校長のたった一つの責任は「全ての子どもの学習権を保障する学校をつくる」ことです【木村泰子「校長の責任はたったひとつ」 #23】

不登校やいじめなどが増え続ける今の学校を、変えることができるのは校長先生です。校長の「たったひとつの責任」とは何かを、大阪市立大空小学校で初代校長を務めた木村泰子先生が問いかけます。本連載は、今回が最終回となります。最終回は、木村先生が今一番校長先生たちに伝えたい言葉をお届けします。
最終回にどうしても伝えたいこと
リーダーのみなさん、この連載は最終回となりました。 これまでみなさんと多くのことを学ばせていただきました。今回は最終回ということもあり、今一番伝えたいことを言葉にしたいと思います。
公教育の当たり前を取り戻しましょう!
「自殺」「不登校」「いじめ」をゼロに
自殺、不登校、いじめ、これらを「ゼロ」にすることは目的でも手段でもありません。子どもの事実が突きつける「結果」です。できるかできないかではなく、やるかやらないかが問われています。私自身、大空小学校の子どもたちや保護者の方々に出会わなければ「みんなの学校」の意識さえ持てなかっただろうと思っています。全国で「みんなの学校」をつくるセミナーをしながらも校長先生方の悩みや苦慮していることはひしひしと伝わり、過去の自分と照らし合わせれば痛いほど共有できるのです。
これまでに何度となく伝えてきましたが、学校に教員しかいない環境(空気)は、子どもを主語にしたとき、どうでしょう。画一的で管理的な空気でしかないのではないでしょうか。全国の「不登校」のレッテルを貼られている子どもたちの多くは「学校で息ができない」と言います。空気がいっぱいあるのにどうして息ができないのかと聞くと、「息が吐けない」と言うのです。
暴れている子もおとなしく座っている子も「学校に行くと息ができなくなる」と言います。「学校に行きたいから学校までは行くけど、門の前に怪獣がいて入れない」と、中学生でも本気で涙をためて訴えます。校門にふさがる怪獣とはいったい何なのでしょう。「学校がこれだけ頑張っているのに……」は、先生たちが主語ですね。困っている子を主語に変えて、怪獣が何なのかについて職員室のみんなで対話しなければ、学校の空気は変わりません。困っている子は言葉にできないから苦しむのですから。
小・中学校を終え、高校生になってようやく言語化できた、と一人の子どもがメッセージを送ってきましたので共有します。
苦しい思いをしている子は声を出せない
大人になれずに死んでいく子もいる
声を聴けないから気づけないからしょうがない
しんどいことを表現できていない環境を知ることから始めなければ
その子なりの声のあげ方ができる環境にしなくては
死んでいく子どもたち
死にたいことはない
その選択肢しか知らない
そうならないためにまわりのじぶんたちが変わっていかなくては
先日も地域のコミュニティースクールの研修に行きました。委員の方の言葉です。
自分は叱られたりしないのに、クラスの友達が毎時間怒られているのを見ているうちに苦しくなって、学校に行くのが怖くなって、家から出られなくなった子どもに関わっています。校長にそのことを伝えると、次の二つの答えが返ってきたそうです。
「先生たちも必死で頑張っているのです」
「私ももう定年なので今はもう少し我慢してください」
残念すぎますが、まだまだこんな声が全国で当たり前のように聞かれます。
そもそも学校は楽しいところでなくてはならないはずなのに、コロナ以降の学校現場はますます画一的で管理的な学校文化が復活しているようです。
地域のパブリックの学校を地域社会の空気で満たすようにすれば、学校で息ができないと苦しむ子どもを生まなくて済みます。どんな手段をとっても、今現在の公教育の当たり前となってしまった「自殺」「不登校」「いじめ」を生まない学校づくりをすることです。校長がその覚悟を行動で表せば、校長の背中を見て教職員はそれぞれに手段を見つけていくでしょう。何をおいても、地域の学校に「全ての子どもの命がある」事実をつくることに尽きます。

木村泰子(きむら・やすこ)
大阪市立大空小学校初代校長。
大阪府生まれ。「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに情熱を注ぎ、支援を要すると言われる子どもたちも同じ場でともに学び、育ち合う教育を具現化した。45年間の教職生活を経て2015年に退職。現在は全国各地で講演活動を行う。『「みんなの学校」が教えてくれたこと』(小学館)など著書多数。
