<連載> 菊池省三の「コミュニケーション力が育つ年間指導」~3学級での実践レポート~ #18 千葉県船橋市立田喜野井小学校5年1組④<後編>


菊池実践を追試している3つの学級の授業と子供たちの成長を、年間を通じてレポートする好評連載。今回は千葉の植本学級(5年生)における2024年11月の授業レポートの後編です。菊池先生と植本先生による、2時間続きのディベートの合同授業です。

目次
反論の反論が際立った第2試合
ディベート「日本は中学生以下のスマートフォンの使用を禁止すべきである」の第2試合が始まった。
第2試合 賛成側7班、反対側3班
賛成側立論
「いじめを防ぐことができる」
理由:2022年文部科学省の調査で、いじめと認定された約68万件のうち、「パソコンや携帯電話等で、誹謗・中傷や嫌なことをされる」が2万3920件で過去最多を更新。特に中学校ではインターネットいじめが3位を占め、大きな課題に。
また、2020年に、東京都町田市の小6女児がいじめを苦に自殺。遺書に、チャット機能での悪口を訴えていた。
人の命ほど大事なものはない。スマホを禁止すれば、このようないじめを防ぐことができる。
<反対側質問>
質問)いじめや嫌なこととは何ですか。
回答)悪口、言葉の暴力、石を投げられることなどです。
質問)(文科省のいじめ調査で)1番目に多いのは何ですか。
回答)まだ調べていないのでわかりません。
質問)小学校のデータはあるのですか。
回答)町田市のいじめのことです。
質問)チャット機能とは何ですか。
回答)……。
反対側立論
「社会に出たとき、うまく活躍できなくなる」
理由:「令和3年度 情報通信白書」(総務省)によると、2020年は235億台、2023年には340.9億台ものIoT(もののインターネット)が使われている。自分たちが大人になったときには、もっといろいろなIoTが増え、うまく活用できないと働けない時代になる。
活用する力をつけるために、小学校にタブレット端末、中学校にパソコンを教育委員会が貸し出している。 スマホの使用を禁止すると、インターネットを活用する力がつかなくなり、社会に出たときに活躍できなくなる。
<賛成側質問>
質問)IoTはWi-Fiを使うのですか。
回答)はい。
質問)タブレットやパソコンを貸し出しているというデータはあるのですか。
回答)わかりません。
質問)小学生の頃からタブレットやパソコンを借りることができるのであれば、大丈夫ではないですか。
回答)……。
<反対側第1反論>
・1番多かったいじめについて、「まだ調べていないのでわからない」と言ったので、認められない。
・チャット機能について「わからない」と言ったので認められない。
<賛成側第1反論>
・データが出ていないので、この意見は認められない。
・タブレットやパソコンは学校の外に出せないので、家で使うデメリットにはならない。
<反対側第2反論>
・(貸し出したタブレットやパソコンは)Wi-Fiが使えなければ意味がないので、認められない。
<賛成側第2反論>
・「1番多かったいじめのデータが出ていないので認められない」と言ったが、いじめ認定約68万件というデータがある。第1位がわからないというだけで、このデータが無しになることはない。
・チャット機能についてうまく説明できなくても、そこにいじめの原因があることはわかっているので、認められないと言うのは違う。
まっぷたつに分かれた判定
いよいよ判定の時間。判定前に菊池先生が、
「立論と議論の流れを読んで、賛成側と反対側を見比べ、どちらが勝ちか決めます。判定の理由は自分が思ったことだから、何を書いてもかまいません」とアドバイスした。
判定は、第1試合と同様、それぞれが自分のフローシートに記入したあと、班ごとに話し合う。
審判役の6つの班の判定は、
賛成側勝利……3
反対側勝利……3
となった。各班が挙げた判定の理由は次の通り。
●1班……賛成側勝利
・「第1位がわからなくても、約68万件ある」という説明に納得した。
・チャットの機能が説明できなくても、いじめは事実だという説明に納得できた。
●3班……賛成側勝利
・第2反論で、「説明できなくても(約68万件の)事実がある」と説明したこと。
・反対側が、時間を過ぎて発表していた。
●4班……賛成側勝利
・第1反論まではどちらか決めかねていたが、第2反論で(賛成側が)きちんと返していた。
●5班……反対側勝利
・賛成側の答えに、「わからない」が多かった。
・(反対側の)チームワークがよかった。
●6班……反対側勝利
・2つめの反論で、A君が「チャット機能についてうまく説明できなくても、そこにいじめの原因があることはわかっているので、認められないのは違うと僕は思う」と反論したのは、個人の意見だから違うと思う。
●8班……反対側勝利
(班内の意見が2対2に分かれたため、発表者の権限で反対側勝利)
・チャット機能についての質問だったのに、急にいじめの話に飛んだのが、違うと思った。
これらの発表を受けて植本先生が、
「賛成と反対が3対3で同数に分かれました。みんなの発表で多く出たのが、『賛成側第2反論』の意見でした。賛成側はこの反論が『よかった』、反対側は『違うんじゃないか』と受け取ったんだね。
フローシートの流れを見たとき、どっちが的を射ているのかを考えることが大切です。
では、もう一度ここ(賛成側第2反論)に焦点を当てて、班で話し合いましょう」
と説明し、改めて判定についての話し合いを行った。
勝敗の決め手となり、判定がまっぷたつに分かれた「賛成側第2反論」に絞って話し合わせました。
判定全体を振り返らせてしまうと、議論のいろいろな部分に対する意見が出ることになり、結果、話し合いがぼやけてしまいます。一番決め手となった箇所に焦点を絞ることで、子供たちは深く考えることができるのです。
反論をひっくり返した “反論の反論” を振り返る
話し合った後、各班が振り返りを発表した。
●賛成側の班からの意見
・「チャット機能について聞いているのに、急にいじめの話になるのはおかしい」と言うけれど、もともと立論にいじめをラベルとして入れているので問題ない。
・第1反論について再反論しているのだから、「僕は~~と思う」という発言は、別に個人の意見ではない。
・説明をするために、「僕は説明できなくても事実には相違ないと思う」とまとめただけなので、個人の意見ではない。
●反対側の班からの意見
・「チャット機能がわからなくても変わらない」と言うが、そもそもチャット機能がわからないのはおかしい。
・(いじめ調査で多かったいじめの)第1位、第2位もデータとして挙げたほうがわかりやすい。
・最初は悪口の問題から話したのに、急にいじめが入ってきて、立論から離れていったので、1つの線としてつながっていない。
・説明するときに「僕は~~」はいらない。
各班の発表後、菊池先生が、
「大変素晴らしい試合でした。ディベートは、立論に対してどう反論するかというゲーム。反論するために、いくつもポイントを突いた質問をしていました。例えば、『チャット機能とは何か』という問いですが、普通はわかったつもりになっていて、質問しそうでなかなかしない質問です。でも丁寧に聞いていましたね」と話した。
次に、質問に答えていた賛成側の男子のところに行き、
「質問に答えた彼は、自分と友達のフローシートを2枚持ちながら話していました。その場に合わせて話をすることは難しい。でも、次につながるようにチームの一員として責任を果たしていたことに感心しました」
と話して握手すると、みんなが大きな拍手を送った。
菊池先生が続けて、
「チームとして、急遽(欠席で助っ人に)入った2人も含め、1人ひとりが責任を果たして、作戦タイムで密に話していたこともよかったですね。2つの班のどちらも、チームとして協力していました」と戦った2つの班をほめた。
ディベートは学級全員参加の活動ですが、議論の途中で今、何をしているのかを理解しきれない子も出てきます。こうした現象を見過ごしてしまうと、話し合いを嫌う子を生み出してしまいます。
そうした子がディベートからこぼれ落ちてしまわないよう、教師は以下のような小さな場面を価値づけて認めることが必要です。
・一番後ろの審判にも聞こえる声で話していた
・発表している友達のフォローをしていた
・自分と友達の2枚のフローシートを見比べながら質問に答えていた
・持ち時間を、沈黙することなく話し切った
・「思います」ではなく、「です」と言い切った
今、この場面ではできていなかったとしても、次の場面で活かせるよう、ほめて励まします。
このように、学級ディベートにおいては、子供たちの頑張りを認める配慮が欠かせません。
菊池先生がフローシートを指しながら、
「『議論をする』『議論を読む』は、チームがつながっていないとできません。それができていたから、素敵な試合になりました。
この試合、どっちも攻めていました。結論から言うと、先生はA君の反論がとても有効だったと思いました。第1位がどうのこうのではなく、『いじめがこれだけあるんだぞ』ということ、チャット機能がわからなくても、こういう事実があるという立論を言い切ったことで、反論をひっくり返しました。このことから私は、賛成側が勝ったと判定しました」と説明した。
「勝ち負けを競うのだから言い切る。反論の理由付けを丁寧にする。自分たちで考えたことをもっとはっきり言い切れるようになったら、もっと楽しくディベートができるようになります」と話すと、みんなが真剣な表情でうなずいた。
植本先生が、
「正解がないということは何を言ってもいいということだから楽しいけれど、じつは、ずっと考え続けなければならないということです。1人ひとりが考え続けて解を持つということは、とても大変なことだし、大人になったときに一番大切な力だと思います。
だから今日、みんなが一生懸命考え続けている姿がとてもうれしかったです。一生懸命考え続けた自分たちに、大きな拍手を送ろう」と話すと、教室中に大きな拍手が響いた。
菊池省三先生による授業解説
「議論を読む」審判のあり方に目を向けさせる授業なので、子供たちにはフローシートの横の流れを特に意識させながら判定をしました。とはいえ、判定に慣れていない子供たちにとっては、何をどう見て判断すればいいのか、難しいところでしょう。
そこで、教師自身が判定の根拠を子供たちに示すことが大切です。
声が大きい、協力している等、表面的な現象面をほめるだけでは、ディベートは先に進めません。
不完全で拙いディベートだったとしても、その中から、データの捉え方や、質問や反論、反論への反論など、中身についてしっかり吟味し、子供たちに丁寧に示していくことが必要です。
第2試合では、賛成側反論のA君の発言への判定がまっぷたつに分かれました。
彼の発言を「きっぱり言い切ったのがいい」と捉えるか、「あやふやなのに、押し切った」と捉えるかで、判定が分かれたのです。
本来、ディベートははっきりと言い合い、内容を競うものです。
まだ2回目ということもあり、慣れていない子供たちが小声になったり、「~~だと思います」と消極的な受け答えをしたりすることが多い中、A君は根拠を示しながらしっかりと言い切りました。
A君は授業中、手遊びをしたり上の空になったりする様子が度々見られましたが、話し合いになると、俄然やる気を出すようで、本人も「話し合いが好きだ」と話してくれました。
一方で、普段の彼の姿から、子供たちの中には、「A君の発表は強引ではないか」と判定にマイナスのバイアスが加わった可能性もあるでしょう。このように、判定基準の背景には、学級の人間関係が反映されることも少なくありません。
このような場面でこそ、教師は「人と意見を区別する」ことの大切さ、おもしろさを子供たちに示す必要があります。
A君の反論のよかったところを具体的に示し、それを一つのモデルとして価値づけるのです。単にほめるのではなく、学級全体に広げていくことが大切です。
ディベートは、“成績がいい” 一部の子たちのみが活躍するのではなく、いろいろな特性を持った子も存在感を示すことができる取組です。むしろそうした子たちの特性を活かすことで、よりダイナミックな学びになっていくのです。

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取材・文/関原美和子

Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。