ウェルビーイングを学校でつくる! ~SDGsの授業プラン #17 「Goal 8 働きがいも経済成長も」その2|駒井康弘 先生
全国各地の気鋭の実践者たちが、SDGsの目標に沿った授業実践例を公開し、子どもたちの未来のウェルビーイングをつくるための提案を行うリレー連載。今回は「働きがいも経済成長も」を学ぶ授業実践提案の第2回です。提案者は、青森県の駒井康弘先生です。
執筆/青森県公立小学校教諭・駒井康弘
編集委員/北海道公立小学校教諭・藤原友和
目次
1 はじめに
こんにちは、駒井康弘です。青森県弘前市で小学校教師をしております。
早いもので教師人生も30年を超えました。長年、国語と道徳を右手に握り、実践研究を積み重ねてきました。経験年数は長くなりましたが、未だに最新型の小学生を目の前にして、悩み続ける日々です。
このたび、「ウェルビーイングを学校でつくる!~カリキュラム・マネジメントで進めるSDGsの授業プラン~」の題目で授業を計画し、その記録を執筆せよ、とのご依頼を受けました。
本稿は、そのご依頼に応え、拙い実践を書くことにいたします。
本授業は、5学年、社会科単元「これからの食料生産」学習の発展で、道徳の時間に取り扱ったものです。
2 SDGsのGoal 8についての解説
包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用 (ディーセント・ワーク)を促進する
(環境省HPより)
3 SDGsのNo.8を扱った授業の実際
●学年 第5学年
●教科及び領域 道徳(C主として集団や社会との関りに関すること)
●ねらい 社会は協力により成り立っていることを食料自給率低下問題と農業から迫る
●教材 「ナリミツ農園~成田康平」(自主開発地域教材)
●授業展開
⑴ 食糧自給率低下、これからどうする?
児童は社会科で「食料生産」について学びます。私たちが生きていく上で欠かせないのは「衣・食・住」。中でも「食」は最も重要な要素であることは誰にでもわかることです。食料の確保は人間生存の必須条件です。
しかし、子どもに限らず、日頃食生活に困るほどの貧困生活を送っている子は一般的ではありません。
私が担任するクラスでは皆無です。逆に、食べ物の好き嫌いがまかり通る現実があります。むしろそちらの方が問題だと思えるほど豊かなのです。ですが、少し学べば、その豊かさが半永久的に続く保障はない現実を思い知ります。
世界的には人口が増加中であり、気候変動とともに食料を確保することへの危惧があることを社会科で学びます。特に日本の食糧自給率が低下の一途をたどっていることを知るに至ると、恐怖心を覚えてしまうほどです。
社会科の教科書には、「地産地消」「生産性向上」の取組などが取り上げられていますが、教科書の「どこかで」「誰かが」行っている取組を読んでも、子どもたちにとっては今ひとつリアリティを欠き、「それでなんとかなるの?」と不安は払拭されません。「自分たちに何ができるか」にも、考えが及びません。これでは暗雲が垂れ込めた状態で元気が出ませんね。
そこで、今回の授業は以下のように進めました。
①まずは、再度の現状認識です。社会科教科書の自給率低下の資料に加えて、以下の資料を提示しました。いずれも農林水産省のHPからの引用です。
<農業者の数と農地面積推移>
この2つのグラフを見ると、ますます先行きへの不安が募ってきますよね。「どうしましょ!」と言いたい気持ちになります。子どもたちも、まるで落とし穴に落ちたように暗い顔をしています。
②さらに追い討ちをかけます。既知の事実を以下のようなパワーポイントスライドで大映しにします。
1965年度には73%だった食料自給率(カロリーベース)は、2021年度には38%となり、長期的に低下してきたことがわかります。 主食である米の消費量は2021年度には1965年度の半分以下になっています。 自給率が高い米の消費が減ることは、食料自給率全体の低下につながります。
(2023年2月時点のデータです)
③ここからギアチェンジして、次の画像を提示します。
これは、成田康平さんという革新的な農家が経営する、ナリミツ農園という会社のHPの画像です(3枚目の画像を示すまでは、成田さんのお名前は伏せておきます)。子どもたちはこの画像に惹きつけられます。中央に立っている男性は、写真のような超大型農機を積極的に導入し、日本の農業の常識を覆す大規模で効率的な稲作事業を展開している方であることを説明します。続いて、以下の画像を提示します。
「米は命の源です」、このコピーには子どもたちも興味津々。もう何年にもわたり確かな成果を上げ、雇用も作付面積も着実に増やし続けているナリミツ農園の事業について補足説明するうちに、子どもたちの顔がだんだん明るくなります。写真の男性の笑顔にも勇気づけられているようです。
さらに、次の画像を示して、もうワンプッシュです!
「わあ、すげ~」
「かっこいい!」
「なんか元気出てくるわ~」
と、みんな大喜びしていました。
ここで、子どもたちに以下のように伝えます。
この男性は、成田康平さんという方です。先生は昨日、康平さんに電話してお話ししました。
えっ!
この農園、どこにあると思いますか?
山形?
ブ~
新潟?
ブ~。すぐ近くです。
え~、こんなとこないです、先生。
あります。すぐ隣の藤崎町です。
え!?
もう、この辺りで子どもたちはみんな満面の笑みになっています。
⑵ 続いて成田康平さんの農園、「ナリミツ農園」のHPから借用した次のデータを提示しました
1haってどのくらいの広さだ?
100m×100mだよね。
学校のグラウンドより広いんじゃない?
え? それが52コあるの?
想像つかないね。
矢継ぎ早に子どもたちから呟きが出てきます。
内借地40haって?
いいところに目を付けましたね。内借地とは、借りている土地のことです。ナリミツ農園では、高齢で農作業ができなくなった人や、既に農業を辞めてしまった人たちの水田を借りて、代わりに稲を作ってあげているのです。なぜ康平さんはこのようなことをするのでしょう。
農業が好きだから?
お米が好きだから?
日本が好きだから?
人の役に立ちたいから?
みんなのために働きたいから?
どれもみんな当たっていると思います。理由は1つではないでしょう。ただし、言えることがあります。『世のため人のため』ですね。ちょっとこれを難しい言葉にしますと、『利他公益』と言います。働くということは必ず誰かのためになります。先生だってみんなのためになっているかな?
「利他」は、子どもたちに対して、日常的に盛んに使っている言葉です。そこに今回は「公益」と付け加えました。
⑶ 授業の最後に
成田康平氏からお送りいただいた以下のメールについて、子どもたちに知らせました。
駒井先生。 子供たちに農業の魅力をぜひ伝えてください。
よろしくお願いいたします。
ナリミツ農園・成田康平
子どもたちからは、素直な反応がありました。
わあ、泣けてくるわ~
マジ感動する。
一番心に来た。
子どもたちは、本当にこう言いながら涙ぐんでいました。それを見た担任の私も思わずうるっ、と来てしまいました。教室全体が幸せな空気に包まれ、みんなが笑顔でした。
そして最後の最後。
じつは先生、みんながきっと質問したいだろうな、ってことを康平さんに質問しました。『儲かってますか?』って。
ここで少し間をおくと、みんながこちらを凝視しています。
答えは、『はい。儲かってます』だそうです。
そう言うと、教室中に拍手が起きました(笑)。
その後、いつものように「授業の感想を書きなさい」と言うと、子どもたちは、「先生、成田さんに手紙を書いてもいいですか?」と言います。
「いいですよ。先生から康平さんに送ります。どんな形でも良いですから、書いてください」
そう伝えて書かせると、終業のチャイムが鳴った後まで書き続ける子がいました。
⑷ おまけ
「先生、康平さんのHPを見たいです」
という子どもがいました。この要望に応じないわけにはいかず、
「じゃあ、20分くらいね」
と言うと、子どもたちはそれぞれ、1人1台端末を取り出し、検索しました。
その時のつぶやきを拾いました。
「ますます、すんげ~」
「この機械いくらするのかな?」
「いろんな人が働いてるよね」
「お米をネットで売ってるよ。買ってちょうだいってお母さんに頼もう」
そのうち、場所を特定しようと、グーグルアースで場所探しを始めます。
「あ! 通ったことある。わかった!」
「知ってる、知ってる」
などと、大喜びです。
授業後、授業の様子を成田康平氏にメールでお知らせし、子どもたちのノート画像もPDFファイルで送りました。それに対して、成田さんから以下の返信がありました。
駒井先生。 泣けるほどの授業、ありがとうございました! 農業の大切さ、魅力を知ってもらえるだけでありがたいことです。 ありがとうございました!
成田康平
もちろん、このやり取りについても子どもたちに伝えました。さらに大喜びです。
<評価について>
以下に、子どものノートを掲載します。
私は道徳の授業においても、子どもたちが自由に書けるノートを使用させています。様々な使い方をする子がいますが、ほぼ自由に書かせています。評価はこれで十分だと思っています。
以下に紹介する2つは、比較的国語学力の低い子どもたちが書いたノートです。
リアリティを重視し、あえて誤字脱字を残したまま掲載します。
4 授業の成果と課題、他教科・他領域とのつながり
⑴ 成果
農業についてマイナスイメージを持っていた子がいました。
ところが、成田康平さんの事業の様子を知ると、その認識を改めずにはいられなくなったようです。
また、最初は遠い存在かと思っていた成田さんが、実はごく身近なヒーローだったことに勇気をもらい、その熱意に感激の涙を流していました。
今どきの子どもにも誠意は通じるのだな、と少し安心しました。
⑵ 課題
この授業を一時的な感動体験で終わらせず、子どもたちの「なかなか簡単には答えの出ない問いについて考え続けるバイタリティー」が持続するよう、今後ともキャリア教育を含め、種々の取組を積み重ねていく必要を感じます。
子どもに限らず、家庭や地域社会に対しても発信していく機能を、学校は持たなければならないと考えています。今後、地域の文化祭で子ども自身が発言したり、弘前市の「子ども議会」等で発信したりすることも可能でしょう。
⑶ 他教科・他領域とのつながり
今回は、この授業の下地として、社会科の「食料生産」単元を設定しました。
「食糧自給率」の問題は、まさしく総合的に考えていくべき問題です。一筋縄ではいきません。
ですが、たとえ小さくとも一歩を踏み出さない限り、明るい兆しが見えてくることはありません。そういう意味では、私たち教師自身が、SDGsの意義を理解し、「今だけ、金だけ、自分だけ」の刹那的、拝金的で利己的な現代日本の社会風潮を打破していかなければなりません。
まずは、目の前の子どもたちから感化。そのためにはまず教師自身が考えて実践、です。
【参考文献】
・『オリジナル地域教材でつくる「本気!」の道徳授業』(藤原友和・駒井康弘編著小学館)
・ナリミツ農園
(本授業は全て成田康平さんの許諾を得て実施いたしました)
この連載は、毎週木曜日のAM6:00に公開します。どうぞお楽しみに!