「自己調整学習」とは?【知っておきたい教育用語】
「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」(中央教育審議会答申、2021年)では、これからの学校教育で大切にすべきこととして、「多様な子供一人一人が自立した学習者として学び続ける」ことや「自ら学習を調整しながら学んでいくことができる」ことなど、いわゆる「自己調整学習」の重視が提言されています。
執筆/創価大学大学院教職研究科教授・渡辺秀貴
目次
「自己調整学習」を重視する背景
【自己調整学習】
自己調整学習とは、学習者が自分自身の学習に能動的に関わり、自らの学習を調整するという学習方法。
2020年3月からおよそ3か月間、コロナ禍で休校となったときに、子どもも保護者もどう時間を過ごしてよいのか戸惑い、学校に「課題はいつ出るのですか」、「何の学習をどう進めておけばよいのか」などといった問い合わせが殺到しました。学校からの指示がないと、子どもが自ら学びを始められない状態であることに、これまで「主体的な学び」の実現を目指してきたはずの日本の教育の課題が浮き彫りになったのです。
また、OECDが2022年に実施したPISA調査によれば、数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの3つの分野では、いずれも上位5位に入る、世界トップレベルの結果となりました。しかし、その一方、コロナ禍で学校が再び休校になった場合に自律的に学習を行う自信があるか、その意識を問う8つの項目による調査では、「自信がない」と回答した生徒が非常に多いこともわかりました(OECD平均が0.01であったのに対し、日本の平均値は-0.68で、OECD加盟国でこの指標が算出できた34カ国で最下位)。
2008年に改定された学習指導要領では、学校教育で「生きる力」の育成を目指す方針の下、「主体的に学習に取り組む態度を養い、個性を活かす教育の充実」に努めることが明記されています。学校では、子どもが自ら学び、考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質・能力の育成を目指した実践が積み重ねられてきたはずでした。しかし、コロナ禍での状況や2022年のPISA調査結果からは、自律的に学ぼうとする意識やそのための知識・技能などを子どもたちは十分に習得できていないといえる状況が明確になったのです。
コロナ禍以前の2016年には、「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」(中央教育審議会答申)のなかで、「学習に関する自己調整を行いながら、粘り強く知識・技能を獲得したり思考・判断・表現したりしているという、意思的な側面」を重視することが示されていました。そこで改めて、「『令和の日本型教育』の構築を目指して」(2021年)で自己調整学習の実現に、学校教育が正面から取り組むべきと強調されました。
「OECD2030」が示す、見通しや行動、振り返り(AARサイクル)
「OECD ラーニングコンパス(学びの羅針盤)2030(仮訳)」によれば、学習者が主体となって学びを自ら深めていく力の育成について、「AARサイクル」と称し、「学習者が継続的に自らの思考を改善し、集団のウェルビーイングに向かって意図的に、また責任を持って行動するための反復的なプロセス」が大切と説明されています。つまり、計画を立てて、経験し、それを振り返ることを繰り返し、学習者が自ら理解を深めるような学びを自己学習調整のサイクルと同義に捉えられるということです。
日本では、これまでも子どもが自ら考え、学び、主体的に判断し、振り返って、よりよく問題を解決する力の育成を目指してきました。OECDがその重要性を強調する「AARサイクル」は、決して新しい学習のスタイルを指しているのではありません。
しかし、先に触れたように、日本の教育の結果として十分にその成果が現れているとはいえない状況が明らかです。子どもの学びをどう捉えるか、また、自ら学ぶ力を育成する学習活動、授業のあり方をどう改善すべきかを、まずは学校や教師が認識するところから実現に向けた動きが始まるはずです。これまで積み上げてきた学習指導の実績を生かしながら、今後さらに重視すべき視点をこのような提言などから見いだし、改善・検証していくことが大切なのです。
自己調整学習する力の育成で重視すべきこと
子どもが自ら学習の目標を設定し、見通しをもって進め、その過程を振り返って新たな学習に繋げていく学習過程を成立させるには、3つの事項の大切さを再認識する必要があるといわれています。
①学習の動機づけ
教師から、一方的に与えられた学習の課題では、学びの入り口から受け身の姿勢となってしまい、子どもの学習意欲は持続しにくいものとなってしまいます。いわゆる「外発的な動機付け」だけでは、子どもの学びは主体的なものにはなりにくいのです。教師が提示する最初の教材や活動などがきっかけとなって、子どもが「調べたい」、「はっきりさせたい」と内発的な動機づけが促され、学びが始動する状態をつくることを大切にする必要があります。
②学習方略
学校現場では、子どもが自ら学びを進めるには学習方法を身につけることが大切だとしています。ただし、どの子どもも同じ方法で、同じ時間で、同じ表現方法で結果をあらわすということではありません。それぞれの子どもが自己選択、自己決定した方法、自分に適した方法で学びを進めるということです。子どもが自分らしい最善の方法を選択できるようになるためには、発達段階に応じた教師による意図的・計画的な指導・支援が必要です。
③メタ認知
高いところから今の自分の状態を見て自己評価し、考え方や解決方法などの学びの方向性を調整し、その後の学習をコントロールしていくことです。今、自分の学びがうまく行っているのか、躓いているのか、それならどうしたらよいかなど、自分でよりよい方向に向かって学びの進路を切り開くことができるようにしたいということです。
これら3つのことは、学校での校内研究・校内研修で授業研究を実施する際に、すでにどれかに焦点をしぼって実践検証しているのではないでしょうか。あるいは「意欲的に学習に取り組む子どもの育成」といった文脈で、「課題の工夫」、「解決方法の選択」、「学習の振り返り」などの言葉を使って、それぞれの手立ての講じ方について検討しているかもしれません。
しかし学校現場では、理論と実践を結びつけて、授業改善の方策を検討することが少ないのが現状です。「自己調整学習論」に関する書籍や実践論文などは、1990年代から様々に出されていますので、それらを参照のうえ実践を理論で整理し、再度実践に生かしていくという教師の学びの流れをつくり出したいものです。
自ら学習を調整しながら学ぶ子どもの育成
これまで見てきたような、子どもの「自己調整学習する力」を高める授業の実現は、そう簡単なことではありません。日本では、効率よく一定の知識等を習得させる授業が長い間展開されてきたからです。同じ内容を同じ方法で、しかも同じ時間で、また、話し合う相手も決められて学びを進めるスタイルの授業を教師自身も受けてきているので、それが原風景となり、授業観の転換とその実行を阻んでいます。まず教師自身が、自己調整学習の力を高めていく必要があるともいえます。
子ども一人一人が自分の学びの文脈を大切にできる学習環境はどうあるべきか。現在のような狭い教室で、全員が揃って前を向き、前で教師が常に立って話している授業風景ではないはずです。つまり授業の形態や教材をはじめ、学習の内容や方法を子ども一人一人が自己選択して学びを進めることができる物理的な環境の整備とともに、学習計画の工夫・改善が必要でしょう。
それは1単位時間の計画ではなく、単元の目標に向かって、一人一人が学習を調整しながらできる指導計画の作成、単元デザインの開発が欠かせません。1980年代の学びの個性化・個別化を目指した実践を継続している学校や、新たな学校教育のあり方を模索して実践をスタートさせている学校もあります。
自己調整学習の力は、教科や領域の学びにとどまりません。日々をよりよく生きるうえで必要な、まさに「生きる力」の育成に大きく関係しています。容易なことではありませんが、子どもが将来生き抜く社会、作りあげていく社会とはどのようなものか、そのために今、身につけさせたい力はどんなものなのか――。
教師は常に想像を巡らせながら、子どもの学びを保障していく取組に努めていきたいものです。教師として、学校組織としての自己調整学習の力が求められています。
▼参考資料
文部科学省(PDF)「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)」中央教育審議会、令和3年1月26日
文部科学省(PDF)「OECD生徒の学習到達度調査 PISA2022のポイント」令和5年12月5日
OECD(PDF)「OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030(仮訳)」
NHK(ウェブサイト)「子どもの国際学力調査 日本は順位上昇 世界トップレベルに」令和5年12月5日
コアネット教育総合研究所(ウェブサイト)「自己調整学習」福本雅俊
日本教育心理学会(1PDF)「わが国における自己調整学習の展開と未来ー理論と実践の両面から―」