小3道徳「いただいたいのち」指導アイデア
執筆/千葉県公立小学校教諭・河田光輔
監修/千葉県教育庁東葛飾教育事務所指導室指導室長・大舘昭彦、文部科学省教科調査官・浅見哲也
目次
教科書教材を用いた授業の広まり
道徳の時間が教科化されたことにより、主たる教材である教科用図書(以下、教科書)を用いた授業が広く行われ、授業の量的確保につながっています。教師には、今まで以上に教科書教材のよさを生かした指導方法の質的転換が求められているのではないでしょうか。
教材のよさとは、教材に含まれる道徳的価値であり、教材の特長だと考えます。本稿では、小学三年生を対象に、「いただいたいのち」(東京書籍『新しいどうとく3』)という教科書教材を用いた授業の実践事例を紹介します。
本教材のあらすじ
「いただいたいのち」という物語の前半は、ある日突然、血液のがんを患ったゆきさんが苦しい治療やその副作用に耐える様子を、ゆきさんの母親の視点から描いています。
物語の後半は、元気を取り戻したゆきさんの視点から、看病してくれた母親や周囲の存在に対する感謝や気付きを綴った手紙として描いています。
本教材のよさについて
『小学校学習指導要領 特別の教科 道徳 解説編』(以下、解説)の「生命の尊さ」を見ると、「生命ある全てのものをかけがえのないものとして尊重し、大切にすることに関する内容項目」とあります。
第三、四学年の指導の要点の中には、「特にこの時期に生命の尊さを感得できるように指導することが必要である。例えば、病気やけがをしたときの様子等から、一つしかない生命の尊さを知る視点が考えられる。」とあります。
筆者は、太字部分を本教材の特長だと捉えました。また、「指導に当たっては、生命は唯一無二であることや、自分一人のものではなく多くの人々の支えによって守り、育まれている尊いものであることについて考えたり、与えられた生命を一生懸命に生きることのすばらしさについて考えたりすることが大切である。」とあります。同じように、 太字部分を本教材に含まれる道徳的価値と捉えました。
本教材のよさを生かす教材提示の工夫
授業を行ううえで、教材に含まれる道徳的価値や特長といったよさに対して、児童がどのような価値観をもち、どのような生活経験をもっているのかを把握しておくことは重要です。
そこで、資料1のような事前調査を行いました。そして道徳的価値に関する質問への回答結果に基づき、児童の価値観によるグラフを作成しました(資料2)。これによって、今ある命への児童の意識を喚起、共有し、本教材につなぐことをねらいました。
また、「血液のがん」や治療の副作用についての質問から、児童は多くの情報をもっていないことが分かりました。そこで、資料3の「血えきのがん(白血病)なおそうとするときに起こること」を作成し、提示しました。
これによって、児童が「血液のがん」やその患者のことをより理解し、ゆきさんや母親、命を救おうとした人々の視点に立って考えやすくなることをねらいました。
▼資料1 事前調査「ミニもん」
▼資料2 事前調査から作成した児童の価値観
▼資料3 血えきのがん(白血病)なおそうとするときにおこること
実際の授業展開
タイトル
いただいたいのち ~命を大切に思う気持ち~
ねらい
今ある命の大切さやときに命が多くの人々に支えられていることに気付き、 自他の命を大切にしていきたいという意欲を高める。
内容項目
D- 18 生命の尊さ
準備するもの
・資料2 児童の価値観のグラフ(黒板掲示用)
・資料3 「血液のがん(白血病)なおそうとするときに起こること」( 範読後提示用)
・資料4 ワークシート(児童配付用)
・教科書教材の挿絵(黒板掲示用)
資料・ワークシートのダウンロードはこちらからできます
道徳科 ヒントとアイディア 小三「いただいたいのち」
指導の概略(板書計画例)
導入1
①ある日病気にかかり、生きられるか分からなくなったら、どんな気持ちでしょうか?
- 今ある命への意識を喚起して、本教材へつなぐ。
導入2(範読後)
②物語を読んで、分からないことや思ったことはありますか?
- 児童の疑問や気付きを生かしながら、学習問題を設定するように心がけ、主体的な学びを促す。
- 病気等への疑問に対しては、資料3 「血えきのがん(白血病) なおそうとするときに起こること」を提示しながら、生きられるか分からなくなった命と向き合わせる。
展開1
③命を救った「たくさんの人」はだれ? その人たちの気持ちは?
- 命が多くの人々に支えられていることに気付く。
展開2
④命を救われたゆきさんやお母さんの気持ちは?
- 今ある命、一つしかない命の大切さについて考えを深めていく。
終末(ワークシートに記述、発表)
⑤今日の学習をして、命について何が分かりましたか?
⑥今までの自分をふり返り、これからの生活に生かせそうなことはありますか?
命についての思いや課題を展望する。
ここがアクティブ! 授業展開の補足説明
児童の「疑問や気付き」を生かす
本時では、教材の範読後に資料3を提示しました。すると、児童から分からないことや思ったことがいくつも出されました。例えば、「なぜ、血液のがんになるの?」や「なぜ、治療に血が必要なの?」といった病気やその治療方法に関する疑問は、教師が事前に調べた答えを示すことで解決しました。
しかし、「ゆきさんが、つらい治療に耐えられたのはどうして?」や「みんなが優しいなと思いました。」といった疑問や気付きは、ねらいとする道徳的価値に関わるもので、学習問題として全体で考え、話し合うことができます。
こうした児童の疑問や気付きを生かす学習を心がけることで、主体的な学びを促し、対話的な学びへとつなげることができるのではないでしょうか。
命に向き合う「異なる視点」で考える
母親の視点から命を大切に思う気持ちを考えることができます。母親の視点とともに、命を救おうとした人々の視点に立って考えることによって、児童は命が支えられていることに気付きます。今ある命をより大切にしていきたいという意欲を高めることが期待できるのです。
授業をするうえでの注意点・ポイント解説
「命」を扱うことへの配慮
道徳科の内容の中でも、「生命の尊さ」や「家族愛、家庭生活の充実」の扱いには、特に配慮が必要な場合があるでしょう。例えば、児童やその家族、親しい人の中に、教材の登場人物と同じような病気を患っている人がいたり、命と向き合っている人がいたりする場合が考えられます。
授業者はそうした実態を踏まえたうえで授業の時期を判断したり、場合によっては教材を変更したりすることも検討しなければなりません。授業を通して、児童の心が傷付くような事態は避けなければならないのです。
「ねらい」とする道徳的価値を柱に
本教材の内容項目は「生命の尊さ」ですが、命に向き合うさまざまな視点で考えていく中で、命を救おうとする「思いやり」や、命を救われたことへの「感謝」が関連してくるでしょう。
こうした価値の関連性は児童の柔軟な価値観を育むうえで尊重されるものです。授業にはねらいとする道徳的価値があり、その価値を柱として学習が展開される工夫も必要だと言えます。
教科調査官からアドバイス
文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官・浅見哲也
「生命の尊さ」という内容項目は、小学校低学年から中学校まであるもので、端的に言ってしまえば、生命の大切さを学ぶ内容になっています。しかしそれは、道徳科の授業で学ぶ以前から、児童はさまざまな体験を通して感じていることかと思います。
では、道徳科の役割は何でしょうか。それは、知的な理解をより実感を伴って感じられるように心を磨くこと、気付いていなかった捉え方をして、改めてその大切さを実感することと言えるでしょう。
河田先生は、とかく生命は自分のものと捉えがちな中学年の発達の段階を踏まえ、教材のよさを生かしながら、大病について分かりやすく伝えて死について触れたり、多くの人々の支えによって守られていることをお母さんの言葉から引き出したりと、考える視点を変えたり、発問を工夫したりしています。
また、このような教材を活用することの配慮は欠かせないこともしっかり押さえて、授業をすることはとても大切なことです。
『教育技術 小三小四』2020年4/5月号より