【新連載】坂内智之先生の 愛着に課題を抱えた子が伸びるアプローチ~学級担任にできること~♯1 教室の中の叫び – 愛着障害に苦しむ子どもたち、リアルな事例集

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坂内智之先生の 愛着に課題を抱えた子どもを伸ばすアプローチ
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ここ10年、子どもたちの姿に異変が起きている…。そう感じている先生方は多いのではないでしょうか? そうした異変の大きな要因の一つと言われているのが、「愛着障害(アタッチメントの形成不足)」です。愛着障害を抱える子どもたちによって荒れた学級を、何度も立て直してきた坂内先生が、今、学級担任に何ができるのかを提案し、これからの学級のあり方について考えていく新連載です。

執筆/福島県公立小学校教諭・坂内智之

プロローグ

また朝が来た。教室のドアノブに手をかける私の掌が、わずかに汗ばんでいる。深呼吸をして、笑顔を作り、勇気を振り絞って教室の扉を開ける。途端に騒々しい声が廊下に溢れ出す。
「おはよう!」明るく声を投げかけても、返ってくる反応は薄い。教室は今日も騒がしい。大声で笑い合い、ふざけ合っているケンタたち。一方、教室の隅。ユカリは机に向かって俯いたまま。まるで自分の存在を消そうとするかのように、小さな背中を丸めている。ようやく全員が席に着いた――そう安堵した瞬間だった。
「うっせんだよ!クソが」突然の大声が教室を切り裂く。振り向くと、ケンタが隣のショウタを蹴り付けていた。表情は消え失せ、目はつり上がり、肩を震わせ興奮している。教室の空気が一瞬で凍りつく。他の子どもたちは、息を潜めたように静かになった。
「ケンタ、やめなさい!」必死に引き離そうとするが、彼の体は怒りで震えている。廊下に連れ出そうとしても、「放せ!クソ!」と叫び声は収まらない。私の腕をつかんで噛みついてくる。それでも必死に抱きとめる。腕には、前回噛まれた痣がまだ残っている。
職員室から駆けつけてきた教頭先生の足音。でも、ケンタの興奮は収まらない。むしろエスカレートしていく。そんなケンタを教頭先生はなんとか連れ出してくれた。

そして数時間後…

落ち着きを取り戻したケンタが教室に戻ってきた。
「ねぇ先生、次の授業何だっけ?」甘えた声で話しかけてくる彼の表情は、さっきまでの激しい怒りの痕跡を微塵も感じさせない。まるで別人のように穏やかで、むしろ人懐っこい。私の困惑をよそに、何事もなかったかのように笑顔を向け、しがみついてくる。その落差に、言葉が出ない。この子の心の中で、いったい何が起きているのだろう? なぜここまで感情が激しく揺れ動くのだろう? 胸の奥で疑問が渦を巻く。そして確実なのは、こんな毎日を過ごすケンタを核に、クラスがどんどん不安定になっていくということ。保護者からの電話は日に日に増えていく。トラブルの説明、謝罪、家庭での指導のお願い。それでも苦情は絶えない。「担任として力不足ではないですか」そんな厳しい言葉が耳に突き刺さる。保護者会の要求も届いた。担任の私とケンタの親を交えた話し合いを、と。もう限界だ。夜、布団の中で震える自分がいる。私にはケンタを止められない。クラスの子どもたちも、少しずつ壊れていく。明日、また教室のドアを開ける勇気が持てるだろうか。私はこれからどうすればいいんだろう…

みなさん、こんにちは。今月から12回に渡って愛着障害(アタッチメントの形成不足)の子どもと学級経営について連載することになりました福島県小学校教諭の坂内智之です。この連載を通して、愛着障害を抱える子どもの現状、愛着障害の理解、そしてそうした子どものいる学級の学級経営や荒れからの回復についてみなさんにお話しできればと考えています。どうぞよろしくお願いします。

さて、プロローグをお読みになって、息苦しさや恐怖を感じられた方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。中にはまるで自分の教室のようだと感じた方もおられるかもしれません。今、全国の教育現場では、こうした子どもの増加によって、学級経営はより困難なものとなっています。
私が小さな異変を感じ取ったのは今か10年ほど前になります。学級担任をしていたのですが、年々子どもが幼くなり、学級経営がしにくくなってきたなと感じ始めたのが最初の気づきです。小学校高学年の子が授業参観で「ママー」と声をあげ、クラスみんなの前で抱きついたり、学校の中で母と手を繋いで歩いたりするなど、今までそうした姿を見かけてこなかった私にとって、それはとても衝撃的であり、驚いたものです。
しかし、当時の僕はまだ、これらがこれから起こる大きな異変の始まりだとは気付いておりませんでした。子どもの異変にはっきりと気づいたのは次の小学校に転勤してからでした。そこではこれまで見たことがなかったような子どもたちの姿がありました。特に直近の5年はプロローグのような学級を担任として、毎年立て直し、学級の回復に努めてきた毎日でした。
この連載では、ここ10年間で携わった数多くの子どもたちを基に、その行動の因果をたどりながら、本連載のテーマとなる愛着の課題が、どのように子どもの姿となって現れているのかを明らかにしていきます。さらに集団を抱える学級担任として、こうした愛着への課題を抱える子どもに、どのように対処してきたのかをみなさんに紹介しながら、これからの時代の学級の経営の在り方について、考えていく場としていきたいと思います。

第1回となる今回は、僕が関わってきた気になる子どもたちの姿を、読者のみなさんと共有していきたいと思います。僕がこの10年間で関わることになった子どもたちの事例の一部です。「学校で暴力が増加している」「不登校が激増している」「いじめが増加している」という情報は、さまざまなメディアで紹介されていると思いますが、その生々しい実態の多くはベールに隠されたままです。現場最前線で見かける子どもたちの姿をみなさんにまずは知っていただきたいと思います。なお事例は、すべて仮名で、内容は個人が特定されないように、趣旨からは外れない範囲で改変していることをご理解ください。

リアルな10の事例

事例1「トイレのSOS – サキの見えない叫び声」

子どもからトイレが大変だと言われて行ってみると、個室の中にトイレットペーパーがいくつか投げ込まれていました。誰がやったのか分からなかったので、子どもを集めて「そんなことする心が心配だなぁ」「そういう方法で気持ちを解消しないほうがいいね」と言葉をかけて、ブレーキをかけたはずでした。ところがその後、ますます行動に拍車がかかります。その後も投げ込みは続き、ついには個室全体がひどく汚された状態になってしまいました。その時の状況から、どうやらサキらしいことが分かり、事情を聞いてみるとやはり予想通りでした。以前彼女からは、「親からひどいことを言われている」という訴えがあり、保護者を交えて調べてみたのですが、彼女の言う話と実情とは食い違うところも多くあり、様子を見ていたところでした。
また、「友達からひどいことを言われる」「暴力を受ける」という訴えも多く、授業や休み時間の様子を見たり、周りの子どもの話を聞いたりしましたが、深刻だと思えるような状況にはありません。何が彼女をそうさせたのだろうか…。

事例2「抱きつきたいハナ 大人を求める心の渇き」

ハナは、5年生の女の子。ちょっと幼い感じの子だけど、明るく元気がいい子。でも友達とのトラブルはとても多く、周りの女子とうまく関係を築けないところがあります。
そんなハナは、大人が大好き。男性女性に関わらず、学校中の先生によく抱きつきます。彼女が誰彼となく抱きつく姿を微笑ましく思う反面、なぜこの子は抱き付かないといられないのだろうと思い始めます。担任に聞いてみると、両親との関わりがうまくいっていないらしいことも分かりました。授業でも「私の彼氏がね」と、異性への興味が高いことが分かります。そうした話をすることも大好きです。当然、授業では集中できず、授業内でもトラブルが相次ぎます。

事例3「セイジの防衛壁- 挑発と嫌悪の裏側」

セイジは、僕が担任する前の年、数多くのトラブルを引き起こし続け、保護者が何度も学校に呼ばれ、管理職からも育て方や、言葉かけを見直すよう指導されてきた子どもです。学力はとても高く、理解も早い子ですが、そのあまりものトラブルの多さから、クラスの保護者からはクレームが続き、親が学校を休ませなければならないほど状態が悪化していました。僕が担任してからもしばらくは、周りの子に「ザコ」「クソ」「シネ」という言葉が絶えず、それを注意されるとわざと机の上に足を乗せて、挑発したり嫌な姿を見せようとしたりします。また、授業中に突然脈絡もなく前の担任のことを思い出し、怒り出すこともあります。嫌な思い出がフラッシュバックしているようです。

事例4「見えないアキカの表情- 前髪とマスクの向こう側」

アキカは顔が見えません。前髪を伸ばし、垂らしているので顔の表情がよく見えません。新型コロナの流行からはマスクも加わり、強制でなくなった今でもマスクを外せません。そんなアキコの周りには、同じように前髪を伸ばし、やはり顔を出さない友達が集まります。みんなで活動するようなことには消極的で、不満ばかり口にしています。学級での活動や児童会などの活動にも前向きではありません。担任はアキカが何を考えているのか、どんな気持ちでいるのか、その表情をとらえることができません。なぜ彼女は顔を隠すのだろうか、どうしたら顔を見せてくれるのかと悩みます。

事例5「ケンタの屁理屈 – 認められたい気持ちの裏返し」

ケンタもトラブルが多い子です。人を煽ったり馬鹿にしたりすることがよくあり、喧嘩になりがちです。トラブルがあると、一切自分の非は認めず、泣きながら相手が悪いのだと言い張ります。担任がトラブルの話を聞いて、どこが悪かったのかを一緒に辿ろうとしても、屁理屈で反論し、都合が悪くなってくると最後には口をきかなくなってしまいます。こうなると授業にも参加せず、拗ねた態度を取り続けます。「どうせみんな自分のことなんて分かってくれない」と不満を言い続けます。

事例6「豹変するシンジ – 教室を襲う怒りの嵐」

特別支援学級のシンジは2年生。支援学級では大問題を引き起こしています。シンジは、何かをきっかけに突然暴れ出します。その暴れ方は凄まじく、教室内は台風が過ぎ去ったかのように滅茶苦茶になります。すべての机は倒され、掲示物は破られ、教室内の道具はそこら中に散乱しています。
時には窓ガラスを拳で殴りつけます。まだ2年生の力なので割れませんでしたが、その殴り方は常に全力で、いつ大ケガをしてもおかしくありません。何かちょっとしたことをきっかけに豹変し、突然暴れます。数秒前までニコニコしていたのに、何かを思い出したかのように突然顔つきが豹変します。そうなると誰もシンジを止めることはできず、教室が滅茶苦茶になり、本人が落ち着くまで治りません。担任はシンジを抑え込むために身体を傷め、病院に通うことになりました。

事例7「閉じこもるユウキ – 暗いロッカーの中の叫び」

分科の授業で出会ったのは5年生のユウキ。夜遅くまでゲームをしている子どもであると担任からは情報を得ていました。また、親子関係にも課題があり、親子喧嘩の際には、エキサイトしてしまうと担任から聞いていました。学級の中ではトラブルが多く、頻繁に喧嘩を起こします。学力も低く、学習の課題に向き合うことにも苦手です。
そんなユウキは、トラブルが起こると掃除用具のロッカーに閉じこもります。暗く窮屈な空間であるはずなのに、時には数時間、そこから出てきません。担任は優しく声をかけますが、反応を返さず閉じこもります。朝、トラブルになったまま、お昼まで出てこないこともありました。
ある日、クラスの仲間とトラブルになった際には、胸元に噛みつきました。驚いたのはその傷で、歯の一本一本の跡がはっきりと見えるほど、強い力で噛みついていることが分かります。相手を噛みちぎるほどの強いその怒りはいったいどこから生まれてくるのだろうと考えこみました。

事例8「アキオの口寂しさ–消しゴムをかじる安心感」

アキオは授業中いつも何かを口の中に入れ、もぐもぐしています。その多くは消しゴムで、細かく噛みちぎってしまうので筆入れにはいつも消しゴムがありません。他にも様々なものをかじるので口の周りに色がついていることもよくあります。また、靴を履くのが苦手で、夏は裸足で歩いています。思うようにいかないと怒ったり、拗ねたりすることが多く、物事にうまく対応できません。
一方で友達にはとても優しく、みんなのために活動することも好きです。両親とは離れ、祖父母と一緒に暮らしています。なぜアキオは消しゴムをかじらないといられないのだろう。空になっているアキオの筆入れを眺めながら困惑しています。

事例9「ケイコの静かな悲鳴- 教室の中の居場所探し」

ケイコは学力も高く、落ち着いた女の子。でもトラブルの多いクラスの中で、恐怖や苦しさを感じています。表情を出しにくく、全ての気持ちを自分の中に押し込んでしまう、そんな感じの子どもです。授業中に大声を出したり騒いだりする子どものいる教室の中で、いつも我慢し、教室が落ち着くのを待っています。でも、その息苦しさから、学校に行くことが辛い日もあり、何度か休んでしまいました。クラスにいることがとても不安そうです。このまま休みが続いてしまうのではないかと、心配になってしまいます。

事例10「ソウスケの両極- 暴力と甘えの間」

ソウスケはクラスで大暴れしていた子です。友達へのイタズラや罵倒が止められず、トラブルが続いています。身の回りには持ち物が散乱し、片付けを指示しても、一切やりません。また友達へのトラブルに対し、相手が悪いから当然だと、自分の非を認めることは一切ありません。
これまで教師が複数体制で授業を進めていたものの、教師が彼の行動を力ずくで止めようとすると、キレて暴れ、廊下の掲示物などは破られてしまいます。否定的な言葉が少しでもあると、そこに強く反発します。
ところがしばらくすると、何事もなかったかのように、担任に抱きついたり腕を組んできたりして甘えてきます。特に大人との関わりが大好きで、学校内ではさまざまな先生に話しかけたり、ちょっかいを出したり、抱きついたりします。その落差に校内の先生方も戸惑っています。

最近は、3年生の段階で危機が訪れる

この10年間ほどで担任してきた子どもや、関わった子どもの中で気になる代表的な事例をあげてきました。誌面の都合で書けませんが、実際にはこの数倍、気になる子どもがいます。特に荒れているクラスでは、こうした子どもが複数、多いクラスでは半数もの子どもが何らかの気になる行動をしていることもあります。担任があの子に対応している間に、別の子どもが次々とトラブルを起こし、一日中対処に追われるなんてことも珍しくありません。特に小学校では3年生が大きな転換期となっており、市内では3年生の学級担任が苦戦しているという話をよく聞きます。僕が4年連続で4年生を担任することになったのは、3年生の時に子どもたちのトラブルが続発し、その収束のためでした。

こうした事例に挙げた子どもたちには共通点が一つあります。それは「感情で変動する」ということです。これは米澤好史氏(和歌山大学教育学部教授)の「やさしくわかる愛着障害」(ほんの森出版)で解説されている状況と一致します。僕のこれまでのクラスにも、発達障害を疑われる子どもがいましたが、発達障害を抱える子どもの行動は、場や状況によって変化しにくいものです。毎日同じようなところで困難さにぶつかるので、その解決策・対応策は見つけやすいといえます。
しかし、今回のテーマとなる「愛着」に課題を抱えていると思われる子どもは、状況や言葉によって感情の起伏が大きく、日々姿が変動し、一日の中でも極端な変動が起こります。
また、対応をさらに難しくしているのは、発達障害+愛着障害が複合している場合があることです。発達障害の特性があるために、愛着の課題を抱えて、問題行動がより強く発現する子どもも、また多くいるのです。ゆえに対処が難しく、プロローグの教師のように、こうした子どもたちに気を遣い、振り回され、時には戦い、そしてどんどん疲弊していくことになります。
近年ではこうした状況が学校の抱える大きな課題として教師を苦しめています。僕はこうした子どもたちと出会い、そして対峙し、立て直しを図ってきましたし、これを書いている今も担任として、子どもたちの対応に当たっています。
本連載ではそれらの経験から何が分かり、どのように解決してきたのかをみなさんに紹介できればと考えています。まず連載の前半では、なぜこのようなことが起こり、始まったのかについて分析をしていきます。そして、こうした子どもたちのいるクラスをどうやって立て直してきたのかを、この連載の中盤から後半にかけてご紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

次回は、文科省のデータを基に、今全国で何が起こっているのかを解説していきたいと思います。

坂内智之先生顔写真

坂内智之プロフィール
ばんない・ともゆき。1968年福島県生まれ。 東京学芸大学教育学部卒業。福島県公立小学校教諭。協働学習の授業実践家で「学びの共同体」から『学び合い』の授業を経て、20年以上にわたり、協働学習の授業実践を続ける。近年では「てつがく」を取り入れた授業実践を行う。 共著に『子どもの書く力が飛躍的に伸びる!学びのカリキュラム・マネジメント』(学事出版)、『放射線になんか、まけないぞ!』(太郞次郎社エディタス)がある。

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