ウェルビーイングを学校でつくる! ~SDGsの授業プラン #38 「ウェルビーイング」に向けたインクルーシブな学びの場|郡司竜平 先生

連載
ウェルビーイングを学校でつくる! ~カリキュラム・マネジメントで進めるSDGsの授業プラン~
関連タグ

北海道公立小学校教諭

藤原友和
ウェルビーイングを学校でつくる! ~SDGsの授業プラン #38
バナー

本連載では最終回(♯39)に向け、SDGsの各ゴールからはあえて離れ、よりメタレベルの視点での提案をお届けしていきます。今回は、SDGsを学ぶ場を「いかにインクルーシブなものにしていくか」についての提案。ご執筆は名寄市立大学の郡司竜平准教授です。

執筆/名寄市立大学保健福祉学部社会保育学科准教授・郡司竜平
編集委員/北海道公立小学校教諭・藤原友和

1 はじめに

みなさん、こんにちは。北国の公立大学で特別支援教育を担当している郡司竜平と申します。大学での教員生活は3年目を迎えました。現在は保育を学ぶ学生さんたちと共に学ぶ日々を送っています。
さて、このたび藤原先生がスタートさせたリレー連載にご縁があり末席に加えていただきました。
正直、非常に難しいテーマではありますが、私なりに考えてみたことを整理し、このテーマをみなさんと一緒に考えるきっかけにしていただければと考えています。お時間が許せばぜひ最後までお付き合いください。

2 テーマを紐解く

与えられたテーマは「『ウェルビーイング』に向けたインクルーシブな学びの場」です。
「インクルーシブな学びの場」。直感的に藤原先生にやられたなと思いました。なぜか。
それは、「インクルーシブ教育」でもなく、「インクルーシブ教育システム」でもなく、「インクルーシブな学びの場」なのです。藤原先生は私に「あなたが考えるインクルーシブな学びの場とは何ぞや?」と問うているのです。ここを丁寧に整理し、その上で「インクルーシブな学びの場」について少しでも具体を示し、それが「ウェルビーイング」に向けたものになるのか、なっているのかを検討することを求められているわけです。

ここを読まれている多くの方は学校の先生やもしくは教育関係の方だと思います。であるならば、まずは文部科学省が進めている「インクルーシブ教育システム」が頭の中にすぐに思い浮かぶはずです。これは、障害者の権利に関する条約による「障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組み」が共生社会の形成に向けて重要な理念だと考え、そのシステムを構築するために特別支援教育を推進していくことが求められています。
荒川(2021)はこのシステムを「障害に限定した非常に視野の狭いものであるといえる。『インクルーシブ』と言いつつ、その具体的施策はむしろ、既存の教育組織を前提とした統合に近いもの」*1と指摘しています。どうも今回求めている「インクルーシブな学びの場」とは違うもののようです。
では、「インクルーシブ教育」はどうでしょうか。インクルージョン研究者である野口晃菜さんは、2005年にユネスコから出されているガイドラインでの定義をもとにし、以下のように定義しています2(野口、2022)。

インクルーシブ教育は、多様な子どもたちがいることを前提とし、その多様な子どもたち(排除されやすい子どもたちを含む)の教育を受ける権利を地域の学校で保障するために、教育システムそのものを改革していくプロセス

(野口、2022)

とし、4つのポイントに整理しています。

インクルーシブ教育の土台は「教育を受ける権利」
子どもたちは多様であることを前提とすること
子どもに合わせて教育システムそのものを改革すること
インクルーシブ教育はプロセスであること

現時点では、私個人の現状認識と合致する定義だと考えています。この定義をベースとし、地域の学校、学校での教育だけに留まらず、生涯にわたり学び続けることができる場が「インクルーシブな学びの場」であると私は整理しました。

*1 荒川(2021)SDGsとインクルージョン、茨城大学全学教職センター研究報告
*2 野口晃菜・喜多一馬編著(2022)差別のない社会をつくるインクルーシブ教育、学事出版

3 思い浮かんだ学びの場

テーマを自分なりに紐解きながら頭に思い浮かんでいたのは、石川晋さんが中学校、通常の学級で取り組まれていた「ライティング・ワークショップ」(以下、WW)*3 *4 の時間です。WWは「子どもたち一人ひとりが自分で書く題材を決め、書く場所を決め、書く方法を決め、書く規模や時間を決めて、書きつづける」という「子どもたちが本物の『作家』になるという体験」をする場です。
ここまでだと「一人ひとりが題材を決め文章を書く」、国語の時間によく見られるような作文の時間かと思われます。しかし、ここからが違うのです。活動はその最中に仲間と自由に話し合ったり読み合ったりしながら進み、それも場所を問わず、校内のあらゆる場所で続くのです。
時には「一時間いっぱい校内のあちこちをさまよう生徒もいる」のです(そもそも晋さんの自教室内でも迷いそうですが)。これ自体も「自分にあった場所をみつけるというのは簡単ではない」と考える晋さんによって保証されています。
また、絵文字の使用の可否を問うてきた生徒には「きみの選んだ表現だから」と認めています。
窓辺のベンチで執筆している生徒二人とのカンファランスでは、一般的な先生であるならば執筆の技術や内容を具体的に指導したくなるところかもしれません。しかしここでも晋さんは「せっかく二人で座っているんだから、相談してみてもいいよね」と伝え、カメラ片手にじっと黙って撮影し続けるだけなのです。 晋さんはこの学習をインクルーシブな学びの場として設定しているわけではないのだろうと思います。しかし、「公立学校というぎちぎちの枠組みの中で、何をどのように学ぶかを子どもたちが選択できるようにしていくことで、子どもたちの思考は逡巡しつつもどんどん広がり深まっていく」と考える晋さんの取組を野口さんの定義と照らし合わせると、そこにはまさしく私がイメージしている学びの場が浮かび上がってくるのです。
この学びをベースとして育った子どもたちが学校という枠組みから飛び出し、自分たちで学びの場を形成するとき、そこはインクルーシブな学びの場になっているのだと想像します。

*3 石川 晋(2016)学校でしなやかに生きるということ、フェミックス、58-62を中心に
*4 
石川 晋(2019)学校とゆるやかに伴走するということ、フェミックス、27-30.

4 ウェルビーイングに向けて

ではこの「インクルーシブな学びの場」がウェルビーイングへ向けてどのようにつながっていくのでしょうか。
ヒントになりそうなのは、アマルティア・センが提唱した「ケイパビリティ・アプローチ(潜在能力*5アプローチ)*6」です。これは、人々の幸福を所得や資産や富だけで評価するのではなく、人々がもつ「能力」や「自由」を重視するアプローチです。人々がもつ「能力」(スキル、知識、健康、自由)を評価の観点とし、これらを向上させることで人々の生活の質や幸福度があがり、持続可能な発展の実現に貢献していくという考えです。

*5 アマルティア・セン、池本幸生他訳(1999)不平等の再検討、岩波書店
訳者まえがきにおいて、『「潜在能力」はcapabilityの訳である。日本語の「潜在能力」とセンが使うcapabilityにはかなりズレがあるように思われる。しかし、センのcapabilityに対応するようなピッタリした訳語がなく、また、この言葉が訳として広まっているいるために、この翻訳でも「潜在能力」という訳語を用いることにする』、としていることに注意が必要である。
*6 【センのケイパビリティとは】議論のポイント・注意点をわかりやすく解説

【図】ケイパビリティと財、自由の関係(中村隆文『リベラリズムの系譜学』を参考に作成)

図で示した社会における人々の「自由」とは、その一人ひとりがもつ「財」の機能と一人ひとりがもつ「財を活用する教養、知識、健康状態などの要素」によって決定されるというのがセンの考えです。
財の機能がケイパビリティによって発揮されることで行動や選択の幅が拡がっていき、公平になると考えます。このプロセスでは、ケイパビリティが小さいほど財を活用することができずに、結果として受け取れる自由の幅も小さくなってしまいます。「財」として教育を受ける権利を持っているだけでは十分な教育を受けることにはつながらないのです。
多様であることが認められ、家庭環境によらず健康状態が保たれ、どの子の学びも保証されるケイパビリティがある必要があります。
その結果として、公平な教育を受け取ることができるのです。受け取った上でどうするかは一人ひとりの選択となります。一人ひとりが受け取れる選択肢を増やし、自己実現していくために自由に選択することができることこそが大切なのです。
一人ひとりが社会の一員として豊かな生活を送る上で、所得や資産といった経済的な豊かさを求めるだけではなく、自己を認められ、自由な生き方を追求できる社会を実現するための重要なプロセスの一つとして、「インクルーシブな学びの場」が機能することが求められているのではないだろうかと考えます。

5 今後の連載について

最後までお読みいただきありがとうございました。みなさんが「インクルーシブ」について何か一つ考えるきっかけになっていれば嬉しいかぎりです。
さて、この連載もいよいよ次回で最終回となります。最後はもちろんこの方、渡辺道治さんです。テーマは「『世界を見てきた目で』SDGsの授業をつくる」です。
渡辺さんの目にSDGsを授業化する取組はどのように映り、どのように解釈し、子どもたちに何を伝えていくのでしょうか。

【引用・参考文献】
ラニ・フロリアン編著/倉石一郎他訳(2023)インクルーシブ教育ハンドブック、北大路書房、450-502.主に第21、22章を参照
文部科学省(2018)『小学校学習指導要領(平成28年告示)』、東洋館出版社
ピーター・ミットラー著/山口 薫訳(2002)インクルージョン教育への道、東京大学出版会
アマルティア・セン著/石塚雅彦訳(2000)自由と経済開発、日本経済新聞出版社
アマルティア・セン著/池本幸生他訳(1999)不平等の再検討、岩波書店
石川 晋(2016)学校でしなやかに生きるということ、フェミックス
石川 晋(2019)学校とゆるやかに伴走するということ、フェミックス
藤川大祐編著(2017)インクルーシブ教育を実践する! 授業づくりネットワークNo.25(通巻333号)、学事出版
野口晃菜・喜多一馬編著(2022)差別のない社会をつくるインクルーシブ教育、学事出版
早瀬博典(2022)アメリカ社会科におけるインクルージョンの位置づけ─ケイパビリティ
アプローチとインクルーシブ社会科論を手がかりに─中等社会科教育研究40巻、中等社会科教育学会、25-33.
宮崎直男編著(1982)自閉児のいる学級経営、日本文化科学社(1980年代のいわゆる通常の学級に自閉症児が在籍している状況でどのような学級経営がなされていたのかを検討した)

この連載は、毎週木曜日のAM6:00に公開します。どうぞお楽しみに!

学校の先生に役立つ情報を毎日配信中!

クリックして最新記事をチェック!
連載
ウェルビーイングを学校でつくる! ~カリキュラム・マネジメントで進めるSDGsの授業プラン~
関連タグ

授業改善の記事一覧

雑誌『教育技術』各誌は刊行終了しました