トップダウンではなくボトムアップの提案をするための戦略|校長なら押さえておきたい12のメソッド #10
新任や経験の浅い校長先生に向けて、学校経営術についての12の提言(月1回公開、全12回)。校長として最低限押さえておくべきポイントを、俵原正仁先生がユーモアを交えて解説します。第10回は、管理職からのやらされ感を減らし、教職員のやる気がアップする「ボトムアップ」の提案を実現させるためのテクニックを伝授します。
執筆/兵庫県公立小学校校長・俵原正仁
目次
3年連続の研究指定!……ということは、来年も?
初めて、校長として赴任したその年、全学年授業公開という形でICT利活用の研究発表会を行いました。市内だけでなく阪神間や他府県から300名弱の先生方に参加していただき、盛況のうちに幕を閉じることができました。公開授業や研究発表に対するアンケートも好評、たくさんの学びがあったという振り返りも多く、関わった多くの先生方が達成感、満足感を得ることができた1日でした。
ただ、この日に向けて本校職員がかけたエネルギーは相当なものでした。実は、私が赴任する前の年も、この年ほどの規模ではないものの同様のテーマで授業公開を伴う研究発表会を行っていました。この新しい赴任校は、県から3年間ICT利活用による教育の質の向上支援事業の指定を受けていたのです。ということは、次年度が3年目。
つまり、研究指定はまだ続くということです。
指定を受けることで、加配教員が配置されたり、ICT機器について優先的に充実させてもらえたりするなどのメリットもあり、職員から指定を受けることに対して表立って反対の声が聞こえることはありません。ただ、今年から関わっている私でさえ、来年もこれが続くのは、正直しんどいなぁと感じました。そこで、改めて研究指定校の要項を熟読しました。「楽をしたい、なんとか抜け道はないか」という姑息な考えからです。そして、私は、次の一文を見つけました。
「推進校は研究発表を行い、他校への啓発を図る。」
これはいけるかもしれない……そう感じた私は、放課後、授業研究推進担当の先生に話しかけることにしました。
3年連続、授業を公開するのってしんどいよね
「推進校は研究発表を行い、他校への啓発を図る。」
この一文を素直に読めば、「研究を行い、研究成果を発表することで他校へ周知・啓発することができればいい」ということになります。この文中のどこにも、「必ず授業公開を行うこと」とは書かれていません。言い換えれば、「発表の形式は、授業公開という形を取らなくてもいい」と読み取ることができます。(もしかしたら、暗黙の了解的に行間に書かれていたのかもしれませんが、そこはあえて読み取りませんでした。)
そこで、ある日の放課後、授業研究推進担当の先生に、何気ない世間話をするようなテンションで次のように話しかけることにしました。
俵原「3年連続、授業を公開するのってしんどいよね」
担当教員「えっ、まぁ、そうですね」
降ってわいたような校長のネガティブ発言に戸惑いの表情を浮かべながら、彼も同意しました。
俵原「ということで、授業公開をしない方法を見つけたんだけど、聞いてくれる?」
彼の表情が変ります。
担当教員「そんな方法があるんですか?」
俵原「研究指定の要項をもう一度見てみたら、『推進校は研究発表を行い、他校への啓発を図る』って書いているけど、この文のどこにも『公開授業を行う』とは書かれてないんよ。要するに、研究発表をして、他の学校の先生に知らせることができればいいということやろ」
担当教員「まぁ、そうですが……」
俵原「もちろん、何かはしないといけないけど、公開授業に代わるものをすれば、多分、大丈夫だと思う」
そこで、私が提案したのは、セミナー形式の研究発表会です。公開授業を行うのではなく、ICT利活用とプログラミング教育の二つの分科会を開き、そこで本校の研究成果を発表しつつ参加者相手に模擬授業を行い、実際にICT機器の使い方やプログラミングの授業を体験してもらうという形で研究発表会を行ってはどうかというものです。
一方的に研究成果を伝えるだけでなく、模擬授業を行い実際に参加者に体験してもらうという付加価値をつけたのです。これなら新しい試みとして、上から文句を言われることはないだろうという計算がありました。ちなみに、模擬授業などは、全て本校の先生方が行います。
俵原「このセミナー形式なら、『研究発表を行い、他校への啓発を図る』という点もクリアできるし、授業公開をしないので、子供のいない夏休みに開催することもできると思うんだけれど」
担当教員「それ、面白そうですね」
この提案に彼は食いついてきました。
この時、私が意識したのは決してトップダウン的な提案にならないことでした。実際に、研究発表会を行うのは先生方です。今回のような新しい動きをする場合、多くの先生方が納得した上で行った方が、いいに決まっています。そこで、賛同してくれた授業推進の担当から提案してもらうことにしました。
俵原「でも、このパターンは初めて行うので、勝手が分かっている従来通りの方がいいという意見があるかもしれません。だから、A案、B案という形で、今度の推進委員会で提案してくれないかな」
彼は二つ返事で引き受けてくれました。
かくして、次年度の夏休みに開催した新しい形の研究発表会も、大盛況のうちに幕を閉じたのでした。
トップダウンではなくボトムアップ風にする戦略
今回のような「公開授業ではなくセミナー形式で研究成果を発表する」という内容なら、校長が職員会議でいきなり提案しても、授業を公開することに疲れた先生方から反対されることはまずないと思います。
ただ、そうは言っても、トップダウンの提案にはどうしてもやらされ感がつきまといます。そして、やらされ感は多いより少ない方がいいに決まっています。どうせ行うのなら、意欲的に自主的に取り組んだ方が自分たちの力にもなります。できることなら、トップダウン的な提案はやめたいと思っていました。
そこで、まず授業推進担当の彼に声をかけたということです。
実を言えば、今回の事例は原案を校長が出しているので、厳密に言えばボトムアップではないのですが、ボトムアップ風にするために、私が意識して使った戦略がいくつかあります。順を追って、説明します。
ある日の放課後、授業研究推進の担当の先生に、
【戦略1】
何気ない世間話をするようなテンションで話しかける。
ポイントは、「世間話をするようなテンション」です。気楽な雰囲気を漂わせます。改まった感じが強く出てしまうと、相手もそれなりの壁を作って聞くことになります。そのような壁があると、素直に賛成や反対の意思表示がしにくくなります。この場では、率直な本音を聞くことが一番の目的です。ここで本音が聞けないと、たとえ賛成意見をもらったとしても、忖度度マシマシの形だけのボトムアップになってしまいます。
万が一、「いや、別にしんどくないですよ」という答えが返ってきても、「そうなん。すごいな……」とほめて、従来通りの研究会をすればいいだけです。しんどいと感じているのは管理職だけで、職員がそう思っていないのであれば、それはそれでOKです。
ただ、この提案には絶対乗ってくるという確信がありました。というのも、先生方にはそれだけのメリットがあるからです。そのメリットをしっかり伝えることが、二つ目の戦略になります。
【戦略2】
授業公開をしないので、夏休みに開催することもできる
どんなに力量のある先生でも授業を公開することにはある程度プレッシャーがかかります。当然、子供にもプレッシャーがかかります。そのプレッシャーをいい方向に転化することできればいいのですが、誰にでもできることではありません。さらに、指導案も書かなければいけません。教室環境を気にする人もいるでしょう。とにかく多くのエネルギーが必要になってきます。
もちろん、セミナー形式の研究発表会なら簡単にできるということではありません。ただ、子供を絡めることなく教師だけで完結する話ですので、授業公開に比べると楽にできそうだというイメージを多くの先生がもつはずです。さらに、夏休み開催となれば、日々の授業への影響はかなり小さくなります。
そして、予想通り、乗り気な反応が返ってきたら、次は、具体的なイメージを伝えます。提案する先生が、具体的なイメージをもっていないと話をすることができないからです。
「模擬授業などは、全て本校の先生方が行います。」……この点を押さえた上で、ここからは彼といっしょに必要な担当を考えていきました。最初に私が考えていたのは、参加者の前に出るのは、二つの分科会ごとに、本校の実践発表をする先生とその内容の模擬授業をする先生の4名で、後の先生方は、受付や掲示物作成などのスタッフ的な仕事をするというものでした。
ところが、話を進めているうちに、参加者の中には初めて触るソフトに戸惑う先生がいるかもしれないから、4人の参加者につき本校の先生が1人アシスタントとしてつくことにしてはどうかということになりました。確かに一理あります。この案は採用されました。そのことにより、職員のほぼ全員が参加者の前に出ることになったのです。
公開授業という形の場合、どうしても授業を公開する先生とそうでない先生との温度差ができるのですが、セミナー形式をとったために、ほとんどの先生方が主体的に取り組まなければいけない立ち位置につくことになりました。その結果、先生方は、日常の実践にもより主体的意欲的に取り組むようになっていきました。自分自身がしっかりと理解して、実践を行うことができていなければ、参加された先生方に講師やアシスタントとして話をしたり、接したりすることができないからです。これは、嬉しい副産物でした。
【戦略3】
A案、B案という形で、今度の推進委員会で提案してくれないかな
この【戦略3】が、ボトムアップ風に感じさせる最大のポイントになります。
「二択にして、決定権を先生方に預ける」ということです。
心理テクニックの一つに、「選択話法(ダブルバインド、二者択一法)」というものがあります。これは、二つの選択肢を提示してどちらかを選んでもらうことで、相手から「NO」を言わせなくする心理テクニックのことです。
この時の状況では、研究発表会を行うことに対して今更NOと言われることはないのですが、「次年度は、セミナー方式で行います」という一択の提案よりも、従来のやり方をA案として提案することで、どちらを選ぶにしても研究会を行わなければいけないという気持ちは強くなります。
そして、その上で最終決定権を先生方に預けるのです。
トップダウンでさせられるのではなく、最終的に自分たちで決めた方法です。自己決定をすることでやる気が増すのは子供も大人も同じです。実際に、セミナー形式を選択した先生方は、意欲的に研究発表会の準備、そして、当日の運営に取り組んでくれました。
私としては、先生方が少しでも前向きに取り組んでくれれば、どちらに決まろうがNO問題でしたので、二択にすることには何のデメリットもありません。ウィンウィンで、めでたしめでたしでした。
俵原正仁(たわらはら・まさひと)●兵庫県公立小学校校長。座右の銘は、「ゴールはハッピーエンドに決まっている」。著書に『プロ教師のクラスがうまくいく「叱らない」指導術 』(学陽書房)、『なぜかクラスがうまくいく教師のちょっとした習慣』(学陽書房)、『スペシャリスト直伝! 全員をひきつける「話し方」の極意 』(明治図書出版)など多数。
俵原正仁先生執筆!校長におすすめの講話文例集↓
【俵原正仁先生の著書】
プロ教師のクラスがうまくいく「叱らない」指導術(学陽書房)
スペシャリスト直伝! 全員をひきつける「話し方」の極意(明治図書出版)
管理職のためのZ世代の育て方(明治図書出版)
イラスト/イラストAC