のために使われることなく終わってしまいました。「このお金は次の6年生の活動資金にしてほしい」という、先輩たちから残された言葉を知った子供たちが「私たちも、自分たちが育てたトマトの加工品を販売することで、地元の農業を盛り上げたい」と言い出したのです。さらに、伊藤教諭は子供たちから、「今年こそ、最後までやり遂げたい」という言葉を聞き、活動に対する期待が高まりました。
こうして、先輩の思いを受け継いだ「我孫食プロジェクト~我孫食つくり隊&伝え隊~」の活動が始まりました。苗は先輩たちが残したお金で購入、子供たちはいっさい農薬を使わず人海戦術で害虫駆除を行い、その結果、地域の農家も褒めるほどのいいトマトが育ちました。
現実の問題に直面しながら活動に突き進む
小単元②
収穫高が37㎏にも上ったトマトは、トマトケチャップへと加工することに決まりました。子供たちは前年の6年生のように自分たちでつくろうと考えていましたが、ある子供が、「食品衛生法に基づく許可がいるから、手づくりは無理だ」とみんなに報告したため、のっけから壁が立ちはだかりました。子供たちは手づくりを諦め、トマトケチャップの製造を加工品製造会社に委託することにしたのです。大変だったのは担任たちで、トマトケチャップの製造を委託する加工品製造会社を探すのに苦労しました。
一方、子供たちの切り替えは早いものでした。そうと決まれば、どんなレシピで、価格をいくらにするか、どこで売るのかなど、やらなければならないことはたくさんあります。
レシピの収集活動が始まると、ここでもちょっとした発見がありました。別の子供が、「農林水産省が定めるトマト加工品のJAS規格(日本農林規格)の基準を満たさないといけないらしいよ」と報告すると、みんなが「そんな基準があるのか」と驚きました。各班から出たレシピを黒板に並べて分類すると、JAS規格だけを満たした味(A案)、甘めの味(B案)、辛めの味(C案)に分かれたのです。
全体共有の場面になってA案とオリジナルな味(B、C案)にする案が対立。A案は自分たちのトマトの味をストレートに味わってもらいたい、オリジナルな味にする案は小さい子から大人まで食べてもらいたいという思いが強かったのです。
箕輪教諭は、ここで意見がひとつにまとまらずに議論が進み、食べてみないとわからないという意見を引き出せればと考えていました。どちらの子供たちも、たくさんの人に食べてもらうことが地域活性化につながるという考えは共通していたため、案の定、どの学級でも「食べてみよう」ということになりました。そして、各学級の総合的な学習実行委員が集まって、家庭科室で試作品をつくり、3つを試食することになったのです。
試食会には、市役所の農政課、地元の地産地消推進協議会、加工品製造会社の人々に参加してもらいました。「みんなは売り物をつくるわけだから、お客さんの気持ちになって味を決めてほしい。それが商品開発だよ」という加工品製造会社の人の言葉が子供たちの心に響きました。全員投票の結果、特にパンにつけたらおいしいC案に決まりました。
知識が目的や手応えとつながり学びが深まった
次に販売価格を決める場面です。子供たちはちょうど算数の授業で「データの調べ方」を学習したばかりで、そこでは、データを数直線上に並べて平均値や中央値など1つの値で代表させ、データを比較するという調査方法を学んでいました。
子供たちが小売価格の市場調査したところ、100gあたりの平均価格は78円。それに対して、子供たちのほうは、製造原価が100g入りの瓶1個につき180円かかっていました。
2組の議論は次のようなものになりました。
まず希望価格を出し合い、算数好きのAが授業を思い出して、「それぞれの意見を数直線に並べてみよう」と促します。その数直線を見ながら、子供たちは議論を展開しました。
(子B)「200円前半と500円台に分かれたね」
(子C)「200~240円だと、最終目標の地域活性化に使えるお金(利益)が少なすぎて貢献できないと思う」
(子A)「買う人のことを考えると安いほうがいい」
値段では市販品に太刀打ちできないことが子供たちに影響したのか、安めの値段を主張する意見が続きました。算数の知識だけでは、販売価格は決まりません。
(子D)「少ない利益で何ができると思う? 利益が多ければ、できることが増えると思う」
(子E)「逆に値段を高くしても10個しか売れなかったら、値段が安くても全部売れたときのほうが利益は出る」
(子A)「確かに利益を比べると、値段が安いと全部売れても使える額が限られる」
(子F)「みんなの意見の中央値が300円くらいだから300円がいい」
(子G)「決して中央値がみんなにとっていい値段とは思えない。買う人や利益のことも考えないといけない」
(子H)「高すぎでも安すぎでもない値段がいい」
(子I)「利益だけで考えると400円だったら、利益は100個で2万2000円。350~400円の間がいいと思う」
2組の子供たちは350円に決めました。しかし、Aは販売価格を決める議論に納得していなかったようでした。みんなの議論では、原価に苗の購入金額が入っておらず、Aは自分の自学ノートに原価、販売価格、利益を比較した表を作成し、300~350円が妥当であると書いていました。それを深山教諭に見せて、「先生、もう1回授業が必要だと思う」と主張。深山教諭は「納得するまでよく考えたね。すごい」と褒めました。ところが、1組は500円、3組は250円にしていたので、最終的な価格決定は各学級にいる総合的な学習実行委員会議に委ねられ、彼らが休み時間を使って協議し、「原料のトマトが無農薬栽培であることが付加価値になること」や「きりがいい価格にすること」を考慮した結果、販売価格は1個400円となりました。
子供たちの中で習った知識が使える知識へと変貌していったのです。
次は販売場所を考える段階に入ります。子供たちは班に分かれ、ピラミッドチャート(思考ツール)を使って販売する場所を焦点化。ピラミッドの下層で個人の考えを集め、中層で個人の意見を絞り、上層で最も諸条件を満たすものをひとつ決めるという順序で考えます。
今度は、それを全体で共有します。下層には、販売場所の候補として、市が管轄する大型直売所の「あびこん」、地域の直売所、地域のスーパー、学校の校庭、祭りやイベントの会場、バザー会場、地区センター、道の駅などが挙がりました。ところが、新型コロナ禍で祭りやイベントが中止になり、学校の校庭、祭りやイベントの会場、バザー会場などがその候補から落ちました。
子供たちは、農業を通して地域に密着した活動をしたいという自分たちの思いや、農家と行政が地産地消を推進していることを考え、「あびこん」や地域のスーパーで販売できることを期待しました。しかし、市やスーパーの担当に問い合わせると、商品の衛生管理の観点から、子供が手づくりした商品を販売することはできないという回答が返ってきたのです。
子供たちは落胆しました。しかし、子供たちの熱意を汲んだ市の担当から「地域の直売所を利用してはどうか」と提案があったのです。ちょうど学校南門の前に、所有者が高齢のために休業している地域の直売所があり、子供たちも直売所の再利用は地域活性化になると考えました。担任がその所有者にかけあうと、快く貸してくれることになり、それを聞いた子供たちから歓声が上がりました。
「自分たちの思いが実現したんだね」
その販売場所には、「あらきっ子直売所」の看板が掲げられることになりました。
ほどなくして、子供たちのもとに加工品製造会社から完成品188個が届き、瓶に1個ずつ、商品名「今日のごはんにトマトケチャップ」を手書きしたラベルを貼りました。
そして、ついに11月下旬、1日3時間限りの「あらきっ子直売所」が開店。開店前から行列もできていました。
用意したトマトケチャップは時間内に160個が売れ、大盛況に終わりました。
活動を締めくくる感想文には、次のようなことが書かれていました。
「僕はこの『我孫食プロジェクト』で野菜を育てる大変さ、農家さんのすごさ、我孫子のよいところだけでなく、販売するまでの大変さも学びました。( 中略) また、当たり前のように買っている食品も、さまざまな人がかかわってできているので、感謝の気持ちを込めていただきたいと思います」
「トマトケチャップが思った以上においしくできたので、たくさんの人に食べてもらいたい。この経験を通して、大人になったら野菜づくりをして、みんなを笑顔にしたいと思うようになりました」
担当教諭振り返り
杉本教諭は今回の実践についてこう語ります。
「販売価格を決める場面が最も印象に残りました。算数で学んだ知識が活動目的、商品価値、商品に込めた思い、消費者の気持ちなどを比較検討する中で確かなものになっていったと思います。知識が構造化され、学びが深まっていると感じました。構造化された知識は、思考力や判断力だけでなく、『学びに向かう力、人間性等』を育むことにつながるものと期待しています。また、総合の学びを軸に各教科の学習を組むという本校のカリキュラム・マネジメントの効果が表れた場面でもあると思いました。このような成果が見られるとともに課題もあります。学年全体で総合に取り組むというやり方には、全員でダイナミックな探究的な学びを進められるというよさがある一方、例えば、自分たちが決めた値段でなく学年で販売価格を統一したように、学級の思いを貫く活動と言い切れない側面があることです。これが今後の課題です。
子供と教師の本気が学校の総合力を高める。それこそが、地域を動かす原動力になると感じています」
取材・文/高瀬康志
『教育技術 小五小六』2021年4/5月号より