#3 先生は嫌いな食べ物はないんですか?【連続小説 ロベルト先生!】

連載
ある六年生学級の1年を描く連続小説「ロベルト先生 すべてはつながっています!」

前文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官/十文字学園女子大学教育人文学部児童教育学科 教授

浅見哲也

いつもの朝、出席確認は声の大きさ、顔の表情などから健康観察も。ちょっとした工夫で一人一人の好みや生活の様子も把握することができます。ロベルト先生の嫌いな食べ物とは…?

第3話 いつもの朝

桜の木に若葉が映え、新しいクラスにもすっかり慣れた子どもたち。

私は学校に到着すると、いつものように子どもたちを迎える準備をする。前日には、子どもたちが帰った後の机の整理整頓を済ませておくので、いつも気持ちよく教室に入ることができる。

教室と廊下の窓を開けると、小鳥のさえずりとともに、どんよりとした空気が一変し、爽快さと緊張感が漂う。朝一番の体の栄養は朝ご飯で満たされるが、大切な頭脳の朝ご飯は、なんと言っても新鮮な空気だ。

「よし、今日もがんばるぞ!」

独り言を心で叫び、荷物の整理をすると、今日の1日の流れ、特に授業の構想を頭の中でシミュレーションする。

北村亮太くん

そうこうしているうちに、一番の子どもがやってくる。

「先生、おはよう!」

「うわぁ、やられた。亮太、おはよう。今日も一段と元気モリモリだな」

「やられた」というのは、挨拶は言われてからするものではなく、先にするものだという教えだ。

挨拶は、その頭文字にとって、「あ」は明るく、「い」はいつでも、「さ」は先に、「つ」は続けて…である。

亮太はいつも一番に学校に登校してくる。そして、次は、倉内くんか花崎さんだ。今日は花崎さんが先にやってきた。

「花崎さん、おはよう(イエーイ!勝った)」

しかし、花崎さんは先も後も関係なく、

「おはようございます」

と言う。いつもながらに冷静だ。さすが児童会長。そして、続々と子どもたちが登校してくる。

「おかしいなあ、いつもならもう来ててもいい倉ちゃんが来ないな」

登校してきた子どもたちは、ランドセルから教科書などを自分の机にしまい終わると、ほとんどの子が校庭へ出て行く。8時15分の始業時刻までは、自由に遊べる休み時間なのだ。

男の子はサッカーやドッジボール、女の子は遊具で遊ぶ姿がよく見られる。私も朝は子どもたちと遊ぶことにしている、というより遊んでもらっているのかもしれない。

校庭に出ると、亮太と巧透が中心となって二手に分かれ、試合が始まっている。後から加わると取りっこジャンケンが始まる。人数が同じになるように後から来た子が加わっていくのがルールだ。

私が校庭に出ると、亮太と巧透のジャンケンが始まった。亮太が勝った。

「先生、あっちのゴールに入れるんだよ」

と教えられ、亮太はすぐにボールを追いかけ始めた。私も大人気なくボールを奪おうと必死に追いかける。しかし、子どもたちも負けない。実力は子どもたちの方がやや上だ。だから私も本気を出す。私が子どもたちよりも優れているところと言えば、先を読んでスペースに動いてパスをもらうことくらいだ。

「ヘイ! ヘイ! こっち、こっち」

右手を挙げて合図を送るが、子どもの性格がサッカーのプレイに表れる。お構いなしに自分で行こうとする子と、気がついてパスを出す子。サッカーは子どもの性格を理解する一つの方法だと思う。

女子の中にも男子に混じってサッカーをする子がいる。島田奈々さんだ。島田さんは大のレッズファンで、試合観戦にもよく出かけるそうだ。サッカーだけでなく運動に関しては、男子も一目を置いている存在だ。

ドリブルをしていた翔平からパスがきた。

「よし、ゴール前まで行って、また翔平にパスを出すぞ」

しかし、ディフェンスの雅也にボールを奪われてしまった。

「あちゃー、いいところなし!」

こういうことを繰り返すと信用がなくなる。反対に、うまくパスをつなげば、子どもたちからの信頼も得られ、パスを出してもらえる。大人と子どもに関係なくシビアな世界だ。

しかし、こうして同じ立場で遊べるのは本当に楽しい。ゴールが決まった時には、チームのみんなで喜び、決められた時にはみんなで悔しがる。

私は、ゴールを決められると、その子を捕まえて、

「くそー、やられたー、何てことを!」

と子どものように悔しがって見せる。いや、本当に悔しい。

「キーン、コーン、カーン、コーン!」

チャイムが鳴った。始業5分前の合図だ。

どんな状態でもチャイムが鳴ればゲームセット。子どもたちは一斉に昇降口に向かって走る。これも外遊びの約束だ。

教室に入る前に手洗い、うがい、顔洗い。実に気持ちがいい。だから、ハンカチやフェイスタオルではなく、ちょっと長めのスポーツタオルは私の必需品だ。

教室の私の机の上に一冊の連絡帳が届いていた。倉内くんの物だった。開いて見ると、お母さんから、(今日は、昨晩からの発熱のため欠席します)と書かれていた。

急な時には、直接電話で連絡をしてくる家庭もあるが、担任が放課後以外に職員室にいることはほとんどない。だから、欠席など何か連絡することがあれば、すべて連絡帳で知らせることになっている。

そして、今日のような体調不良による欠席の内容ならば、他の子どもが連絡帳を見てもそれほど影響はないが、時には、担任だけにしか知らせたくない家庭の情報も書かれていることがあるので、勝手に友達の連絡帳を覗かないことは、ちゃんと子どもたちに指導しておく。

「これから、朝の会を始めます」

男女1名ずつの日直の合図とともに、朝の会が始まる。

「朝の歌です。ミュージックエブリ係さん、お願いします。全員、起立!」

「はい、今週の朝の歌は、『翼をください』です。大きな声で歌いましょう。さん、はい!」

「いま~わたしの~、ねが~いごとが~…」

1週間ごとにミュージックエブリ係(別に「音楽係」という名前で十分なのだが…)が曲を決めることになっている。

帰りの会でも歌っているのだが、朝は音楽の授業で習ったような曲で歌やリコーダーの演奏。そして、帰りの会は流行の歌謡曲も認めている。

時には、私が下手なギターで伴奏をすることもある。十八番は井上陽水の「夢の中へ」だ。結構一昔前の曲を覚えさせたりすると、私と子どもたちの親の年齢がほぼ同じとあって、家庭でも自然と話題になる。

朝の歌が終わると、私が出席をとることになっている。この出席確認は、学級担任にとって大切な仕事の一つだ。

「では、出席をとりま~す!」

「青田くん」

「はい、元気です」

「岩井さん」

「はい、元気です」

いつもこんな調子で一人一人の声の大きさ、顔の表情などから健康観察を兼ねた出席確認をしている。時間がある時には、「はい、○○です」の後に、好きな食べ物を1つ言ってもらったり、昨日床についた時間を言ってもらったり、ちょっとした工夫で一人一人の好みや生活の様子を把握することもできる。

「はい、元気です。ぼくは、ラーメンが好きです」

「味噌派、それとも、醤油派?」

「豚骨派です」

「はい、元気です。嫌いな食べ物はお刺身です」

「えーっ、信じられない。あんなにおいしい物が嫌いだなんて…。まっ、まさか、お寿司も嫌いだなんて言わないよね?」

「その通り、食べられません」

「ぎゃーっ!、この世にそんな人がいたなんて! 人生の半分くらいは損をしていると思うよ」

「先生、そんな言い方はひどすぎます。先生は、嫌いな食べ物はないんですか?」

「実は、あるんだなあ…、梅干しなんだけど」

「えーっ!、私大好き。先生は人生の4分の3くらい損してると思います」

「それは大げさだろう」

こんなふうに会話も弾む。しかし、ほどほどにしないと1時間目の授業に食い込んでしまうので要注意!

梅干を食べるロベルト先生

今は昔と違って、出席簿は五十音順の男女混合が一般的になっている。これは、男女平等の観点から始めたものだ。

また、「くん」と「さん」の問題も話題になった。「くん」は、目上の者が目下の者に使う表現だということで、男女に関係なく「さん」を付けて子どもを呼びましょうというものだ。

呼び捨てよりも、「くん」や「さん」を付けて呼ぶことで、その後に続く言葉も自然と丁寧で柔らかい表現になることは確かだ。

しかし、男子も女子もすべて「さん」を付けて呼ぶのはどうなのだろうか? 「くん」を付けて呼ぶことで、おまえはおれよりも位が下であるなんて意識している人が果たして学校内にどれくらいいるのだろう?

先ほどの男女混合名簿もそうなのだが、学校内では男女別の名簿の方が、健康に関する指導や管理の上では使用しやすい場合も多い。

「男女平等」は間違いなく大切なことではあるが、「差別」と「区別」は違う。

男子が先で、女子が後の名簿を作ったり、男子には「くん」を付け、女子には「さん」を付けて呼んだりしても、これは差別には当たらないのではないか?

これは区別である。家に帰ればほとんどの男の子は「くん」と呼ばれ、学校では「さん」になる。

何だか変な感じがするので、私はそのことを子どもたちに伝え、男の子には「くん」を付けて呼んでいる。

次回へ続く


執筆/浅見哲也(文科省教科調査官)、画/小野理奈


浅見哲也先生

浅見哲也●あさみ・てつや 文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官。1967年埼玉県生まれ。1990年より教諭、指導主事、教頭、校長、園長を務め、2017年より現職。どの立場でも道徳の授業をやり続け、今なお子供との対話を楽しむ道徳授業を追求中。

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