【菊池省三 緊急提言】いまこそコミュニケーション科の創設を!
「ほめ言葉のシャワー」「価値語の植林」など学級づくりの教育を牽引してきた菊池省三先生が、次のステップとして揚げたのは、全ての教科をつなぎ、核となる「コミュニケーション科」の創設。教科としてコミュニケーションを学ぶ必要性を語ってもらいました。
目次
子供の学びを豊かにするために
新型コロナウイルス感染症対策で、慌ただしい新年度を迎えていることと思います。昨年度のカリキュラムの積み残しに、新学習指導要領の実施が加わり、学校現場は多忙を極めることとなるでしょう。子供や保護者も不安を抱えて新年度を迎えています。このような状況でこそ、あたたかい人間関係を築くための機会ととらえ、担任はプラスのアプローチをしていくことが大切です。
人がともに生きていくなかで、最も大切なコミュニケーション力。この力を学校で育むことの大切さは、誰もが実感していることです。ところが、コミュニケーションや話し合いというと、「話す」「聞く」ことなどと狭義的にとらえて技術的な手法に留まり、一つひとつの教科・領域の中に埋もれてしまっているのが現状ではないでしょうか。
学級づくりや授業づくりを考えるとき、担任がコミュニケーション力の視点を持たなければ、授業が豊かになることは決してありません。授業は教師からの一方的な指導に偏り、「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)やICT教育は、単なる活動・経験だけで終わってしまいます。
自分らしさを発揮し、他者を認める関係性を大切にすることで、教室での学びは豊かになっていきます。こうした関係性の育成は、授業はもちろん、特活や学活など日常の学級生活の中でお互いに認め合うコミュニケーションが欠かせません。授業と学級の人間関係は連動しているのです。
コミュニケーション力は、これから生きていくために必要な全てをつなぐ根幹となる力です。これまでの教師一辺倒の授業を変え、子供の学びを豊かにするには、もはや従来の教科では対応しきれないのではないかと、新しい教科「コミュニケーション科」を立ち上げる必要性を強く感じたのです。
なぜ、いま「コミュニケーション科」なのか
教師時代、子供に身につけさせたい力として、私が最も重点を置いてきたのはコミュニケーション力です。その実践と経験、さらには教育実践研究家として全国の学校を回る中で、次のような理由から「コミュニケーション科」の必要性を強く感じました。
1.コミュニケーション指導の経験から
かつて荒れていた学級を受け持ったとき、高学年でさえ、自己紹介ができない子が多くいた。コミュニケーション力は人間形成のために必要不可欠であること。
2.現行のカリキュラムでは不十分であるという指導経験から
一つの教科に限らず、総合的に取り組む必要性を感じたこと。
3.全国の学校、学級を訪れての実感から
様々な学校を回る中で、コミュニケーションの弱さを実感。『正解』にこだわり、人と『違う』ことを恐れる。学び合う経験がなく技術も身についていない。教師も同様で、学校現場全体が自分らしさを発揮できない状況になっていること。
4.コミュニケーション力不足が引き起こす現在の学校での問題点から
現行のカリキュラムの中では、いじめや不登校、学級崩壊の主根源である『あたたかい人間関係づくりの欠如』にまで踏み込めないこと。
5.子供から大人までが必要としている事実から
幼稚園・保育園から、小学校、中学校、高校、大学、企業、一般社会に至るまで、人とかかわるうえでコミュニケーション力が必要であること。
通常、授業では、個別化、共同化、プロジェクト化しながら様々な活動を行います。それらの活動の連結の要はコミュニケーションが担っています。この要が抜け落ちると、個々がばらばらの単なる活動に終始してしまいます。各教科で断片的に指導するのではなく、独立した一つの教科として指導することが大切なのです。
目標は「あたたかい人間関係を築きあげる力を育てる」こと
私が考える「コミュニケーション科」とは、「あたたかい人間関係を築きあげる力を育てる」ことです。
「コミュニケーション科」で育てたい力
・あたたかい人間関係をつくる力
・自分らしさを発揮しながら、他者と協力して「学び」ができる力
・相手を理解し好きになって、一緒に成長できる力
・意味や感情を、言語・非言語等を活用して伝え合う力
授業時数は、各学年年間35時間を想定。総合的な学習の時間を活用することで、現行のカリキュラムでも十分可能です。
「コミュニケーション科」の授業は、次の7つのカテゴリーに分類しました。
❶ 人との関わり(人間関係向上力)
❷ 言葉への興味関心(社会的語彙力)
❸ 即興力(演劇的身体力、身体表現力)
❹ スピーチ力(非言語力)
❺ 対話・話合い力
❻ 議論力
❼ その他の活動(学級活動や係活動など、子供の自治力を高める活動)
7つのカテゴリーに沿った「コミュニケーション科」の授業を他教科と連動させることで、コミュニケーション力は高まっていきます。例えば、国語の授業でスピーチの基本型を学び、朝の会や帰りの会では「コミュニケーション科」の活動の一つとして、お互いを深く知る「質問タイム」「ほめ言葉のシャワー」などを行います。国語科では、スピーチの技術が中心となりますが、「コミュニケーション科」では、表情や身振り手振り、気持ちの込め方など非言語の部分も取り上げ、ほめて価値づけます。これを繰り返すことで、国語科はもちろん、他の教科でも生き生きとしたスピーチとなっていきます。
教室には様々な子供たちがいます。情緒不安定な子、じっとしていられない子、読み書きが苦手な子、話すのが苦手な子、テストの点数ばかり気にする子、口より先に手が出てしまう子、自分の意見を通そうとする子、自分の考えを言えない子、みんなと違うところがあると仲間から除外する子……。
そういう子供たちが、いろいろと調べたり考えたりしながら自分の意見を述べることができる。人の意見に対して「仲がいい子の意見だから」「こっちの意見に賛成する人数が多いから」と流されることなく、客観的な判断ができる。いろいろな意見を、単純な多数決ではなく話し合いながら練り上げていくことができる。
今の状況で何ができるかを対話を通して答えを見つけていくこと、学級の仲間として一緒に成長していこうと学ぶことこそが、「コミュニケーション科」の大きな目標です。
これまで教師主導型の一斉授業の指導法にどっぷり浸かってきた教師にとって、「コミュニケーション科」は、大きな負担に感じるかもしれません。教師自身がそういう授業を経験してこなかったのですから仕方のないことです。コミュニケーション力の重要性は誰もが理解しているのに深く突き詰めて考えることなく、空気のような存在でした。
だからこそ今、学校教育でしっかりと考えるべきなのではないでしょうか。枝葉的に扱うのではなく、学校教育の核として「コミュニケーション科」を位置づけ、コミュニケーション力の育成を考える。今こそ、授業そのものを根底から変えなければいけないのです。
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菊池省三(きくち・しょうぞう)1959年、愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『菊池省三流奇跡の学級づくり』(小学館)他著書多数。
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取材・構成/関原美和子 撮影/藤田修平
「教育技術 小五小六」2020年6月号より