宿題もテストもない!子供たちが自由な小学校とは?
学年の壁がない、テストもない、宿題もない! 先生はニックネームで呼ばれています。ここは楽しさが溢れる自由な学校です。長崎県の東彼杵町に開校した「ながさき東そのぎ子どもの村小学校」の取り組みを紹介します。
目次
2019年に開校したばかりの小学校
「自由な子供に育ってほしい」と願って設立された小学校を訪れました。どんな学校なのか。まずは子供の言葉で紹介しましょう。
「この学校は、宿題もテストもチャイムもありません。先生を、〈先生〉とは呼ばなくて、ニックネームで呼ぶんです。びっくりした事は、学校のルールを子供たちが決める事です。ご飯がバイキングなんです! 嫌いなものはとらなくていいし、とても楽しくお昼ごはんが食べられます。この学校を知れてとても良かったなと思います」(6年女子)
2019年4月、長崎空港にほど近い長崎県東彼杵郡東彼杵町に、学校法人きのくに子どもの村学園(以下、学園)が運営する新たな小学校「ながさき東そのぎ子どもの村小学校」が開校しました。東彼杵町が誘致し、閉校した小学校の校舎を無償で貸与することで始まったもので、在校生は34人。そのうちの3割は町外からの移住者が占めます。寮を完備し、2020年度には中学校の開校も予定しています。学園は和歌山県、福井県などで小中学校や高校9校を運営していて、ここで10校目です。
学年の壁がなく、異年齢集団で学ぶ
きのくに子どもの村学園は自由な学校を標榜していますが、いわゆるフリースクールではなく、長崎県の認可を受けた私立学校なので、学習指導要領に認められた範囲で時間割が作成され、学習が行われています。
一般的な小学校と大きく異なるのは、学年の壁がなく、1~6年生の縦割りで子供たちが構成されることと、学習形態です。子供たちは、○○工務店、○○ファームなどの〈プロジェクト〉の中から自分がやりたいと思って選んだものに入ることになるのですが、それが学級に該当します。〈プロジェクト〉の異年齢集団が学級の仲間になります。
学習形態には〈プロジェクト〉〈基礎学習〉〈チョイス(自由選択)〉の時間があり、それがこの学校の授業に相当します。〈プロジェクト〉は、体験学習の場であり、この学校の学びの中心的な役割を担っています。
学校に関するあらゆるルールは、前述の子供による学校紹介にあったように、〈ミーティング〉の話し合いで決められます。〈ミーティング〉には、週に1回、子供全員と出席可能な教職員が参加して話し合う〈全校ミーティング〉や〈クラスミーティング〉〈全寮ミーティング〉などがあります。折に触れて行われる話し合いの内容は、発生したトラブルに限らず、スマートフォンを携帯してよいか、運動会で何を行うか、など多岐にわたります。
自分の生き方をする自由を認める学校
きのくに子どもの村学園の教育理念や教育内容について、堀真一郎学園長に聞きました。
――そもそも自由な学校とは、どのような学校をいうのでしょうか。
「自由学校とは、体験学習の中で子供たち自身が問題を発見し、思考し、それを確認するという力を身につけて欲しいと願って構成されている学校のことです。体験学習というと、しばしば稲刈りなど一時的に実物に当たって体験する程度のものというような印象がありますが、私たちの考える体験学習は、体験的に一から学習していくことを意味していて、体験学習こそ頭を使う学習であると考えています。
子供自身が一日の計画を立て、それを実行してうまくいくこともあれば、うまくいかないこともあります。むしろ、うまくいかないことがあったほうがいい。うまくいかなければ、どうするかをまた自分で考える。
ただ、自分一人の考えではやはり物事が大きくならないし、充実しないので、そのためには他の子供と一緒に活動することになります。そうすると、どうしても話し合いが必要になりますから、自分の考えをまとめる力、それを聞いてもらう力、さらに相手のことを理解する力も必然的に必要になってきます。つまり、自由な学校というのは、話し合いの多い学校だということもできます」
理想の子供像は「自由な子供」
――どんな子供を育てたいのでしょうか。
「イギリスの教育家ニイルから学んだことですが、一番大事なのは、心の奥深くで自己否定感や抑圧などにとらわれていない子供に育ってもらいたいということです。ニイルは、『困った子というのは、実は不幸な子供である。彼は内心において自分とたたかっている。その結果として外界に向かってたたかう』と著書の中で述べています。フロイトのいう〈超自我〉、つまり、生後に与えられた内面化された禁止やしつけと、持って生まれた生きる力との間に生じている葛藤が自己否定感や混乱を生み、それが盗みや嘘などの問題行動の原因になるというわけです。感情面が解放された子供を育てたいというのが一つです。
次は、好奇心旺盛で考え続ける子供です。自分自身の価値観や世界観を形成するためには、感情面が安定していきいきと躍動していると同時に、さまざまなことに好奇心を持ち、創造的に考える態度と能力も備わっていることが必要になるからです。これはデューイの教育思想に示唆を受けています。彼は『1オンスの経験は1トンの理論に勝る』と喝破しました。教師が一方的に知識や価値観を伝達するのではなくて、衣食住など生きていくための基本的な営みから出発して、子供たちの自発性や活動性を尊重し、創造的に考える態度と能力を伸ばし、その興味と関心を多方面へ発展させようというわけです。この学習の仕方を、彼は〈活動的な仕事〉と名づけています。だから学園では体験学習を中心に置いています。
最後は、ともに生きることを楽しむ子供です。〈活動的な仕事〉は教師と子供の一対一の関係ではできません。他の子供たちや大人たちが生活の中で交流することで、力を合わせるほうが互いに快適で得であり、しかも楽しいという実感や体験を持ってもらいたいのです。
この3つは切り離して考えることはできないと思います。わかりやすい言葉で言えば、よく食べ、よく笑う子であり、好奇心が強くて何にでも疑問を持つ子であり、みんなで一緒にいると楽しいと思える子です。そういう子供に育ってもらいたいと考えています」
自己決定、個性化、体験学習が原則
学園に属する学校すべての教育方針として、①自己決定、②個性化、③体験学習の3つの原則が掲げられています。一般的な学校で当然のこととされている教師中心主義、画一主義、書物中心主義の対極が目指されました。「自由な子供を育てる」という教育目標を達成するためには、思い切った方向転換が必要だと考えられたからです。
一般的な学校の子供には、決めたり選んだりする自己決定の自由がほとんどありません。しかし、子供が自由になるためには、自分自身で決め、結果を見極め、失敗したらやり直す自由が不可欠でしょう。「特に失敗する自由こそは、子供の基本的人権の一つだといっていい」と堀学園長はいいます。
画一教育のアンチテーゼが個性化です。子供は年齢が同じでも、それ以外の点は異なります。この当たり前の事実を尊重すれば個性化が出てくるのです。一般的な進度別学習では、子供は学習の中身を選ぶことができません。個性化には、活動と学習の多様化が不可欠となります。子供たちが〈プロジェクト〉を選択するところからスタートするのは、その現れです。子供が自己決定するには、解決しなくてはならない問題が必要となります。体験学習では、子供一人ひとりに次々と問題が突きつけられます。それが子供にとって具体的で必要不可欠なものであればあるほど、子供たちはそれに挑戦するでしょう。堀学園長は、「先生は簡単に手助けしてくれません。体験学習は全身全霊を使って挑戦する知的探求です」と話します。
赤瀬明子校長も、学園の教育理念に共鳴して参画した一人です。「まず子供を幸せにしよう。すべてはそのあとに続く」というニイルの言葉に心を揺さぶられたといいます。もともとこの学校を誘致する側の応援団でした。
なぜ公立小学校の校長を辞めて学園に入ったのか。その経緯を聞いてみました。
「私は長崎県の教育行政に携わる年月が長かったんです。小学校の担任の先生に憧れて教師の道に進んだのに、担任を勤めたのはわずか9年。自分が望んだこととはまったく違うところで人生の経験を積み重ねる中で、子供の幸せや子供の自由に最も重きを置く学校があることを知って、『そんな学校があったのか』と衝撃にも近い感動を覚えました。先生になりたいと思っていたころの気持ちや、もっと子供とかかわり合いたかったという思いが一気に湧き上がって居ても立ってもいられなくなり、系列の北九州子どもの村小中学校を見学させてもらったのが、この学校の教職員になるきっかけです。
定年前に辞めるつもりでしたから、もう一度子供とかかわることに残りの人生をかけようと思ったわけです。堀さんに『担任をやってみたい』と言ったら、ちょうど産休の先生がいて、その代替えで劇団の〈プロジェクト〉に入りました。今回、長崎県に開校することが決まったとき、校長というお話をいただきました」
赤瀬校長は、子供たちから「おこんちゃん」のニックネームで呼ばれています。
本物に触れるから子供は育つ
それでは、カリキュラムで中心的な役割を持つ、この学校の〈プロジェクト〉をのぞいてみましょう。ここにはトンカチ工房と琴の音ファームというクラスがあります。トンカチ工房ではおもにグラウンドにテラスをつくり、琴の音ファームでは米や野菜をつくります。
トンカチ工房の作業場に行くと、子供たちは鋸、のみや金づちを手にして木のほぞを彫っていました。のみを手にする子と角材を押さえる子のペアで作業しています。近くに設計図が見当たらないので、子供たちに大きさを聞くと、「この大きさ」と床に貼ってあるテープの上を最初から最後まで歩いてくれました。縦4メートル、横5メートルだから結構大きいものです。テラスの上にすべり台などもつけるのだといいます。
「のみなんか使ったことないでしょう?」と言うと、「ないけど、慣れれば使える」。「楽しい?」と聞くと、「楽しい! おもしろい」と大きな声が返ってきました。「やばい」と声がしたので振り向くと、のみが斜めに食い込んでいました。まあ、いいかという顔をしてペアの2人が笑っています。
堀学園長に、〈プロジェクト〉について聞いてみました。
――〈プロジェクト〉では誰が考えるのですか。
「まず教師が考えます。例えば、木工、建築、地域社会の調査が好きな複数の教師が工務店という〈プロジェクト〉をアナウンスすると、子供たちはその活動内容や提案者である教師を見て、参加するかどうかを決めます。友達を誘うこともできます。子供が興味に従って〈プロジェクト〉を選ぶので、必然的に縦割り学級になります。希望者の数と男女比に極端なばらつきが生まれたときは、再度勧誘したり、〈プロジェクト〉の内容を考え直します。あるとき、おもしろ料理店という〈プロジェクト〉に3人しか応募がなかったことがありました。その1人が、『堀さん、大変だ』と相談に来ました。そのときの子供の言葉が忘れられません。『俺のところは3人しかおらへん。このままでは大人がやる気をなくす』。そう言いましたよ」(笑)
――子供たちは、いわば活動と担任とクラスメイトを選べるわけですね。その中で、どのように体験的に学習するのでしょうか。
「例えば、道づくりをしたことがあります。学校から寮までの道が大きく曲がっていることに気づいた子供が、『ここを直線で行けたほうが近いから、近道をつくろう』と言い出しました。斜面に道をつくるのですから、これは大仕事です。いざ取りかかってみると、その斜面は非常に固い土質で、つるはしで掘ってもどうにもならない。それで工事現場を調べに行くと、削岩機を使っていることがわかりました。いくら何でも子供には無理だろうと言ったら、絶対にやると子供たちは言う。中古品を手に入れてやってみたら、結構子供でもできるんですね。
ここで大事なことは、本物を使うということです。私たちは大人と同じ仕事をやっているんだ。大きなことに挑戦しているんだという感覚です。それが成功したときの喜びに変わります。そのうち子供が斜面を転がり落ちそうになりました。さあ大変だと、すぐ〈ミーティング〉です。杭を打ってロープを張ることに決まりましたが、杭をどうやって手に入れるのか、自分たちでつくるのか、買うのか、Aという店では何本でいくら、Bの店では何本でいくらと調べます。当時、消費税は3%でしたから、購入代金を計算するには九九を使わなければいけないし、小数点の計算もしなければいけない。計算の勉強は基礎学習の時間に行います。教師は、こういう学習が出てくるであろうと、問題解決のために必要な知識をあらかじめ想定しています。この道づくりでは、道が出てくる熟語、東海道やシルクロードなどの話も出てきます」
気になるのは子供の学力です。それについて堀学園長はこう語ります。
「学園では、入学試験も校内試験もしないし、宿題も出さないので、学力は教師の手応えでしかわかりませんでしたが、数年前に学園の中学校の卒業生が進学した高校の成績を調べてみました。そうしたら、驚くほどの好結果が出ました。進学先の中間や期末テストの当該学年の順位を集計すると、1学年の生徒数の平均が233人で、わが卒業生の順位の平均は23番だったのです。世間の人が気にする意味での学力についても、特に心配していません」
最後に、保護者の伊藤香英さんにこの学校を選んだ理由を聞きました。
「開校前のサマースクールに参加した娘が、溌溂として戻ってきました。『子どもの村に行きたい』という娘を見て、学校は楽しいところ、学ぶことはおもしろいという気持ちで学校に通わせたいと思い、子どもの村への転校を決めました」
取材・文/高瀬康志 撮影/比田勝大直
『教育技術 小五小六』2019年12月号より