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学校のイメージを「工場」から「キャンプ場」にリフォームしませんか?【赤坂真二「チーム学校」への挑戦 #75】

連載
赤坂真二の「チーム学校」への挑戦 ~学校の組織力と教育力を高めるリーダーシップ~

上越教育大学教職大学院教授

赤坂真二
チーム学校への挑戦

執筆/上越教育大学教職大学院教授・赤坂真二

学校が「安心できる居場所」としての役割を置き去りにして、いつのまにか成果を量産する「工場」になっていませんか? やることが多すぎて余白が消えた今、学校に必要なのは何でしょうか? 今回は、学校を「キャンプ場」のようにエネルギーが湧く場所へ変えていくために、日常に癒しを埋め込む3つの視点と、管理職が発信できる言葉、行事を“キャンプ化”する具体案を紹介します。

学校が「工場」になっていないか

全国学力・学習状況調査に向けて一部の地域ではその「予備調査」や「対策テスト」のための時間が、過密なカリキュラムを縫うようにして捻出されているといいます。本来、学校には二つの大きな機能がありました。一つは、学力の向上や社会性の獲得を促す「目標達成機能(成長を促す機能)」です。そしてもう一つは、子どもたちが安心して自分をさらけ出し、明日への活力を蓄える「維持・癒し機能(福祉的・居場所機能)」です。

コロナ禍において、私たちは後者の重要性を痛いほど思い知らされたはずでした。休校期間中、多くの子どもたちが「友だちに会いたい」「学校に行きたい」と切望したのは、単に授業を受けたいからではなく、そこが自分の存在を認められる「居場所」だったからではないでしょうか。しかし、いざコロナ禍が明けてみると、現場はどうでしょうか。縮減された学校行事は完全には戻らず、一方で授業時数の厳密な確保は維持されたままです。相対的に「目標達成機能」ばかりが肥大化し、「成長すること」「向上すること」「成果を出すこと」というメッセージが、「むき出し」のまま子どもたちに突きつけられているように見えます。

「やることが多すぎる」「多様なニーズに応えなければならない」。そんな切迫感に追われる中で、学校は今、知らず知らずのうちに、規格通りの製品を効率よく生産しようとする「工場」のような場所へと変質してはいないでしょうか。

学校生活に「潤い」をもたらす癒しの積み重ね

学校を「キャンプ場」のように、そこにいるだけでエネルギーが湧いてくる場所にするというのも、これからの学校づくりビジョンとして有効ではないでしょうか。そのためには、日々の些細な瞬間に「癒し」を埋め込んでいくことが現実的です。これは決して「甘やかし」ではありません。次の三つの視点を意識することで、学校の空気感は大きく変わるのではないでしょうか。

①「弱さ」を見せられる関係性の構築

今の学校では、子どもも教師も「完璧であること」を求められすぎています。テストの点数、授業の進度、ミスのない事務……。しかし、本当に心の距離が縮まるのは、強さではなく「弱さ」を共有したときです。できない自分、失敗した自分を隠すのではなく、「やっちゃった!」と笑い合える空気。一人の弱さを誰かが補い、誰かの失敗をみんなで面白がる。そんな「心理的安全性」が、子どもたちの自己肯定感を底上げします。

② 身体的なじゃれ合いと「人間的な温度」

デジタル化が進み、効率が重視される今だからこそ、身体を伴う交流が不可欠です。休み時間の鬼ごっこ、ちょっとしたふざけ合い、廊下ですれ違うときに見せるハイタッチ。こうした「何気ないじゃれ合い」を通じて、子どもたちは教師や友だちの「人間的な温度」を感じ取ります。理屈ではなく、肌感覚で得られる「自分は受け入れられている」という感覚こそが、生存の安心感を生むことでしょう。

③教師の「人間味」という最高の教材

教師が「評価の対象」として子どもを見るのではなく、「共に生きるパートナー」として接する姿です。美しい夕日に本気で感動する姿、給食のカレーをおいしそうに頬張る姿、ときにはレクリエーションで子どもに負けて本気で悔しがる姿。教師が「役割」の仮面を脱ぎ、一人の人間として喜怒哀楽を表現するとき、子どもたちは「ここは自分も人間でいていい場所なんだ」と確信できると思います。

発信してみたい「癒しのフレーズ」

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