UDLの授業でできることは何か|北海道教育大学・川俣智路先生講演@北の教育文化フェスティバル
2024年8月10日に札幌市で開催された「北の教育文化フェスティバル」での、川俣智路先生によるUDLについての講演の内容を2回に分けてお届けします。今回はその前半。UDL(Universal Design for Learning)の概要と考え方、重要性などについてお話いただきました。
取材・構成/村岡明
川俣智路(かわまた・ともみち)
北海道教育大学教職大学院准教授。北海道大学教育学部卒。2017年より現職。
現在の専門分野は、教育心理学, 臨床心理学, 特別支援教育。
「学びのユニバーサルデザイン(UDL)の枠組みによる、 主体的な学習者の育成」を主な研究テーマとしており、臨床心理学の立場から学校現場で子どもや保護者と関わっている。
目次
学びのユニバーサルデザイン(UDL)とは
UDL(Universal Design for Learning)は、アメリカの教育機関であるCAST(Center for Applied Special Technology)が提唱している学習環境デザインです。神経心理学的な観点から学習を以下の3つの要素で捉えています。
- 何を学習するか
- どのように学習するか(学習方略や方法)
- なぜ学習するか(感情的な部分)
これら3つがきちんと機能していることが、学習が成立するための前提となります。これらの要素のどこかに、あるいは複数の箇所につまずきがある場合、従来は学習者に適応を求めがちでした。UDLでは、学習環境の側を調整することで解決を図るアプローチを取ります。
例えば、視覚に障害のある参加者がいる授業を考えてみましょう。スクリーンに単語を示すだけの授業では、視覚に障害があると学べません。この場合、見ることでしか学べない方法に限定した学習環境デザインに問題があるとUDLでは考えます。学習環境デザインを工夫すれば、全員が参加できる授業が実現できるのです。
自律的な学習者の育成
UDLが目指すのは、単に全員が参加できる環境を作ることだけではありません。UDLのゴールは、学習者エージェンシー(学習者による学びの舵取り)であり、学習者が、目的と内省力をもち、効果的にリソースを活用し、戦略的に行動できることである。(原文:The goal of UDL is learner agency that is purposeful & reflective, resourceful & authentic, strategic & action-oriented.)つまり、自分で自分の学びの舵を取れる自律的な学習者の育成が最終目標です。
ですから教師は、「今やっていることが学習者を発達させることにつながっているかどうか」を常に考えることが重要です。この「学習者として発達する」という視点が、日本の学校や社会構造を変えていく上での重要なカギになります。
必要な情報や援助を加える
1976年、ブルーナーやウッドらは、より効果的な発達支援の方法を研究しました。複雑なブロックの組み立ての課題解決場面において、支援者(チューター)の関わりが子どもの問題解決にどう影響を与えるか、という興味深い研究を実施しました。この研究から「スキャフォールディング(Scaffolding:足場かけ)」という概念が提示されました。これは、学習者に対して課題解決に必要な情報や援助を加えることによる学習支援のことです。この研究ではスキャフォールディングのプロセスとして以下の6点が示されました。
- Recruitment, 興味を引きつける
- Reduction in degrees of freedom, 選択肢を提示し自由度を下げる
- Direction maintenance, ゴールを示し続ける
- Marking critical features, 自分の方略と成功する方略の違いに注目する
- Frustration Control, ストレスや葛藤をうまく調整できるよう助ける
- Demonstration, 解決できたときにその方法をモデル化してみる
学習環境の中に、調整可能な選択肢(オプション)を用意することが重要です。これは単なる選択肢の提供ではありません。
ある教師は、文章を書くのが苦手な児童に対して、紙に鉛筆で書く以外に音声入力やキーボード入力を提供したそうです。そうすると、意見の表出が前より容易にできるようになったことはもちろん、徐々に苦手だった書くことにもチャレンジするようになっていき、結果として書くこともできるようになってきたそうです。このように、学び方に「足場かけ」をすることは、単に別の方法でその課題ができるだけではなく、それを通じて子どもを発達させる促しにもなっているのです。
UDLがもたらす変化
UDLは単なる選択肢の提供ではありません。学習者の発達を促す包括的な理論的枠組みです。UDLは、全ての学習者が参加できる環境を作るだけでなく、より本質的な目標として学習者の発達を目指しています。
教師の役割
- 単なる情報提供者からチューターへの転換
- 適切なスキャフォールディングの提供
- 学習者の自律性を育む支援
学習環境のデザイン
- 事前に調整可能な選択肢の用意
- 明確な学習目標の設定
- 適切な難易度と自由度の調整
UDLは、日本の教育を変革していく上で重要な示唆を与えています。今後さらなる実践と研究の積み重ねが必要でしょう。教室においてしばしば、学習に参加できず自身と意欲を失い、まるで「電池のなくなったスマホを操作する」かのごとく、教室で途方に暮れる教師と子どもを目の当たりにしてきました。主体性を育てる支援は、ますます重要性を増していくと言えます。
(後半へ続く)