インクルーシブ教育を実現するために、通常学級の担任が知っておきたい最重要ポイントとは?
文部科学省の調査(※)によると、全国の公立小中学校の通常の学級に在籍し、学習面または行動面で著しい困難を示すとされた子供の割合は8.8%とのことです。通常の学級では、特別な教育的支援が必要な子供が増えており、担任は特別支援についての知識がますます必要になってきています。今回、東京都特別支援学級・通級指導教室設置学校長協会会長、東京都公立小学校校長・玉野麻衣先生に通常学級における特別支援のポイントについてうかがいました。
(※)2022年の調査結果
監修/東京都特別支援学級・通級指導教室設置学校長協会会長、東京都公立小学校校長・玉野麻衣
目次
子供たちの困難さ
全国連合小学校長会令和5年度調査によると、「通常の学級に在籍する児童のうち、特別な教育的支援が必要な児童の困難さについて当てはまると考える状況」について質問したところ(複数回答可)、回答の多い項目順に以下の通りとなりました。
1 一斉指導の場面で、聞き間違いや聞き漏らしがある。
2 注意持続時間が短い、または注目する対象が変動しやすいなどから学習に支障をきたす。
3 自分の気持ちや考えを適切な方法で伝えることが困難で、対人関係がうまくいかない。
4 数字の概念や規則性の理解、文章題の理解や推理が困難である。
5 自分の言動を注意されたときに興奮し、感情をコントロールすることが困難になる。
このほか、
○他者の意図や感情を理解し場面に応じた適切な行動をとることが困難になる。
○ルールや約束を十分に理解できず、または守ることができず、トラブルになることが多い。
○整理・整頓が困難で、課題や活動に必要なものをなくしてしまう。
なども、回答が多かった項目です。
出典:全国連合小学校長会令和5年度調査研究部特別支援教育委員会調査結果
子供たちの困難さはここ数年、順位の入れ替えはあるものの、上位の項目はほぼ変わっていない状況です。また、就学支援委員会等で判断が出ても、通常の指導や特別支援学級、特別支援学校ではなく、通常の学級に在籍する子供も増えています。これは、本人や保護者の希望を最優先に就学先を決定していることの表れとも考えられます。
通常の学級の担任が知っておきたい特別支援のポイント
○必要な視覚情報を提示する習慣を付けているか。
自分が予定している情報は、見通しがもてるように掲示物などで示していても、その補足説明をするときは、なんとなく口頭だけで済ましてしまいがちです。教師は「しゃべりすぎないこと」「聴覚情報は消えてなくなること」を自覚することが大切です。
○教室掲示は掲示することが目的になっていないか。
「ユニバーサルデザイン」を意識して、教室正面の掲示板がすっきりしている教室が多くなってきました。しかし、「何のために掲示をすっきりさせるのか」「そもそもその掲示物は必要なのか」、ユニバーサルデザインの理由を知っていれば、応用もできるはず。例えば、児童席からは字が小さくて読めないような、掲示することが目的になってしまっている掲示物ではなく、学習用タブレット端末で情報を共有することで、子供たちはいつでも自分のタイミングで確認することができます。教室側面の掲示物も、慣例で貼っていないか、もう一度見直してみましょう。
○思い込み支援になっていないか。
本人によかれと思って、教師が先回りして支援していることがあります。本人に「どうしたいのか、どうしてほしいのか」を聞いていないことが多いようですが、本人と相談しながら支援していくことが大切です。子供たちにしてみれば、「どうしたい? どうしてほしい?」と聞かれる経験がなければ、自分の気持ちを伝えることは難しいものです。そのようなときは、「選択肢から選択する」「自分で決定する」という経験を重ねることから始めていきましょう。
例えば、板書はノートに書き写すのか、学習用タブレット端末に文字入力するのか、板書を写真に撮るのか、板書計画のプリントを渡すのか、いくつかの選択肢を準備して、その中から自分に合うと思うことを選択できるようにします。選択肢の数は子供の実態に応じて2択から考えてみましょう。自己判断・自己選択・自己決定の機会を保障し、自分の思いを表出する練習を重ねることが、自己理解にもつながります。自分はこの支援があれば自分で進められると、自分で分かっていくことが重要です。
通常の学級で困難を示す子供に対しての接し方
○教師の見立てと子供の困難さが合致しているか。
教師の見立てが子供の困難さに合致していないとしたら支援はうまくいきません。もしその支援がうまくいったとしても何が要因でうまくいったかを本人が分かりません。見立てと子供の困難さが合致しているかを本人に聞くことが大切です。
○見えている言動(事象)ではなく、その背景を本人と一緒に考える。
例えば、授業中に離席したり教室から出て行ったりするとき、その行動だけを捉えて「席につきなさい」「教室から出たらだめだよ」と言っても何の解決にもなりません。なぜ席に座りたくないのか、教室にいたくないのか、本人なりの理由があるはずです。「何をしていいのか分からない」「教室がうるさくていられない」など。はじめはうまく話せないかもしれませんが、選択肢を示すなど工夫しながら本人と一緒に考えるようにします。「これが原因だったの?」など、教師が決めつけるような言い方をしていないか、誘導していないかどうかに留意する必要があります。
〇気持ちを切り替えられるスペースをつくる。
「静かなところからオンラインで授業を受けたい」「静かなところで学習を進めたい」「気持ちを切り替えてから教室に戻りたい」という子供がいる場合、教室にいられなくても学習できるスペースがあるとよいでしょう。そのような場所があると、子供が校内で安心して過ごすことができます。教室でもない保健室でもない第3の居場所を利用するという、子供たちの選択肢を増やすことも大切です。
○見通しをもたせる。
次に行うべきことが分からない状況は、大人でも不安になるものです。教師は、1単位時間の授業やその日に学習する内容、1週間の授業計画、行事までに必要な活動スケジュールなど、見通しをもって臨んでいます。子供も同じように、「めあて」から「ふり返り」までの授業の流れや、1日の時間割、1週間の予定が事前に分かっていることで見通しがもて、安心することができます。また、急な予定変更も不安要素となるので、丁寧に理由を説明して子供に納得してもらうことも大切です。
○「どうしたい?」「どうしてほしい?」への答えをかなえる。
子供はどうしたいと考えているのか、どうしてほしいと思っているのか、予想するのではなく本人に聞くことが大切です。教育的支援が必要な子供たちは、大人の先回り支援のために、これまで自分の気持ちを聞かれる機会が少なかったかもしれません。ですから、「別に」「特には」とそっけない返事しか返ってこないかもしれません。そこで折れずに、まずは選択肢を提示するなど工夫しながら何回もチャレンジしてください。自己判断・自己選択・自己決定の機会をつくることが重要です。そして、子供の思いや考えをかなえること、子供との約束を必ず守ることも大切です。
〇助けを求める力を育てる。
誰かに助けを求める力は、大人になってからも必要です。子供のときからスクールカウンセラーと話すなどして、話すことで少し気持ちが楽になるという経験を積めば、大人になってからも、誰かに相談するという選択ができるかもしれません。自己理解を促すとともに、援助要請できる力を身に付けることが大切です。
○みんなと違うことは悪いことではないという価値観を育てる。
これまで、「みんなと同じことができるようになってほしい」と思うことはありませんでしたか。これは、「みんなと違うことは悪いこと」という価値観を子供に容認しているようなものです。子供たちの特性がそれぞれ異なるために、「みんなが同じではない」のです。子供たちにも伝えていきましょう。例えば、学習用タブレット端末への入力は、キーボード入力でも、音声入力でも、手書き入力でも、本人がやりやすい方法を選択すればよいということです。「みんなで同じことをしなければならないという認識はないか」と自問自答してください。大人が変われば子供も変わります。
個人差や強弱はあっても、誰かしらが困難さを抱えているという事実を、困難を抱える子供の周りの子供たちが理解することが大切です。得意不得意は人それぞれ異なります。自分と違う考えや言動、価値観があることを知ることも大事でしょう。また、「みんなと同じ」ではなく「自分の成長のために必要」を基準に自分に合った学習方法などを選択することの大切さを教えてあげましょう。
特別支援におけるICTの活用法
○困難さの解消や得意の伸長に活用する。
1人1台タブレット端末は、一人一人異なる困難さに対応し、解消するためのツールになります。板書を書き写すのにとても時間がかかるのであれば、黒板を写真に撮って保存するという方法があります。立体をイメージするのが苦手でも、タブレット端末の3D図形で考えるということも可能です。困難さの解消や得意の伸長という視点で、ICTの活用を考えてみましょう。
○「みんなが同じように使う」を求めない。
タブレット端末は「自分のタイミングで・自分の必要な情報にアクセスできる」を可能にします。集団指導だからといって「同じように使う」を求めないようにします。
○教室掲示から手元情報へ。
その授業に必要のない掲示があることで、情報過多になり混乱する子供がいるかもしれないという前提をもつようにしましょう。慣習として教室掲示をしている情報を学習用タブレット端末に入れることで、子供が必要なときに必要な情報を見ることができる環境をつくることができます。また、タブレット端末を使うときの学校ルールがあると思いますが、子供の活用状況によっては、個別のルールも必要かもしれません。必要に応じて、本人・保護者と相談しながら個別ルールを考えるとよいでしょう。
困難さのある子供の保護者への対応
○子供の困難さを周囲の大人が共有する。
学校生活の中で困難さがあるときは、保護者と共有することが大切です。学校での様子を伝えても「家ではそんなことはない」と言われることがあるかもしれませんが、学校での様々な集団の中と家庭では環境が大きく異なるため、困難度も異なります。そのことも含めて保護者と情報を共有するとともに、支援内容について一緒に考え、学校と家庭とで同じ支援を行うことが大切です。これから生活していくうえで大切なスキルを習得できるような環境や機会を考えていきましょう。
ミニインタビュー
玉野麻衣先生
子供が自分のことを表出できる環境を整える
困難さを抱えている子供たちに自分のことを語らせること、表出できる環境を整えることで、自己理解につなげていくことが大切です。教員から相談を受けるときは、いつもその教員に「本人はどうしたいのか、先生にどうしてほしいのか聞いた?」と尋ねていましたが、子供に聞いていないということがよくありました。周囲の大人は、よかれと思って対応する先取り支援をしがちですが、「どうしたい? どうしてほしい?」と子供に聞いてみてください。最初のうちは「別に」「特にない」とそっけない返事しか返ってこないかもしれません。子供が自分の思いや考えを伝えられないのは、これまでそのような経験が少なかったと考えることもできます。根気よく継続することが大切です。本人から聞いたことを少しでも実現することで「思いが伝わった」とか「決めたことを実行することができた」と成功体験につなげていきましょう。
支援は子供によって、子供の状況によって異なりますが、やってみないと効果的かどうかは分かりません。子供と相談しながら工夫していきましょう。また、いつもチームで考えることを忘れずに、特別支援教育コーディネーターや生活指導主任、学年主任に相談すること、校内支援委員会で検討することで、学校組織として工夫・支援することが大切です。
取材・文・構成/浅原孝子