提言|専門家が分析! 運動経験の不足が子どもに及ぼす悪影響 【「マスク世代が奪われたもの」を取り戻す学校経営 #5】

コロナ禍は小中学生の子どもたちにどんな影響をもたらしたのかを知り、2023年度に学校は何をする必要があるのかを考える7回シリーズの第5回目です。行動の制限は、子どもたちの体にどんな影響を及ぼしたのでしょうか。子どもの体力、運動発達に関する研究を続けてきた順天堂大学の鈴木宏哉先任准教授に聞きました。

鈴木宏哉(すずき・こうや)
筑波大学大学院体育科学研究科修了、博士(体育科学)。専門は、体力学、発育発達学、測定評価学。日本体育・スポーツ・健康学会理事、日本体育測定評価学会理事、日本体力医学会評議員。スポーツ庁体力調査関係の委員や日本スポーツ協会スポーツ医・科学研究班員、スポーツ庁委託事業「幼児期からの運動習慣形成プロジェクト」のプロジェクトリーダーなどを歴任。共著に『スポーツと君たち:10代のためのスポーツ教養』(大修館書店、2019)がある。子どもの体力、運動発達に関する研究の傍ら、幼児を対象とした運動遊びの指導者や保護者・保育関係者向けの講演を全国で行っている。
■ 本企画の記事一覧です(週1回更新、全7回予定)
●提言|赤坂真二 マスク世代の子どもたちのために、今、学校がすべき2つのこと
●提言|田中博之 2023年度1学期に学校が重視すべき活動とは?
●提言|森 万喜子 コロナ禍を言い訳に、学校がスルーしたことは?
●提言|心理学者が指摘! マスク生活は子どもにどんな影響を与えたのか
●提言|専門家が分析! 運動経験の不足が子どもに及ぼす悪影響(本記事)
目次
体力調査の結果から見えてくるもの
日本では毎年、6歳(小学1年生)から79歳までを対象とした体力調査が行われています。この調査が始まったのは、東京オリンピックが開催された1964年からです。まずはその当時から現在までのおおまかな子どもの体力の推移を見てみますと、1960年代から1980年代ぐらいまでは上がり調子でした。それが1990年代になりますと下り坂になり、2000年頃に底を打ち、そこから緩やかな上昇傾向を示していました。ところが、2018年以降は上昇傾向が鈍化し、2020年のコロナ感染の拡大によって、持久力を中心に低下傾向にあります。
2022年度(令和4年度)に小学5年生と中学3年生の全児童・生徒を対象に行われた「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の体力合計点(実技テスト項目における得点の合計)を見ると、2018年度以降は連続して前年度の値を下回っています。体力は、大きく分けると持久力、筋力、調整力の3つの要素に分類できるのですが、特に持久力が急激に低下しました。具体的には、全身持久力と筋持久力です。
令和3年度の同調査の中では、コロナの影響で運動やスポーツをする時間がどう変化したのかについて調べています。それによると、「減った」と回答した児童・生徒が4割前後いることがわかります。小中学校男女ともにコロナの影響で運動やスポーツをする機会が減少しましたので、日々の身体活動量が低下し、体力低下の原因になったことが予想できます。
このように、コロナ禍の3年間で、子どもたちの体力が低下したことはデータからも明らかです。しかし、「学校で行動の制限がなくなれば、子どもの体力は自然と元に戻るのではないか」と考えている方が多いのではないでしょうか。
それほど単純ではない、と私は考えています。今現在、データからわかるのは、あくまでも短期的な環境変化により、子どもたちの様子がどう変化したか、ということだけです。小中学生としてコロナ禍を経験した子どもたちが、大人になったとき、高齢者になったときにどんな影響が出てくるのかは、誰にもわかりません。
ただ、一つ言えることは、発育・発達の著しい時期の子どもたちが受けた影響と、すでに成長しきった大人たちが受ける影響は全く違う、ということです。若ければ若いほど、その後の発育や発達に大きな影響を受ける可能性があります。
幼少期の運動経験の不足がもたらす影響
私が懸念しているのは、幼少期の運動経験の不足、運動・スポーツ場面を通した様々な経験の不足が、その後の成長に与える影響です。これは小中学生に共通する問題であり、「体の発達への影響」と「心の発達への影響」に分けることができます。
まずは、体の発達への影響についてです。
実は、私は2011年当時、仙台で暮らしていました。東日本大震災の被災地域の子どもたちの運動環境の改善のサポートをする中で、現地の運動環境の調査をしたことがあります。
その調査から明らかになったのは、部活動やスポーツ少年団に所属している子どもたちなど、普段から運動量が多い子どもたちは、東日本大震災の後、環境が悪化した中でも、大人の協力を得ながら活動できる環境をある程度維持できていた、ということです。大人が練習場所を確保し、送迎を行い、必要なものを準備するなど、いろいろな工夫をして運動環境を整えていたおかげで、子どもたちはある程度の運動量を確保できていました。
しかし、部活動やスポーツ少年団に所属せず、放課後に公園などに集まって体を動かして遊んでいた子どもたちは、不活動になりました。つまり、自主的に活動をしていた子どもたちは、家の近くに遊べる場所がなくなったり、引っ越して遊び仲間がいなくなったりと、様々な環境の変化によって運動できる環境が失われてしまったのです。
コロナ禍でも同じようなことが起きています。
子どもたちをひとくくりにして考えていては実態が見えてこないので、ここからは、以下のような3つの集団に分けて、コロナ禍の影響を考えていきます。
①部活動やスポーツ少年団などに所属していて、普段から運動量が多い子どもたち
②体育は嫌いではないので、遊びで体を動かし、そこそこ運動している子どもたち
③スポーツが嫌いで普段から運動していない子どもたち
コロナ禍により運動しにくい環境へと変化した中で、 最も悪影響を受けたのは、②の「そこそこ運動している子どもたち」です。彼らは自主的に活動していますので、大人が介入していないのです。大人の目が届きませんので、環境が大きく変わり、運動量が大きく低下しました。
①の子どもたちに対しては、大人が頑張って環境を整えていますので、運動量は少し低下した程度でした。それほど大きな影響を受けていないのです。逆に、コロナで増えたと回答している児童生徒が3~4割いるのは興味深いことです。
③の子どもたちは、もともと運動していないので、運動量に大きな変化はありません。
問題は、この3つの集団の子どもたちが、今後、どうなっていくのかです。
人の行動を長いスパンで考えるときに、研究の分野ではトラッキング(Tracking)という視点で考えます。これは「行動の持ち越し」を意味します。行動が習慣化されると、5年後、10年後にも、同じ習慣が持ち越される、という考え方です。
子どもの頃に運動していなかった人は、総じて大人になっても運動したがらないのです。子どもの頃に運動をよくしていた人たちの中には、大人になって運動しなくなる人もいますが、子どもの頃に運動していなかった人たちと比べると、総じて運動に対する姿勢が前向きであることが多いのです。
しかも、運動習慣よりも、不活動習慣、座位習慣のほうが強く持ち越される傾向があります。子どもの頃に運動していた習慣が、大人になっても持ち越されるよりも、家の中でゲームばかりやっている人の習慣の方が持ち越されやすく、幼少期に座りっぱなしの生活をしていた人は、大人になっても座りっぱなしの生活になることが多いのです。
つまり、②と③の、運動しないことが習慣になってしまった子どもに対し、何も対策を講じなければ、そのまま運動しない大人になってしまう可能性が高い、ということです。