【連載】堀 裕嗣&北海道アベンジャーズが実践提案「シンクロ道徳」の現在形 ♯9 三つ星料理人とプロゲーマー

堀 裕嗣先生が編集委員を務め、北海道の気鋭の実践者たちが毎回、「攻めた」授業実践例を提案していく好評リレー連載第9回。今回は札幌市の中学校教諭・高橋和寛先生による中学1年生を対象とした実践です。
編集委員/堀 裕嗣(北海道札幌市立中学校教諭)
今回の執筆者/高橋和寛(北海道公立中学校教諭)
目次
1. この授業をつくるにあたって
中一ギャップという言葉が聞かれるようになって、十年以上が経ちました。石川晋・石川拓・高橋正一2009『中1ギャップ 中学校生活になじむ指導のポイント』(学事出版)には、生徒に対して感じた変化として、以下のことを挙げています。
①特別な支援が必要な生徒の増加
②新たな仲間とのコミュニケーションが取れない生徒の増大
③書く・読む・話す・聞く・計算する・類推するなどの基本的な学力の低下
④失敗体験やつまずきを受け止められない
⑤生活全般への意欲の低下と継続する力の弱さ
ここで指摘されている傾向は、現在さらに強まっているのではないか、というのが私の実感です。
特に③について、中学校の学習や授業についていくことが難しい生徒がますます多くなっているように思います。また、残念ながら、自分なりに努力をしてもなかなか成果が上がらない生徒も増加していると思います。小学校時代はまずまず勉強ができていた子でも、小学校より難しくなる中学校の学習についてこられず、学習につまずいてしまうような場合、そこからさらに頑張れるといいのでしょうが、④にあるように、一度のつまずきが致命傷になってしまい、頑張れなくなってしまうような生徒にも、これまで何度も出会ってきました。あるいは部活動でも、自分なりに努力はしているものの、短期で成果が出ないと、すぐに自分に見切りをつけてしまうような子も増えているように思います。
そこで道徳授業です。継続して努力する人の姿から、自分の生き方を考えられるような授業を作れないかと考えました。ここで問題となるのは、子どもが憧れを抱き、自分の生き方に生かそうと思えるような努力モデルが子どもによってそれぞれ違うのだろうということです。道徳授業で一つのモデルだけを提示しても、「自分には無理だ」「真似できない」という思いを抱かれてしまった場合、自分の生き方を考えてみようという気持ちをもたせるのが難しくなってしまいます。
シンクロ道徳で、複数のモデルを提示することで、教室のより多くの生徒の心に響くように、またやり方は違えども、努力を継続する人たちに共通しているものに気付くことで、小さなつまずきを乗り越えるような強さを身につけてほしいと思い、この授業を考えました。
2. 授業の実際
(1)料理人・奥田透さん
おいしそうな日本料理の画像を三つ程度並べます。
それらはどれも一流のお店で出されているものですが、世の中で一番評価されている料理はどれか、自由に考えさせます。次にこれらが世界的に有名なフランスの会社が発行しているガイドブックに紹介されたお店の料理であることを紹介し、そのガイドプックについて、簡単に説明します。
フランスのタイヤメーカーによって作成されるガイドブックの総称。中でも代表的なものが、「レストラン・ホテルガイド」で、星の数で、レストランやホテルを評価している。調査員は匿名でお店を訪れ、様々な観点からお店を評価する。
一つ星~近くに訪れたら、行く価値のある優れた料理
二つ星~遠回りしてでも訪れる価値のある優れた料理
三つ星~そのために旅行する価値のある卓越した料理
写真の中の一つが「銀座小十」というお店の料理で、何年もそのガイドブックに掲載され、三つ星も獲得したことのあるお店であること、店主の奥田透さんについて、簡単に紹介した上で次のように問います。
Q 奥田さんは、一流の料理人になるために、どんなことをしたと思いますか。
子どもに自由に考えさせた後、「銀座小十」の店主である奥田透さんについて、修行中のエピソードを紹介します。
「時間を惜しまない」
朝の4時に起きて、市場でアルバイト。魚について、多くのことを学びました。9時から10時半までは料亭で修行。家に帰ったら、1時間くらい料理関係の本を読んで眠る。4時間寝れば十分だと思っていたので、苦にはなりませんでした。料亭が休みでも市場は開いていたし、逆に市場が休みでも店があったので、1年間全く休みはありませんでした。
ここでは、自由に感想を交流する程度で、次に進みます。
(2)プロゲーマー・梅原大吾さん
2004年アメリカで行われたゲーム大会「EVOLUTION 2004」について紹介します。
「ストリートファイター」という格闘ゲームの世界大会で、あと一撃でもダメージを受けたら負けてしまうところから、奇跡の大逆転を遂げた、というエピソードです。
この奇跡の勝利を収めた人がプロゲーマーの梅原大吾さん(梅原さんのXアカウントはこちら)であること、梅原さんが「世界で最も長く勝ち続けているプロゲーマー」としてギネス認定されていることなどを紹介し、次のように問います。
Q 梅原さんはゲームの世界で勝ち続けるためにどんなことをしたと思いますか。
先ほどと同様に子どもに自由に想像させた後、以下のエピソードを紹介します。
「練習は1日3時間くらい」
受験勉強を乗り越えてきた人から、よく「1日15時間以上勉強していました」という話を聞く。なるほどすごいとは思うが、その努力を何年続けられるのだろう。おそらく1年くらいが限界ではないだろうか。
常に高いレベルをキープし、コンスタントに結果を出し続けるという観点からすると、物事の追究に自分の限界を超えた時間を割くのは効率がよくないと思う。短い時間であっても成長や進歩と思える小さな発見があればそれでいい。
今は、1日3時間もあればゲームの研鑽は十分可能だと思っている。何の発見もない15時間よりも、小さくても発見のある3時間の方がはるかに有意義で長く続けることができる。
奥田さんと梅原さんの顔写真をスライドで提示し、次のように問います。
二人の考え方のうち、あなたの人生に役立ちそうなのはどちらの考え方ですか。
10点を「8:2」のように割り振る形で答えなさい。
両方の考え方が参考になると捉える子どもがいると思い、どちらか一方を選ぶのでなく、割合で考えさせるところがポイントです。個人で考えた後、小グループで点数配分とその理由を交流します。
さらに全体でも意見交流して、多様な考えに触れさせ、交流後にもう一度個人で割合を再考させます。
さらに、次のような資料を提示します。
【奥田透さん】
三つ星をなくすのは怖くないかといえば嘘になりますが、三つ星でなければ自分の料理は評価されないのかというと、決してそうではないと思います。
私の料理は変わらなくても、社会状況や時代の動きによってガイドブックの評価は変わるかもしれません。私は、自分が思う料理を作り続けていくことが、自分に課せられた使命だと思っています。それを感じてくださるお客さんがいてくれればそれでいいと思っています。
【梅原大吾さん】
大会を一つの目標に過ぎないと考え、自身の成長を目的と決めてからは大会の結果にあまりこだわらなくなった。勝っても負けても同じ気持ちで努力できるようになった。僕の場合、優勝して喜ぶのはほんの一瞬だ。その日だけ。次の日にはもう忘れている。絶対に負けられないと思っているプレーヤーは大体土壇場で萎縮してしまう。
二人は料理とゲームというジャンルの違いはもちろん、その努力の方法も全く違うことをもう一度確認した上で、このように問います。
奥田さんと梅原さんに共通点があるとしたら、どんなことでしょう。
これまで提示してきた資料をもとに「自分自身で成長のために試行錯誤していること」「ゴールを自分の中にもつこと」「自分に合った努力の形を考えていること」などが挙げられます。
3 シンクロ授業解説
子どもが多様化する中で、子どもが憧れを抱くような生き方も多様化しています。このような時代にあって、単一の考え方を提示する形の道徳授業に難しさを感じています。だからこそ、教材を複数並べるシンクロ道徳の価値が高いのだと考えます。
この授業を通して、奥田さんや梅原さんの考えに触れ、自分がいいなと思う生き方を考え、自分にいかそうとする気持ち。あるいはお二方の生き方を参考に、自分なりのやり方を創り出そうという意欲。そんな道徳的心情を育てることで、小さなつまずきにめげない人間に育っていってほしいと思います。
<参考文献>
石川晋・石川拓・高橋正一2009『中1ギャップ 中学校生活になじむ指導のポイント』(学事出版)
奥田透2009『世界でいちばん小さな三つ星料理店』(ポプラ社)
梅原大吾2012『世界一プロ・ゲーマーの「仕事術」 勝ち続ける意志力』(小学館)
※この連載は原則として毎月1回公開します。次回をお楽しみに。
<今回の執筆者・高橋和寛先生のプロフィール>
たかはし・かずひろ。1983年生まれ。2006年北海道教育大学札幌校を卒業。北海道空知管内で勤務した後、現在は札幌市の中学校に勤務。 「研究集団ことのは」「道徳のチカラ」などに所属し、自主開発道徳を提案している。
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