<連載> 菊池省三の「コミュニケーション力が育つ年間指導」~3学級での実践レポート~ ♯11 千葉県船橋市立田喜野井小学校5年1組②<前編>

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菊池省三の「コミュニケーション力が育つ年間指導」~3学級での実践レポート~
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教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ年間指導」  3学級での実践レポート タイトル

菊池実践を追試している3つの学級の授業と子供たちの成長を、年間を通じてレポートする連載。 今回からは、千葉の植本学級(5年生)における9月下旬の授業レポートです。菊池先生と植本先生による、2時間続きのディベート(総合)の合同授業です。

レポートする学級の担任の先生方3名の紹介

担任・植本京介先生より、学級の現状報告

9月に入り、学級全員が同じ場面や同じタイミングで笑うようになってきました。7月までは授業中にユーモアのある発言が出ても、一斉に「わっ!」と盛り上がることはあまりありませんでした。みんなで盛り上がる場面を見る度に、子供たちの関係性が築かれ、聞く力が身に付き、学級の中で一人一人の個性が少しずつ発揮され始めたのかな、と考えています。
前回、6月の菊池先生の訪問授業の際には、「かみ合った話し合いに向かう」ことをテーマにしていました。
しかし、それを意識するあまり、「話し合いのもつ知的な楽しさ」から遠ざかってしまいました。根拠を伴った話し合いをすることや、相手の意見を引用して話し合うことなどを意識するあまり、話し合いが窮屈になってしまったのです。
その時の菊池先生の授業は、「相手の意見の理由付けの部分を “ひっくり返す”、そこを面白がる」というもので、1時間の中で子供たちの表情がどんどん柔らかくなっていったことを感じました。
「話し合いは楽しい」という原点に改めて気付かされました。
それ以降、「相手の意見をひっくり返すことを楽しもう」「考え続けることの面白さを大事にしよう」という思いを強く持ちつつ、国語科や社会科、道徳科など様々な授業に話し合い活動を取り入れ、総合的な学習の時間ではディベートに取り組み始めました。 これまでに学級ディベート、マイクロディベートを経て、今回の授業ではいよいよディベートに臨みました。

菊池先生と植本先生の合同授業レポート

「ディベートは、一生懸命聞き合うゲームです。今日はみんながどれぐらい聞き合っているかを見せてもらおうと思っています。一生懸命聞き合うためには、誰かが発表しているとき、自分のチームも相手チームも審判も、みんながメモを取るはずですね。全部で4試合もあるので疲れるかもしれないけれど、先生も今日の授業は “日本一” のディベート大会のつもりで見ます。
ディベートは思いやりのゲームです。同じチームの友達が困っていたら、メモを渡したり、作戦会議でアドバイスしたりして、助けてあげてください。審判の人は、勝ち負けだけではなくて、『ここがよかった』『もっとこうしたらいいよ』とアドバイスできるようにしてください。
みんなで思いやりのゲームを楽しみましょう!」
授業の冒頭、菊池先生が、みんなにディベートの “心構え” を話すと、子供たちが大きな拍手をした。

Point1
ディベートというと、話すことに目が向きがちですが、じつは “聞き合う” ことがキモになります。
立論= “議論をつくる” こと、質疑や反駁= “議論をする” こと、そして、審判= “議論を読む” ことです。
自分のチームが発表しているときも相手チームが発表しているときも、それを審判しているときも、その発表をしっかりと聞いていなければ、議論をすることも、議論を読むこともできません。
ディベートには勝ち負けがあるので、子供たちは “しっかりと話すこと” に力を入れますが、聞き合うことに子供たちの目を向けることが、後々のディベートの迫力につながっていきます。そこを意識させるため、冒頭で聞き合うことの大切さを明示しました。

「いい緊張感ですね。でも緊張しすぎかもしれないので、隣の人と笑顔で『頑張ろう!』と言い合いましょう」
と植本先生が話すと、菊池先生が、
「今、思いやりって言ったけど、負けちゃだめだよね(笑)。じゃあ、チーム同士で『負けないぞ!』と怖い顔で言え!」と続けた。二人の言葉かけに、
「頑張ろう!」「負けないぞ!」
と子供たちが奮起した。緊張気味だった教室の空気が一気にほぐれ、盛り上がった。

8チームでディベート開始

<ディベート論題>
「船橋市の小・中学校は夏休みを半分にするべきか」

<今回のディベートのルール>
まずチーム同士で立論を考え、あらかじ め表明。立論に基づき、相手チームへの質問や反論を考え、発表。発表、作戦時間はすべて1分間。
①賛成側立論 →作戦タイム → ②反対側質問
③反対側立論 →作戦タイム → ④賛成側質問
⑤反対側反論(第1反駁)
⑥賛成側反論(第1反駁)
第1反駁は、質問した内容に対してだけでなく、立論に対して反論してもよい。
⑦反対側反論2(第2反駁)
⑧賛成側反論2(第2反駁)

計4試合のうち、最初の3試合は第1反駁まで、 最後の1チームは⑦⑧の第2反駁まで発表。審判は、発表の2チーム以外の4チームが行う。
まず一人一人で勝敗を考え、判断してから、それぞれの審判チームで相談し、どちらかに絞って決める。

第1試合 賛成側:TMACチーム、反対側:ラムネチーム

菊池先生が、
「審判の人は、『自分だったら、ここを質問したいな、ここに突っ込めるな』と考えながら聞きましょう。『なぜそう言ったのか』『なぜこんな質問をしたのか』」と、『なぜ』を見つけていきましょう」 とアドバイスした。

①賛成側立論
「宿題のストレスが減る」
理由:夏休みの宿題は、自由研究や読書感想文でストレスがたまる。宿題へのやる気がなくなり、後回しになる。夏休み後半にやると宿題に負われ、家族からも「宿題をやりなさい」と言われ、それもストレスになる。夏休みが半分になれば宿題が減り、ストレスも減る。

②反対側質問
質問)宿題が多いからやる気が減ると言いましたが、宿題が減ればやる気が増えるということですか。
回答)はい。
質問)遊んだりして楽しくなって、宿題が後回しになるのですか。
回答)はい。
質問)宿題に負われてストレスになると言いましたが、どれくらいのストレスになるのですか。
回答)けっこうあります。

③反対側立論
「教員不足になる」
理由:教師を辞めたい人が増えている。夏休みが半分になると教員の働く時間が増えるので、辞める人が増えて教員不足になる。

④賛成側質問
質問)教師を辞めたい人は、何%いるのですか。
回答)大体68%くらいです。
質問)夏休みが半分になると教員の働く時間が増えると言いますが、生徒の下校時間が早くなるのでは。
回答)あまり影響はありません。
質問)やめる人が増えるというのは、予想ですか。
回答)はい。

⑤反対側反論
宿題をやらない日が増えると言うが、半分になっても変わらない。 楽しくなって後回しにするなら、ストレスになっていない。

⑥賛成側反論
予想だったら、減っていく可能性がある。32%は辞めないし、辞めてもまた新しい先生が入ってくる。下校時間を早くすれば、先生たちはもっと仕事にあてられる。

<判定>
賛成0:反対6で、反対側の勝ち

<反対判定の理由>
審判を代表して、1人が理由を発表した。
「(2人が欠席した中で)たった2人でも頑張ったのは準備力があったから。賛成派はちょっとかみ合っていなかった」。

<菊池先生の判定>
賛成側の勝ち
反対側は、連続で質問した人がいた。4つめの質問は、2つめに質問したことに関係した質問だった。これは凄いこと。ずっと「なぜか」を考え続けていたから、質問できたことだった。
反対側の反論では、「遊んで後回しにするからストレスになる」という意見に対して「宿題をやらない日は、夏休みが半分になっても変わらない」という反論だったが、あまり強い反論ではなかった。
賛成側の「先生は早く帰って仕事ができるので、負担が減る」という反論は、とても納得できる有効な反論だった。こうしたことから、賛成側が勝ったと判定した。

<植本先生の感想>
賛成側は「次はこうしたいね」と反省会をしていた。反対側は、ずっとしっかり話を聞いていた。次はもっと強くなれるだろう。

Point2
ディベートにまだ不慣れな子供たちには、「メモをとりましょう」と言葉をかけるだけではなく、子供たちの意見をもとに、教師が黒板にフローシートを記入してあげるといいでしょう。子供たちには、自分で書いてもいいし、写してもいいことを伝えます。
「今の反論は、立論のこの部分からつながっているんだね」というように、解説をしながら、記入していきます。教師が書いた自分のフローシートを、机間巡視をしながら、子供たちに見せて回ってもいいでしょう。
このように細かく丁寧に指導していくことで、「こういう風に書けばいいんだ」と理解できれば、子供たちも書けるようになってきます。

第2試合でも奮闘する子供たちの姿が

第2試合 賛成側:ポテトチップスチーム、反対側:キタムラーズチーム

①賛成側立論
「小・中学生の学力が上がる」
理由:夏休みの宿題が面倒くさくて後半にやるので、学校で学んだことを忘れる。
早く宿題を終わらせても、夏休みの終わりには学力が下がる人が大勢いる。夏休みを半分にすれば、学力は下がらない。つまり上がることになる。

②反対側質問
質問)宿題を後半にするというのは本当ですか。
回答)……。
質問)学んだことを忘れてしまうというのは本当ですか。
回答)本当です。
質問)面倒くさくて後半にやるというのは本当ですか。
回答)経験しているので本当です。

③反対側立論
「熱中症になる」
理由:(表を示しながら)気温の表を見ればわかるとおり、雨の日でも20度を超えている。夏休みを半分にして、暑い日に学校に行くのは、熱中症になりやすくなる。

④賛成側質問
質問)学校に行くと熱中症になると言いましたが、どれぐらい熱中症になった人がいるのですか。
回答)8月は雨でも気温が高いので、熱中症になりやすいです。
質問)さっきの表はどこから取ったのですか。
回答)ネットからです。
質問)8月はいつも20度を超えているので、普通ではないですか。
回答)……。

Point3
何のために質問するのか。1つは、“議論を読む” ためです。
相手の立論を確認し、不十分なところを問い質すのです。
2つめは、次の反駁につなぐ、つまり、“議論をする” ためです。
この2つへの意識を子供たちに持たせることが大切です。

④反対側反論
「面倒くさくて夏休みの後半にやるか」と質問したとき、「私は経験した」と答えたが、一人だけかもしれないので、みんながそういうわけではない。 学んだことを忘れるかについて「はい」と答えていたが、半分の20日になっても、遊べば忘れるので同じ。

⑤賛成側反論
熱中症になると言うが、保冷グッズを持って体を冷やせばいい。
暑い日に学校に行くと熱中症になると言うが、9月の夏休み明けでも暑くて熱中症になる人はいる。

<判定>
賛成2:反対4で、反対側の勝ち。

<賛成判定の理由>
反対派は、質問に対して変な回答だった。賛成側はしっかり反論して、筋も通っていた。

<反対判定の理由>
「雨でも20度を超える」という意見はちょっとずれていたので、そこを反論すればよかった。
夏休みが長くても短くても遊んでしまうという反論は納得できた。

<菊池先生の判定>
賛成側の勝ち
賛成側は、反対側からの質問を3回受けたが、答える中で言葉が増えていった。「答えたい」と意識し、実行できたのは凄いこと。
反対側は、賛成側の質問に対し、データを持っていないので悩んだが、「8月の気温は高い、湿度も高いので熱中症になりやすい」という、常識的に考えられる理由を言った。自分の立場を守るため、最後まであきらめずに考えて答えた。
どちらの反論が納得できるかを考えた結果、賛成側の「保冷グッズを持っていればいい」「9月でも暑い」のほうが説得力があったので、賛成側の勝ちにした。

<植本先生の感想>
どちらのチームも、昨日と今日、欠席者がいたにもかかわらず、即興力を発揮していた。しっかりと準備がしていたからこそ、即興で発表できた。
審判も、「あの質問はああいうことだよね」などと、活発に意見を交わすことができていた。

Point4
勝った理由を発表させた後、教師は議論の流れを見ながら、子供たちが行った理由付けの解説をすることが大切です。
「さっきの反論は◯◯◯◯という意味だ、と価値付けて、だから強い反論だと判断したんだね」などと、ディベートの流れを解説していくことで、子供たちにフローシートの横の流れを意識させる(“議論を読む” ことを意識させる)ことが大切です。

菊池先生から植本先生へのメッセージ

ディベートは普通の話し合いとは異なり、役割が決まっています。普段、大勢の中で一歩引いてしまう子にも持ち場があり、しっかりと発表できる場面があります。今回の授業では、そうした一人一人のよさや議論の力の伸びが見られました。
今回のようなディベートの授業の中で、今まで“埋もれていた子”たちの鋭い発想を他の子たちが知っていくことで、他者への関心が深まります。
いつも率先して発言していた子は、普段に比べて発表する場が限られたものの、自分が発表できなくても、チームでの準備や協力の面白さに思いが向いていったのではないでしょうか。
今後は、審判としてどういう議論をしていけばいいかにもエネルギーが向いていくことでしょう。
たくさん発表することから、他者を思いやり、他者と協働する中で自分自身の考えを深め、みんなにとってより良い話し合いとは何かを考えることに目が向いていけば、学びの幅が広がり、質も高まっていくでしょう。お互いにプラスに影響し合って、みんなで伸びていくことにつながっていけば、と期待しています。
ディベートを通して話し合いの質を高める学びと、目の前の子供たち全員が伸びていく手応えを大切にしていけば、教師の一人一人を見る目は鋭くなり、学級集団全体も伸びていきます。
植本先生は、私が主宰したディベート合宿にも参加しました。学級の子供たちと向き合い、自分が取り組んできた対話・話し合いの授業に、何が欠けていて何が必要なのかを受け止め、参加したのだと思います。ディベートがすべての話し合いにつながることを理解し、実行している姿は、私の励みにもなっています。
ディベートの力が上がっていくと、学びの楽しさが広がっていきます。どの子もその力を確立し、集団としても伸びていく学級を目指してほしいと期待しています。

子供たちが書いたディベートのフローシート
聞いたことをフローシートに書き込むことで、ディベートの流れをつかんでいく。
今回のディベートの授業場面
菊池先生から、“心構え” を聞いて、ディベートの試合がスタート!

菊池先生のオンライン講座シリーズ、11月17日開催分の参加者募集中です!


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取材・文/関原美和子


菊池省三先生の写真

Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


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