ウェルビーイングを学校でつくる! ~SDGsの授業プラン #20 「Goal 10 人や国の不平等をなくそう」を学ぶ授業|岩田慶子 先生
全国各地の気鋭の実践者たちが、SDGsの目標に沿った授業実践例を公開し、子どもたちの未来のウェルビーイングをつくるための提案を行うリレー連載。今回は兵庫県の岩田慶子先生による、「人や国の不平等をなくそう」を学ぶ授業実践報告です。
執筆/兵庫県公立中学校教諭・岩田慶子
編集委員/北海道公立小学校教諭・藤原友和
目次
1 はじめに
I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character.
I have a dream today!
I have a dream that one day, little black boys and black girls will be able to join hands with little white boys and white girls as sisters and brothers.
I have a dream today!
私には夢がある。いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色ではなく、人格の中身によって評価される国で暮らすという夢が。
今、私には夢がある!
私には夢がある。いつの日か、黒人の少年少女が白人の少年少女と兄弟姉妹として手を取り合うようになるという夢が。
私には今、夢があるんだ!
SDGsが提唱されるはるか前に、このような崇高な理念を掲げ、多くの民衆が集まる前で自分の言葉を紡ぎ、スピーチをしたキング牧師。上に挙げた英文はそのスピーチの一部分で、中学3年生の英語の教科書に載っています。
私は、このスピーチ文と、SDGs Goal 10「人や国の不平等をなくそう」とを結び付けました。
そして、生徒たちがこのゴールの達成を「自分事」として捉えて考え、その考えを表現できるようにと実践をしました。
2 SDGs Goal 10についての解説
⑴ SDGs Goal 10のターゲット(「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」(外務省仮訳)より)
●10.2 2030年までに、年齢、性別、障害、人種、民族、出自、宗教、あるいは経済的地位その他の状況に関わりなく、すべての人々の能力強化及び社会的、経済的及び政治的な包含を促進する。
●10.3 差別的な法律、政策及び慣行の撤廃、ならびに適切な関連法規、政策、行動の促進などを通じて、機会均等を確保し、成果の不平等を是正する。
今回、この執筆を通じてGoal 10のことを学び直すと、新たな発見がありました。それは、「人や国の不平等」のうち、「差別を撤廃する」ということに関するターゲットは10項目中2項目であるということです。つまり、差別撤廃以外にも、被差別者の所得を上げること、貿易による不利益がないことなど、経済面での具体的な目標が上がっているということです。
このような全体像を踏まえた上で、差別撤廃を実現するために、どのような具体的行動が中学生に望まれるでしょうか。
⑵ OECD「グローバル・コンピテンス」とGoal 10の共通点
2000年に始まったOECDのPISAは、Reading Literacy(日本では読解力と訳されている)、Mathematical Literacy(数学的リテラシー)、Scientific Literacy(科学的リテラシー)の三つを中心にして、ほぼ義務教育段階後の生徒のリテラシー(コンピテンシーの中核となるもの)を測定し、参加国の教育制度・政策を評価しようとしているものです。
3年ごとに行われていますが、直近は7回目にあたる2018年で、この3つのリテラシーに加えてGlobal competenceが入っていました。
このグローバル・コンピテンスでは、「学び解決すべき不平等や不公平の存在に気づく」「公平で美しく、平和で持続可能な世界を思い描く」ということの大切さを訴えています。つまり、義務教育段階において、不平等や不公平の解決に向け主体的に学び、公平で平和な世界の実現に向けた解決策を考えることができるような子どもたちを育てることが必要であるということです。
そのために、私たち教師にできることは何でしょうか。外国語(英語)の実践を例に、考えてみましょう。
3 授業の実践
⑴ 対象学年 中学校3年
⑵ 教科及び領域 外国語(英語)“I Have a Dream”
⑶ 単元の目標 人種差別撤廃の歴史を知り、キング牧師のスピーチに込められた想いを汲み取って、公平で平和な社会を実現するために自分にできることについて、表現することができる。
⑷ 授業展開
①教科書本文を読み、人種差別撤廃の歴史を知る。
②教科書本文の、キング牧師のスピーチに込められた想いを汲み取る。
③キング牧師のスピーチをグループで暗誦して再現し、社会の一員として自分ができることについての「宣言」をプラスして発表する。
【展開③の授業の目標】
キング牧師のスピーチを、聴き手に訴えかけるように暗誦し、社会の一員として自分ができることを具体的に宣言することができる。
【評価基準】
領域:話すこと(発表)
【生徒たちの「宣言」例】
● I have a dream that one day we will be able to find good points of other people. We will not be negative. When talking with others, let’s do this together!
(人のネガティブなところではなく、良いところに目を向けよう)
● I have a dream that one day everyone will not be afraid of making mistakes.
(みんなが間違いを認め合い、恐れないようになろう)
● I have a dream that one day we will be able to understand the culture of the foreign countries. Each is different, each is good. We will study and enjoy them. What do you think about it?
(異文化を理解しよう。それぞれ違っていい。楽しんで学ぼう。みんなはどう思う?)
⑤振り返り
【生徒の振り返りより】
●このスピーチを何度も聴いて、実際に差別に遭った黒人の方々をスペシャル・ゲストとしてクラスに招き、お話を聴いてみたいと思うようになった。
●人種差別は、普段ほとんど日本人ばかりに囲まれて過ごしている自分にとっては遠い存在のものだった。でも、人種以外でもいろんな差別をなくすために、自分にできることを具体的に考えるための、いいきっかけになった。
●みんなの発表を聞いて、自分にもできそうな心がけや行動についてのメッセージがたくさんあった。特に、「人の良いところに目を向けよう」というメッセージに、ぐっときた。私はすぐに人の嫌なところばかり指摘していたなあ、と反省した。良いところに目を向け、ほめて、人も自分も気持ちが良くなるようにしたい。
4 授業の成果と課題、他教科・他領域とのつながり
【成果】
この題材を扱う上で、生徒たちにとって「遠い話」である「人種差別」の問題を、どのように「自分事化」するかが最大の壁でした。その壁をなかなか超えることができず、今までの経験では、キング牧師のスピーチを「群読」するまでで終わっていた学年もたくさんありました。
しかし今回の学年で、初めて生徒たちが「自分事化」できた、と手応えを感じました。
それは、キング牧師のスピーチに「自分の宣言」をプラスしたことによってです。自分たちが目指す社会とはどんな社会か、そしてその社会の中で、自分にできることは何か。
社会にまでは広げられなくても、自分が今いる「仲間うち」の中で、自分にできることは何か。それらについて、生徒たちからとても力強く、前向きなメッセージを受け取ることができました。
【課題】
スローラーナーにとっては、キング牧師のスピーチを役割分担して群読すること自体が難しく、しかも、それにプラスして自分の考えを言うとなると、さらにハードルが上がります。だからと言って、前もって友達が考えた文を共有しすぎて、スローラーナーが安易に真似をしてしまうと、みんな似たような「宣言」ばかりになってしまいます。
スローラーナーが自分らしい考えを英語で表現するには、まずは日本語で表現してみて、それをシンプルで本人が使える英語に言い変え、そして言えるようにすることが大切です。「英語の授業は英語で」とこだわりすぎず、生徒たちの「本当に言いたいこと」をまず母語で引き出すということも大切であると気付きました。
【他教科・他領域とのつながり】
SDGsのゴールや教科書の題材が「遠い国の、自分と関係のない、過去の出来事」という捉え方にならないようにするには、この中の一つでも変えてアレンジすることです。
例えば「自分の国の」、「自分たちに近い年齢の」、「現在の出来事」などです。
キング牧師のスピーチに取り組んでいた当時、社会科、そして道徳での取組とリンクして、当時、世界を動かしていた “Black Lives Matter” を取り上げて考えてみました。上の三つの中の「過去の出来事」を「現在の出来事」とリンクさせたわけです。 テニスの大坂なおみ選手の写真やメッセージを引用して、生徒に次のように問いかけました。「なおみ選手のメッセージについて、どう思いますか?」
すると、なおみ選手のマスクに書かれている名前の人一人一人がどのようないきさつで人種差別の犠牲になったのかを調べ、そのことについて自分の考えを書いてきた生徒がたくさんいました。
この例では、自分たちの現状と少し遠いSDGsのゴールや過去の題材を「現在の出来事」とリンクすることで、生徒たちの主体的な行動を引き出すことができました。
そのような「つながり」を演出することこそ、これからSDGs学習を推進する教師に求められる力ではないでしょうか。
「人や国の不平等」は、その土地に深く根付いた、とてもデリケートなテーマです。
しかし、だからといって敬遠せず、他教科や現在の出来事と連携しながら、生徒たちが「自分事」として捉えて主体的に表現できるような仕掛けを演出してみませんか。
【参考文献】
・NEW CROWN English Series 3 Lesson 5 “I Have a Dream”
・近江誠『感動する英語!』(文藝春秋)
・「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」(外務省仮訳)
・連載「グローバル・コンピテンスを育む保育実践」秋田喜代美教授(東京大学発達保育実践政策学センター長)
・unicef “SDGs CLUB”
・ハフポスト日本版/会話を生み出す国際メディア
この連載は、毎週木曜日のAM6:00に公開します。どうぞお楽しみに!