ギフテッドの子は、学校外での学びも必要としていた!~学校外リソースとの連携実践成功例~
2024年8月、日本で初開催されたギフテッドの国際会議「第18回アジア太平洋ギフテッド教育研究大会(APCG2024)」では2件の「最優秀口頭発表賞」と2件の「最優秀ポスター発表賞」が選ばれました。その中に日本人研究者の受賞者(最優秀賞ポスター発表賞)がいました。受賞理由の一つとして挙げられたのは、「学校と学校外の教育連携の重要性を提案する研究への評価」。
では、そのポスターでは、どのような教育連携についての研究が発表されていたのでしょうか? 受賞者である中村学園大学講師の新井しのぶ先生(地域公民館で科学教室を運営)と、福岡県公立小学校教諭の礒永港太先生にお話をうかがいました。
目次
「観察」から「探究」へ。そのきっかけとなった子供の発言とは?
新井 この研究の出発点は、地域の理科教育の勉強会で、ある公立小学校の校長先生と出会ったことです。その校長先生と私は、「子どもたちが探究的な理科教育に触れる機会を、ぜひつくりたい!」と、意気投合しました。
その結果早速、校長先生が地域の方に掛け合ってくださり、校区自治協議会・公民館・小学校PTAが後援する「公民館での科学教室」としてスタートしました。
新井 科学教室で扱う実験については、愛媛大学の隅田学教授が2010年からスタートされている「Kids Academia(以下参照)」で行われている内容を参考にしました。
子どもたちの「もっと」に応えるギフテッド教育
幼い頃より、身の回りの事物現象に強い関心を示したり、抽象的で創造的な思考を示したりする子どもは少なからず存在します。彼ら/彼女らは、通常学級での学習内容・指導方法では不適応を示し、学習困難に陥ることもあります。
英語では「才能児(gifted and talented children)」と呼ばれるような子どもだからといって完璧ではなく、その才能の開花には特別な支援を要します。才能を持つが故に通常の学校での教育に不適合を感じる子ども、才能と障害を併せ持つ子どももいます。Kids Academiaは、愛媛大学教育学部隅田学教授が、高度な知的/創造的能力や高い意欲を示したり、特定の学問分野に長けていたりする子どもの個性や能力を見いだし、伸張する学習プログラムを開発・実践するために、2010年にスタートさせました。(中略)一緒に子どもの才能の“種”を見つけ、開花を応援しましょう。
才能の”種”が見つかる 開花する
□もっと知りたい
KIDS ACADEMIAについてより抜粋
□もっと調べたい
□もっとできるようになりたい
□もっと伝えたい
科学教室で才能を発揮する女の子
ある日、新井先生は科学教室に来ていたある女の子(Aさん)に注目します。Aさんは、こんな子でした。
板書が苦手で授業に集中していないように見えた小学校4年生の女の子Aさん。学級の中では、引っ込み思案で口数が少ない子供です。けれども彼女は、「学校外で開催されている科学教室」では楽しそうに活動しています。
Aさんの活動エピソードをご紹介しましょう。
オナモミの観察
新井 オナモミの種子は、動物の毛などにくっ付いて、より遠くに運ばれることを目的とした形状になっています。そのため、種子の表面に生えている毛の先端が曲がっていることを、顕微鏡を使って観察します。当初、子どもたちの探究場面はここで終わりの予定だったのですが、Aさんはこう言いました。
先生、これが種だっていうけれど、どこが種なの? 中がどうなっているのか、見てみたい!
新井 それまでの科学教室では、顕微鏡を使って「種子の形状」の確認はしていたものの、「中に本当に種があるのか?」という「問い」は誰も持っていませんでした。Aさんの問いかけをきっかけにして、種子をハサミで切って中を見てみたところ、種子のサイズに、「大きいもの」と「小さいもの」があることがわかったんです。
どうして、種のサイズに違いがあるんだろう?
新井 子どもたちからそんな疑問が生まれて、みんなで話合いを楽しみました。私も種のサイズに大小があることは知らず、Aさんの発言で「観察」から、一気に「探究」へと発展しました。
松ぼっくりの観察
新井 マツの種子には羽のようなものが付いています。その羽を使ってクルクルと回りながら風に乗り、より遠くへと種子を運ぶことができます。「羽を使ってクルクル回りながら落ちる」ことを確認するために、「松ぼっくりから種子を取り出し、落としてみる」という観察をします。ここでもAさんは、以下のような発言をしました。
先生、外だと風が吹いているよね? 風があっても、本当にこの飛び方をするの?
新井 「確かに!」ということになり、公民館に扇風機があったので取り出してきて、扇風機で風をつくって飛ばしてみたところ、風がない時よりも遠くへ飛んだんです。
やっぱり風に乗りやすいようにできているんだね!
新井 「本当にそうだね!」と、みんなで納得したんです。こんなふうに彼女が独自の視点で事象を捉えてポンポン発言してくれるので、観察が「学習指導要領で示されていることを確認するための作業」ではなく、自然と「探究」になっていったんです。
「この子、ギフテッドかも?」と思ったら……。
新井 Aさんの発言や行動を見ていて「あれ? この子、何か光るものがある!」と感じました。そこで、文部科学省の「ギフテッド」研修用YouTube(下記参照)で、ギフテッドの行動特徴のリストを確認してみました。
先生方からのニーズが高い「どんな子が、ギフテッドなのか?」という問いに答えるため、ギフテッドの行動特徴のリストが示されています(以下の図表参照)。
勤務校に「ギフテッド」が入学してくる! 教職員チームは、まず何をすべきか?
↓ ギフテッドの行動特徴の例
↓ 学習時におけるギフテッドの行動特徴の例(国語・社会・数学)
↓ 学習時におけるギフテッドの行動特徴の例(理科)
新井 Aさんの「人とは異なる自分の考えや、やり方を気にせずに発表する」「失敗を気にせず、思い切った観察・実験をする」「人とは異なるユニークな事柄に関心を示す」といった行動は、広く知られている才能行動と重なる部分があることに気が付きました。
担任の先生が驚く! ⇒ 教育連携へ
「シンプルに驚いた」と担任
ここからは、Aさんの担任である礒永港太先生も交えてお話をうかがいます。
ー 科学教室でのAさんをご覧になって、どうお感じになりましたか?
礒永 キッズアカデミアの初日、様子を見に行ってみたんです。Aさんが下の年齢の子供をリードしながら生き生きと活動している様子は、教室の姿とは全く別人でした。そして思ったんです。
Aさんの本来の姿は、これなのか!
礒永 キッズアカデミアでの姿を見るまでは、恥ずかしながらAさんのことを特別支援の視点からしか捉えていませんでした。つまり「学校の活動をする上で、大丈夫だろうか? どんな支援が必要なのか?」といった視点です。
新井 私は私で、学校でのAさんの姿を知らないので「ええっ!? 学校ではそうなんですか?」という驚きがありました。礒永先生と私が見ているAさんは、全く違いました。そして「これって、これまで私がイメージしていた2e(※)の子供の特性とはちょっと違うのでは?」と思ったんです。
※ 2e(ツー・イー)とは英語のtwice-exceptional(二重に特別な)の略称で、才能と学習困難を併せ持つ子のことを指します。
「困難さ」や「才能」の出現は周りの状況に大きく依存する
ー 2e(※)の子供の特性とはちょっと違うとは?
新井 「困難さ」と「才能」は常に併存しているわけではなく、「困難さ」や「才能」の出現は周りの状況に大きく依存すると考えました。
シンプルワンペーパーを使った支援
新井 教室でも、才能が出現しやすいようなサポートがあれば、本人が楽だと思うのです。そこで、礒永先生と「シンプルワンペーパー」を使って、Aさんの情報を共有することにしました。
シンプルワンペーパーとは、子供の特性を整理・共有するために、児童生徒のプロファイル・シートをまとめた1枚の紙のことです。
↓ シンプルワンペーパー 例
シンプルワンペーパーは、文字通り「1枚の紙」だけで完結しているところがミソです
↓シンプルワンペーパーは文部科学省のHPからダウンロードが可能
令和5年度 特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業について
シンプルワンペーパーを使い、新井先生と情報を共有した礒永先生は、こう言います。
情報を言語化して整理したことで、私のAさんへの関わり方が変化しました
ー どんな変化があったのですか?
礒永 Aさんは作文が苦手で、授業中に筆が止まってしまうことがよくありました。けれども、例えば作文で彼女が選んだ題材(地球の砂漠化)について、「どうして砂漠化が起きるんだろうね?」と理科的な視点で話を振ってみると、どんどん話が溢れ出すんです。
羊が草を食べてね、そうすると‥‥
そういったところから書いてみたらいいんじゃない?
礒永 こんな風に、具体的なアドバイスができるんです。「頑張って作文を書きなさい」という、通り一遍の指導ではなく、「彼女の得意分野からアプローチすればいいんだ」と、Aさんへの支援の手札が増えました。
担任としての実感は?
礒永 2eについての研修用YouTube(下記参照)も見ました。
才能と学習困難を併せ持つ、2e(ツー・イー)の子供の「強み」を伸ばす声かけとは?
礒永 「凹んでいる部分を強みで埋める」ということは、頭では理解したつもりです。けれども、正直に言えば、いきなり全てを変化させるのは難しいですね‥‥‥。たとえば計算ドリルの宿題について、つい「ちゃんとやろうね」と指導してしまうなど、私が考えを変え切れていない部分もあります。
ー 「思春期の女の子」と「男性の先生」の関係には、難しい面もありますよね?
礒永 そうですね。でも、「Aさんは理科が好きなんだ」と知ることができたことで、Aさんとの会話のキャッチボールがそれ以前より弾むようになりました。彼女は、自分が興味を持っていることについては、とにかく楽しそうに話すんです。
新井 礒永先生がAさんの新たな一面を知ったことで、先生の心の中にAさんの居場所ができたんだと思いました。「”好き”が見つかることが、こんなにも居場所づくりに繋がるんだ!」と実感しました。
これまでは「科学が楽しいということを伝えたい!」という気持ちで科学教室を運営してきましたが、「子どもたちの居場所づくりのお手伝いがしたい!」という別の使命感が生まれました。
今回の事例では、立場が異なる大人同士が繋がり、子どもの情報を共有することで、担任の先生だけでは気付けなかったその子の強みがわかり、共有されました。学校と学校外の教育活動が連携することにより子供の才能が見出され、授業に活かされるようになる好例ではないでしょうか?
新井しのぶ(あらい・しのぶ) 中村学園大学講師
専門は分子生物学、幼児科学教育など。子どもが自発的に学ぶための科学教育の活動および研究を行っている。幼児・児童のための科学教室の実施、物語と共に天体を学べる科学絵本を上梓(三恵社「お月みまでの7にちかん」「夏の大三角形のひみつ」)するなど、幅広く活動している。
礒永港太(いそなが・こうた)福岡市立小学校教諭
教員15年目。2児の父。趣味は休日のゲーム。SSTAの福岡南支部(※)で、理科の実践研究に取り組んでいる。最近の関心事は、理科における単元内自由進度学習。※ 新たな理科教育の授業モデルである「知識伝達・事例化モデル」を基本に、授業実践を重ねるグループ。HPは、コチラ。
取材・文 / 楢戸ひかる(ならと・ひかる)
ライター。「ギフテッド」や「学校に行かない選択をした子供たちのためのフリースクール」取材を通じて、「新しい学びの選択肢」や「教育活動の連携」を探究している。自身のサイト「主婦er」内に「ギフテッド関連記事のリンク集」がある。
イラスト/黒川清作