【特別支援教育】授業づくり③「ICTの活用」指導のポイントとアイデア

元文部科学省調査官監修による、特別支援教育の指導のポイントとアイデアです。今回は、〈授業づくり③「ICTの活用」〉を紹介します。ICTの活用は、学習上の困難を軽減しながら、子供たちが自分らしく学びに参加できるようにする「教育へのアクセスの鍵」になります。すべての子供が自分らしく学べる授業づくりの工夫をお届けします。
執筆/新潟県公立小学校教頭・木村杏子
監修/元文部科学省特別支援教育調査官・加藤典子
白百合女子大学人間総合学部初等教育学科教授・山中ともえ
目次
特別支援教育 年間執筆計画
04月 児童理解①児童の状態の把握
05月 児童理解②個別の教育支援計画と個別指導計画の作成・活用
06月 児童理解③児童への具体的な対応
07月 学級経営①多様性を尊重する学級
08月 学級経営②学級内での人間関係づくり
09月 学級経営③集団指導と個別指導
10月 授業づくり①ユニバーサルデザインの考え方を取り入れた授業
11月 授業づくり②合理的配慮についての工夫
12月 授業づくり③ICTの活用
01月 連携①保護者との関係づくり
02月 連携②校内連携
03月 連携③関係機関の活用
【解説編】
「できない」を「できる」に!~ICTが拓く特別支援教育の可能性~
ICTの活用は、特別な配慮を必要とする子供にとって、「できないこと」を補い、「できること」を広げるための力強いツールとなります。学習上の困難を抱える子供たちは、一斉指導の中で「分かる」「できる」という成功体験を得にくい場合があります。ICTは、個々のペースに合わせて学べる環境を整え、視覚的に分かりやすいという利点があります。特に「できた!」という実感が得られやすいことは、自己肯定感を高めることにつながります。ICTの活用は、困難さをテクノロジーで支え、子供たちが本来もっている力を発揮できるようにします。
1 ICTが保障する「学習へのアクセス」
読み書き、発話、運動、情報処理など様々な面で学習上・生活上の困難に直面している子供がいます。ICTはこれらの困難を補い、学習へのアクセスを保障する重要な手段です。
(1)読み書きの困難を軽減する
文字を読むことや手書きでノートを取ることが困難な子供にとって、ICTは大きな支えとなります。読み上げ機能の活用によって、文字を読むことに対する負担が軽減し、内容を考えることに集中できます。また、音声入力の活用によって、書くことの負担が減り、自分の考えを表現することに力を入れることができます。書いたり消したり(入力したり、削除したり)が簡単であり、学習へのストレスを減じることができます。
(2)認知面の困難を補う
自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)などの傾向のある子供は、集団行動への適応や抽象的な指示の理解、時間管理に困難を感じることがあります。ICTを活用することで、見通しをもたせることや板書の拡大・強調により注視を促すこと、タイマーアプリによる時間の視覚化などが可能になり、子供は安心して学習に取り組むことができます。
(3)表現とコミュニケーションの幅を広げる
発語が苦手な子供にとって、ICTは「安心して発言できる場」を提供します。共有ノートやチャット機能により、声を出さずに意見を交換でき、失敗を恐れずに表現できます。また、AAC(拡張・代替コミュニケーション)アプリやカメラ機能は、意思伝達や学習記録の手段として非常に有効です。
(4)学習へのモチベーションを高める
ICTの活用は、特別な配慮が必要な子供の学習への意欲(モチベーション)を高める上で極めて有効です 。読み書きや認知面の困難を代替・補完することで、子供たちは「考えること」や「表現すること」に集中でき 、「できた!」という成功体験を得ることにより、自己肯定感を高めることができます。この成功体験は「自分にもできる」という自信を育みます。さらに、自分のペースで学べたり、音声入力や視覚情報といった個別最適な手段を選択できたりすることで、自律性を育み、学習への主体的な姿勢につなげることもできます。また、クラス全体でのICTの活用は、個別に支援が必要な子供も「みんなと同じように取り組めている」という安心感が得られ、心理的な抵抗なく授業に参加する意欲を支えます。これらのことは、子供たちが本来もっている力を発揮し、内発的動機付けを育む土台となります。
ICTの活用は、学習上の困難を軽減しながら、子供たちを自分らしく学びに参加できるようにする「教育へのアクセスの鍵」です。
2 学校におけるICTの可能性
私の勤務校には、病院内に設置された病弱特別支援学級(院内学級)があります。ここでは、ICTが「学びを途切れさせない」重要な役割を果たしています。長期入院を余儀なくされる子供たちは、体調や環境から、本来の学習機会を失いがちです。しかし、ICT端末を活用することで、原籍校の授業をオンラインでリアルタイムに受けることが可能になりました。さらに、体力的な制約で鍵盤ハーモニカの演奏や絵を描くことが難しい場合でも、端末内の演奏・描画アプリを使うことで、音楽や美術の学びを楽しむことができるようになりました。ICTは、物理的な制約を超えて、「すべての子供に等しい学習機会を保障する」教育の土台となっています。
3 教員の負担軽減と個別指導の質の向上
ICTの活用は子供だけでなく、教員にとっても大きな支援となります。教材のデジタル化により、拡大・色変更・読み仮名付与などが容易になり、個別教材の準備時間を短縮できます。また、学習記録や支援情報をデジタルで共有することにより、引き継ぎの負担を減らし、チームとしての支援の質を高められます。
当校では、Google Workspace for Educationを活用し、カレンダーで予定を共有したり、チャット機能やスプレッドシートを使って必要なメンバーで情報共有を行ったり、生成AIを使用して文書を作成したりなど校務に役立てています。情報の可視化、整理、作成などを行うことにより、教員の負担軽減につなげています。
4「特別な支援」から「当たり前のツール」へ
ICTを使う際には、「その子だけの特別な支援」として目立たないよう工夫する配慮も必要です。クラス全体でICTを活用し、その中で自然な形で個々の特性に合わせた支援を行うことが重要です。合理的配慮の提供ももちろん大切ですが、「特別扱いされている」と感じ、拒否する子供もいるためです 。
ICTは、特定の子供のためだけの特別な手段ではなく、誰もが自分に合った学び方を選択できる「共通のツール」であることが大切です。どの子供も自由に使えるようにすることで、「特別扱い」という印象をなくし、全員が安心して学べる環境をつくることができます。教員が子供の使用しやすいアプリや操作方法を理解しておくことで、より適切なサポートが可能になります。
デジタル化を「特別なこと」と捉えず、「すべての子供にとって最善の学びの形」を追求するための当たり前のツールとして活用していくことが大切です。
5 おわりに
ICTは、特別な配慮を必要とする子供の可能性を広げます。しかし、その効果を最大限に生かすには、教員一人一人の工夫と判断が欠かせません。もちろんICTはあくまで手段であり、子供の「学び」を豊かにするための道具です 。実際の体験活動とのバランスも意識します 。目の前の子供にとって何が最適な支援かを探り続けることこそ、特別支援教育にとって必要なことです。ICTは子供たちの「できた!」「分かった!」を支える重要な教具です。これからもICTとともに、子供たちが自信をもって学びに向かえる教室をつくっていきたいと思います。
