「マッチング」とは?【知っておきたい教育用語】
「マッチングしている」とか「マッチングがわるい」という表現が、学校においてもさまざまな場面で使われるようになっています。教育現場で日常的に用いられる「マッチング」の背景や、マッチングしていない状況を解消する方法を考察します。
執筆/東京学芸大学准教授・末松裕基
目次
学校現場でのさまざまな「マッチング」
「あの子は学級にマッチしていないのではないか」とか「この教え方はこの子にマッチしていないかもしれない」などと悩む教師は少なくないようです。
学級は、教師と子ども、あるいは子ども同士の相互作用によって人格や価値観が形成される場です。自分がどのような人間であるか、環境に適応するためにはどうすればよいかを個々人が模索する場でもあります。そのため、最適な場を追求するという構えが必要になりますが、異なる種類のものの組み合わせがうまくいっているかどうかという「マッチングの視点」から考えてみることが役に立ちます。
学校はいろいろな人間関係で構成されている集団なので、個人と個人、個人と集団のミスマッチは常に起こりえます。よりよい人間関係を築いていくためには、マッチングの視点に立って人間関係を意識的に捉え、人間関係の相乗効果を生みだすような組み合わせを積極的に選択していくことが必要になる場合もあります。
また、「授業の内容と方法がマッチしていたので、子どもたちの理解が進んだ」「学校行事と子どもたちがマッチしており、充実した時間を過ごすことができたようだ」といった表現で「組み合わせ」が語られることがあります。最近では「この授業内容とICTはよい組み合わせだ」ということが話題になることも少なくありません。
人間関係に加えて、学校におけるさまざまな「組み合わせ」をマッチングの視点から考えてみることで、授業や課外活動を通して、児童生徒が成長したり、あるいは今までにはない興味・関心に気づいたりすることも可能です。
学級経営や教育方針など学校全体の取り組みにおいて、多様なアプローチを「組み合わせる」ためには、マッチングの視点で考えることが有効です。
「マッチング」についての理論
「マッチング理論」とは、入学希望者と学校、求職者と企業といったように、サービスや環境の提供者と受け手が、最適な組み合わせがいかに可能かということをお互いが模索する考え方です。どのような仕組みやルールをつくれば、ミスマッチを低減することができるかということがその基本になります。
人によって好みや望みはさまざまですが、その効果的な組み合わせについて研究したアメリカの2人の研究者(ロイド・シャプレーとアルビン・ロス)が、2012年にノーベル経済学賞を受賞しました。このマッチング理論に基づいた、公平かつ最適なマッチングメカニズムの研究はさまざまな分野で効果を上げています。
一方、その100年ほど前、「職業指導の父」とも呼ばれるアメリカのフランク・パーソンズは、人間と職業の望ましいマッチングを考察しています。そのマッチング理論は、個人(能力・適正・興味・目標など)と職業(仕事内容・求められるスキル・報酬・将来性など)のマッチングが基本原理です。
そして現在、マッチング理論は、公教育における学校選択制のあり方、保育園の入所決定過程のあり方、研修医の割り当てのあり方などに成果が確認されています。
例えば、学校という公共サービスにおいては資源や条件に限りがあることから、入学希望者や、それを受け入れる学校側も、それぞれの立場や利害を主張するだけではなく、お互いの希望や優先順位を明確化し共有しながら、組み合わせや折り合いを考えていくことが、望ましい成果や効果を生み出すことにつながるということです。
また、スクールカウンセリングや進路指導においては、生徒の特性や興味をいかに引き出し、それらを将来に結びつけることができるかという点に関して、マッチング理論が用いられています。
学校教育における「マッチング」の活用
経済学上のマッチング理論では、個人の好みや望みが明らかであることが前提となっています。しかし、学校現場においては、個々の子どもは自らの選好を明確に認識していることはあまりありません。それは、子どもたちがまだ発達・成長の途上にあるからです。そのため、教師を中心としたさまざまな大人が、子どもたちに向き合い、接し、そのなかで子どもたちの関心や興味を引き出していくというように積極的に働きかけることが求められます。
キャリア教育や進路指導を個々の完結した指導とするのではなく、学校生活全体を通して、生徒たちが自らの特性や興味に気づいていく過程として捉えていくことが重要になるのもそのためです。
学校生活においては、日常のちょっとした会話や出来事により、人間関係の性質が変化していきます。生徒が人間関係や進路選択に不安をかかえている場合などは、対話のきっかけをつくるような姿勢や語り口、心配りにより、共に問題に向き合うという意思表示が鍵を握ることになります。つまり、マッチングの視点から、人間関係を相互作用として捉え、多様なアプローチを模索していく必要があるのです。
教師の関与次第で、子どもたちの好みや特性、人格などは大きく変化していきます。「あの子は学級にマッチしていない」と決めつけるのではなく、「どのような条件なら、よりよい関係が生まれるのだろうか」と考え、行動していくということです。
そして、その際、教師のみが子どもに働きかけをし、関係性を構築していくのではなく、子どもの声を尊重するとともに、スクールカウンセラー、学習支援員、地域の人など多様な大人との「組み合わせ」が考慮される必要があります。それぞれの関係の相乗効果がいかにしたら生み出されるかという発想で、「組み合わせ」を形成していくことが重要になります。
▼参考文献
独立行政法人労働政策研究・研修機構『職業相談場面におけるキャリア理論及びカウンセリング理論の活用・普及に関する文献調査』2016年
渡部昌平編著『社会構成主義キャリア・カウンセリングの理論と実践:ナラティブ、質的アセスメントの活用』福村出版、2015年
全米キャリア発達学会(仙﨑武・下村英雄編訳)『D・E・スーパーの生涯と理論:キャリアガイダンス・カウンセリングの世界的泰斗のすべて』図書文化社、2013年
安田洋祐編著『学校選択制のデザイン:ゲーム理論アプローチ』NTT 出版、2010年
ギオーム・ハーリンジャー(栗野盛光訳)『マーケットデザイン:オークションとマッチングの理論・実践』中央経済社、2020年