「エージェンシー」とは?【知っておきたい教育用語】

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急速に変化する世界で解決すべき新たな課題が増え、しかもその変化は先行きが不透明で、予測が難しいと言われています。感染症の世界的な流行や温暖化による大きな災害などもその一つです。そのような社会を生き抜く、あるいはそのような状況の中にあって持続可能な社会の創り手となる子どもたちに身につけてほしい力の一つとして注目されているのが「エージェンシー」です。

執筆/ 創価大学大学院教職研究科教授・渡辺秀貴

「エージェンシー」とは?

これからの社会を生きる子どもたちに育成したい力について、OECD(経済協力開発機構)を中心として国際的な検討が活発に行われています。OECDは、「教育とスキルの未来2030プロジェクト」を進め、2019年5月に、「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」を発表しました。

「エージェンシー」はその中心的な概念として、「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力(the capacity to set a goal, reflect and act responsibly to effect change)」と定義されています。

なぜ、エージェンシーが注目されているか

予測が困難な状況を乗り越えていくためには、「結果の予測(目標設定)」や「目標実現に向けた計画立案」「自分が使える能力や機会を評価・振り返り、自身のモニタリング」「逆境の克服」などの多様な能力が欠かせません。エージェンシーはこれらの「よりよい未来の創造に向けた変革を呼び起こす力」を表しています。

これまで国の答申や学習指導要領でも、子どもが自ら課題を発見し、考え、主体的に判断して行動し、よりよく問題解決する資質・能力を身につける教育の重要性が示されてきました。これらの資質・能力の育成の先には、持続可能な社会の創り手としての子ども像があり、その実現への原動力となるのがエージェンシーです。

教師をはじめとする大人からの指示をこなすだけではこれらの力を身に付けられませんし、当然、この力を発揮することはできません。将来の社会のあり方について自分ごととして考え、どのように実現していきたいか、自分で目標を設定し、そのために必要な変化の実現に向けて行動することが、近い将来の社会に欠かせないことなのです。

また、エージェンシーの意味を理解する上で、「責任(responsibility)」の意識が強調されていることを捉えておくことが大切です。子ども自らの目標設定やその実現は自分たちの欲求の実現にとどまらず、自分たちが所属する社会に責任を負うことが求められています。自らの目標や実現のための行動が、社会にどう受け止められるかを考えたり、振り返ったりする能力もあわせて育成される必要があります。

エージェンシーを学校教育で育成するために

公教育の場である学校でこの力を育成するためにどのようなことに留意すればよいのでしょうか。その法的根拠となるものとの内容の関連をいくつか示します。

まず、教育基本法です。第2条の第3号には、「正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」という教育の根本に関わる記述があります。OECDの「教育とスキルの未来2030プロジェクト」の途中経過を示したポジションペーパーの日本語版(文部科学省、2018)の脚注では、 「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度」は、エージェンシーの理念に重なるものであると見解を示しています。つまり、日本の教育は、すでにエージェンシーの考えを含んで行われてきたことを意味しています。

このことは、新学習指導要領(2020年度より小学校から順次完全実施)による、学校の教育課程編成や授業改善といった具体的な教育活動実施の基本方針に関わる内容にも表れています。エージェンシーという言葉こそ使われていませんが、総則編では、「児童(生徒)一人一人がよりよい社会や幸福な人生を切り拓いていくためには、主体的に学習に取り組む態度も含めた学びに向かう力や、自己の感情や行動を統制する力、よりよい生活や人間関係を自主的に形成する態度等が必要となる」と述べられ、さらに、「これらは、自分の思考や行動を客観的に把握し認識する、いわゆる『メタ認知』に関わる力を含むものである」と記されています。

将来の社会のあり方について自分ごととして考え、実現のための目標を設定し、そのために必要な変化の実現に向けて行動する態度と、自らの目標や実現のための行動が、社会にどう受け止められるかを考えたり、振り返ったりする能力の育成を学校で目指す趣旨は、まさにエージェンシーの考えそのものと言えます。

つまり、新学習指導要領が重視する資質・能力の育成の実現を目指した教育課程を編成し、特に、教科・領域等で子どもが主体的・対話的に学びを深める授業や諸活動を実施していくことがエージェンシーを育成することになります。

エージェンシーを育成する教師の姿勢

このように、子どものエージェンシーの意義や育成の具体の道筋を明らかにして取り組むことは、公教育としての学校のこれからの大きな役割の一つです。新学習指導要領の中で繰り返し指摘されているように、学校、そして教師一人ひとりには、主体的・対話的で深い学びのある授業や諸活動を実現する教育活動を実践していくことが求められています。

そのためには、「教師は、自らの専門性や経験に基づいて、カリキュラムに沿って授業を展開していくことになるのだが、その際、授業の在り方を一方的に決めるのではなく、教師と生徒が、一緒に考え、作り上げていく(co-create)というプロセスが重要になってくる」(白井俊、2020)といわれています。教師自身がエージェンシーを備えるよう自ら目標設定し、実現に向けた不断の努力を続けていく、「学び続ける教師」の実践者である必要があります。

▼参考資料
白井俊『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来 エージェンシー,資質・能力とカリキュラム』(ミネルヴァ書房)
文部科学省主権者教育推進会議配布資料「OECDにおけるAgencyに関する議論について」
文部科学省「学習指導要領解説(総則編)」
松尾直博・柄本健太郎・永田繁雄・林尚示「『生きる力』とエージェンシー概念の検討

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