「やさしいどうして?」のまなざし~徹底した個への関心~|インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること #3
「インクルーシブ教育」を通常学級で実現するためには、どうすればよいのでしょうか? インクルーシブ教育の研究に取り組む青山新吾先生が、現場の先生方の悩みや喜びに寄り添いながら、インクルーシブ教育を実現するために学級担任ができること、すべきことについて解説します。
本連載では、インクルーシブ教育とは、貧困状況にある子どもや性的マイノリティの子ども、外国にルーツのある子ども、不登校の子ども、障害や病気のある子どもなどのマイノリティ属性を含むすべての子どもが対象だとしています。そして、すべての子どもたちが包摂される教育を目指すプロセスがインクルーシブ教育であり、そのためには通常学級の教育が変わっていくことが求められているという前提に立ちました。
連載第1回では、子どものことを知ろうとすること、つまり、徹底した子どもへの関心をもって子どもと一緒に過ごすことが大切だと書きました。そして、連載第2回では、子どもを見つめる際に「見方」を変えてみることで、その子どもが違って見えることがあると書きました。
連載第3回では、徹底した個への関心の向け方として「やさしいどうして?」のまなざしについて考えてみましょう。
執筆/ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授・インクルーシブ教育研究センター長・青山新吾
目次
視写が難しい
ある小学校の高学年の教室です。
エアコンを入れてもやや蒸し暑さの残る教室で、子どもたちに文章を視写する課題が出されました。時間内にできるだけ視写しようと示した課題に取り組む子どもたち。学年すべてで同じ課題に取り組んだそうです。それぞれに取り組んだ後で、先生がすべてのプリントを集め、子どもたちの取組状況を確認しました。
すると、「えっ?」という驚きの声が上がったそうです。
「こんなにできていない子どもたちがいる??」という驚きでした。
私は先生方から後でその話を聞き、クラスに視写が苦手な子どもたちが複数いるのか……と思っていたら、ちょっと様子が違ってきました。「縦書きせずに、横に書いている子どもたちが複数いましたから!」という声が聞こえてきたからです。
ということは、視写ができなかったのではなくて、指示通りに取り組んでいないということになります。
ある先生が「指示がきちんと聞けないんですよ!」と言われるので、「えっ? ちょっと待って……」と思いました。
「やさしいどうして?」のまなざしを向ける
「やさしいどうして?」とは、学生たちと一緒につくった私の造語で、日常の子どもたちの言動に対して、「どうしてそのようにしたのかな?」「どうしてそのように言ったのかな?」などと、その背景要因にまなざしを向けることです(青山新吾、2022)。
これは、「どうして視写をしていないの!」という叱責、なじるような言葉ではなくて、どうしてかな? と、子どもと一緒に考えるスタンスの言葉です。
先述の場面で、視写が難しい子どもが多数いたのは事実です。でも、その理由を、指示が聞けないからだと決めつけられないはずです。理由は、子どもによって違うはずだからです。
そこで、「やさしいどうして?」のまなざしを子どもに向けながら、先生方と対話を続けることにしました。冷静に対話をしていくと、さすが先生方! 子どもたちをよく観察していらっしゃいます。子どもによって、その理由は違っているようです。そこで出てきた話を整理すると、次のようになりました。
- 指示を聞いておらず、適当に自分流で取り組む子ども
- 指示を聞いておらず、分からないとそこで取り組まなくなる子ども
- そもそも、聞いていてもやり方が分からない子ども
- 文字を書くのが難しい子ども
- プリントの枠が小さくて、枠内に文字を収めて書きにくい子ども
- モデルを見て、プリントに視線を移すのが苦手で、どこを視写しているのかが分からなくなる子ども
- モデルを見て言葉のまとまりで記憶するのが苦手で、1文字ずつ覚えて視写していくので、すごく時間がかかる子ども
- 注意集中の持続が苦手で、途中からミスが多くなる子ども
- そもそも、課題に向き合う気持ちになれておらず、課題に取り組むのが難しい子ども
- 蒸し暑さ、湿度の高さが苦手で、課題に向き合えない子ども
- 朝から自宅で何かトラブルがあり、登校後、友人関係のトラブルで、気持ちが不安定になっている子ども
どうして視写が難しいのか? の理由にはいろいろあるのです。
全員が揃わない前提で子どもと一緒に進む
ここまで一緒に考えてくると、
これだけいろいろな理由が考えられるのですね。今まで、全員が視写は簡単にできるはずって思って、何も考えずに「書けた人から次へ進みましょう」なんて指示をしていました。これじゃダメですね。
といった声も聞かれ始めました。
全員が揃わない!
それが当たり前。
この前提に立って、子どもたちと一緒にどうやって進むのかを考えてみたいと思います。
例えば、指示のバリエーションを増やすことです。音声指示だけではなくて、モデルを視覚的に提示して、視写に取り組みやすくすることも考えられます。
取り組む際に、確認の手立てを行うこともできます。視写の前に、ペアやグループで確認する間合いを取ってみることもできるでしょう。
視写の方法のバリエーションを増やすこともできます。プリントの記述する枠の大きさを変えて、自分の書きやすいプリントを選択できるようにしたり、タブレットに打ち込んで視写できるようにしたりすることも考えられます。
また、心理的なサポートもできそうです。
「難しい時も、少しずつ取り組みましょう」
「自分の難しさのポイントを理解して、解決できるように取り組むことが大切です」
などの言葉を添えながら子どもたちと一緒に取り組むことが、クラス全体への心理的なサポートになることでしょう。
もちろん、視写したものを用いて次の学習に展開する設定ならば、そもそも視写を行わず、必要なテキストを配付したりデータを共有したりして、中心となる学習活動が円滑に始められるようにすればよい場合もあるはずです。
徹底した子どもへの関心をもって子どもと一緒に過ごすことが大切だと思います。「やさしいどうして?」のまなざしを向けるというシンプルなことから、子どもが安心感を持てるための取組が始まります。
今度の教室には自分の居場所があるのかな。
先生は、自分のことを分かろうとしてくれているのかな。
このような思いを子どもがもてるところから、すべての子どもを包摂したインクルーシブ教育は歩み始めるのだと思います。
【参考文献】
・青山新吾『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)
・授業づくりネットワーク編集委員会『揃わない前提の授業とクラス 授業づくりネットワークNo.47』(学事出版)
青山新吾(あおやま・しんご)ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授、同大学インクルーシブ教育研究センター長。岡山県内公立小学校教諭、岡山県教育庁特別支援教育課指導主事を経て現職。臨床心理士。著書『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)、編著『特別支援教育すきまスキル』(明治図書出版)など、著書・編著多数。
【青山新吾先生 著書】
『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(学事出版)
『インクルーシブ教育を通常学級で実践するってどういうこと?』(岩瀬直樹との共著/学事出版)
イラスト/高橋正輝、イラストAC