少人数学級の経験を先達に学ぶ!

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2021年3月、いわゆる義務教育標準法の改正により、少人数学級を推進していくことが決まりました。小学校の学級編成の標準を5年間かけて現行の40人(小学1年生は35人)から35人に引き下げられます。今回は、少人数学級を実現した先達の話を聞き、これから少人数学級を実施することになる学校管理職や教師の道標として、その歩みを追体験してみることにします。

今から20年ほど前、全国に先駆けて、愛知県犬山市の小中学校で少人数学級の実現を目指した教育行政マンがいました。のちに校長になってから行った少人数学級による学校づくりは全国から注目を浴びました。現在、教育評論家の加地健さんにお話をうかがいました。

加地さん
加地健さん

立ちはだかる学級編成標準の壁

加地さんは、少人数学級に基づく学校教育が理想だと考えていたひとりでした。しかし、40人学級につき担任1名を配置するという学級編成標準の壁があり、それを実現することができませんでした。

ところが、当時、中央教育審議会委員の小川正人・東大教授(肩書当時)が、現行法の枠内でも、学習集団と生活集団を分離して指導することが可能だと主張していました。そこで、2000年に小川教授を招聘して犬山市教育委員会主催のシンポジウムを開催しました。

すると、少人数学級が無理としても、少人数授業が可能だとするその提言に出席者であった石田芳弘市長(当時)が賛同しました。

ただし、そうするためには、授業を担う非常勤講師を新たに採用しなければなりません。市長が乗り気になったおかげで、その予算がつき、少人数授業の実施を希望する小中学校に非常勤講師を割り当てました。

教師が学び合いの授業をできない!?

当時の犬山市は、「学びの学校づくり」を目標にした教育改革を行っていました。少人数学級を実現することは、犬山市の教育改革の目玉でした。犬山市教育委員会の学校教育部長だった加地さんは、愛知県教育委員会と長らく折衝しました。ようやく2002年になって、県教委は市の経費負担を条件に少人数学級の実施を認めました。

少人数学級のよさはすぐに表れました。教師は授業中にすべての子の実態や変容を把握でき、充実した授業を展開できたのです。子供が何を考えているか、学習の理解度を確認することができました。 また、子供にとっては、授業中に何度も当たるので、発言する機会が増えました。わからないところは教師に丁寧に教えてもらえ、授業に参加できたという満足感を持つことができました。教師は教える喜び、子供は学ぶ喜びを味わえるようになっていきました。

これらが少人数学級の光とすれば、影も見えてきました。先行した少人数授業では、それにふさわしい学び合いの授業という指導法を開発していましたから、少人数学級においても、その指導法を適用することができました。この学び合いの授業とは、子供の自主的な助け合いを重視する授業のことです。

しかし、教師は40人学級の授業感覚を引きずり、少人数学級に合わせた授業が思うようにできないという指導力不足の壁に直面しました。専門家を呼んで研修を強化し、学び合いの授業を浸透させていきました。

犬山の教育は評判を呼びましだ。苅谷剛彦・東大教授(当時)から、「犬山市の教育改革の実態を調査したい」という申し出があり、市内の全14小中学校を対象にした調査が始められました。

岩波ブックレット表紙

苅谷剛彦・他/著『教育改革を評価する 犬山市教育委員会の挑戦』(岩波書店)

「遊びの時間」創設で子供の交流を!

少人数学級を基盤とする学校改革を推進して風当たりも強くなりました。

「こんな初めてづくしのことをやるのは大変だ。おまえも実践できるかやってみたらどうか」

という陰口が聞こえてきました。そんな2005(平成17)年に加地さんは、犬山市立犬山北小学校校長として学校現場に戻りました。少人数学級のよさを徹底して追求していく決意で臨んだといいます。

同校の教育方針は「共に学び、共に育つ」。子供たちを、教師だけでなく、保護者、地域住民、大学の教員、ボランティアが協力して育てる体制をつくりました。「学びの学校づくり」という学校マニフェストを掲げ、それを実行しました。

毎日を学校公開日とし、2年生以上の通知表の評価項目の中に児童が協力して学習する態度を見る「学び合い」の項目を設けました。毎日、学校を公開すれば、学校でどう子供が育っているかを関係者が共有することができます。

校長に赴任後、東大の実態調査の分析結果を手がかりにして、さらに改革を進めました。本校の児童は、学習場面では助け合う行動をとる一方で、生活場面ではその行動がとれないという結果が出されました。苅谷教授から、「これは都会型児童の特徴で、授業と生活で割り切った行動をしているのではないか」と指摘されました。子供たちが交流する相手は、いつも同じ友達ばかりです。少人数ゆえ豊かな交流が持ちにくいということが明らかになりました。

加地さんは、遊びの時間と安全な場所を保障しようと考えました。思い切って日々の掃除の時間を廃止し(週1回の大掃除に変更)、昼に40分間の休み時間を設け、「遊びの時間」として学校のカリキュラムに組み入れたのです。

そこまでするかという意見もありましたが、学び合う子供たちをつくるのに資するものとして正しく位置づけただけでした。まさに「名を正せ」(論語)を地でいくやり方といえます。

ほかには、教室との境にある壁を壊して通路もつくりました。子供たちは自由に行き来し、ふたつの教室がオープンスペース化しました。

加地さんが忘れられない光景がありました。

あるとき、個別支援の必要な子が教科書を忘れてきました。その子はのけ者にされるかと見ていたら、班の子たちは、その子に学習内容を親切に教えてやり、その子の発言を大切に扱ったばかりか、班の意見がまとまると、その子に班の意見を発表させることまでしたのです。授業が終わると、「頑張ったね」と班の子たちがその子を褒め、みんなで抱き合って喜ぶ姿が見られました。 少人数学級で子供の学びを充実させ、少人数の短所を「学び合い」によって補完するという学校改革の成果の一場面となりました。

「学びの学校づくり」表紙

愛知県犬山市立犬山北小学校編『学びの学校づくり』(小社刊、絶版)

先述のように、学級の人数が減っただけで、教師は授業を思うように進められなくなりました。今後、少人数学級の進展に伴い、35人学級を分割して授業を行う場合もありえます。少人数授業における教師の指導力向上がさらに問われることになるでしょう。

加地さんは、46歳の若さで校長になった人です。早くから教員の世界の恩恵に浴し、教員の慣例を守って生きていけたはずなのに、教育改革の立役者としてその教員の慣例を打破する人生を歩みましたが、その後、犬山市の教育改革は頓挫しました。今、少人数学級が制度化されようというとき、犬山市の少人数教育が発展していればと思うのは筆者だけでしょうか。

取材・文/高瀬康志

『教育技術 小五小六』2021年10/11月号より

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