分析|田中博之 日本の高校生の学力は、ほぼ「世界一」だと言える理由 【緊急分析! PISA調査最新結果 「読解力躍進」の真実 #1】

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緊急分析! PISA調査最新結果 「読解力躍進」の真実

田中博之

PISA調査2022の結果が、公表されました。今回は、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野とも順位が上昇し、ほっとした方も多いのではないでしょうか。なぜ順位が上がったのかについては、文部科学省やOECD(経済協力開発機構)がすでに分析していますが、もっと多面的な見方をしたいと思い、国内の有識者に意見を聴いてみることにしました。順位が上昇した理由を分析するとともに、今後の課題を明らかにする2回シリーズの第1回目は、早稲田大学教職大学院の田中博之教授に話を聴きました。

田中博之(たなか・ひろゆき)
1960年北九州市生まれ。大阪大学人間科学部卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程在学中に大阪大学人間科学部助手となり、その後大阪教育大学専任講師、助教授、教授を経て、2009年4月より現職。2007~2018年度、文部科学省の全国的な学力調査に関する専門家会議委員。現在、21世紀の学校に求められる新しい教育を作り出すための先進的な研究に取り組み、全国の小中学校に助言を行っている。『アクティブ・ラーニング「深い学び」実践の手引き』(教育開発研究所、2017)など著書多数。

本企画の記事一覧です(全2回予定)
 分析|田中博之 日本の高校生の学力は、ほぼ「世界一」だと言える理由(本記事)

今回の順位をどう見るか

PISA調査とは、OECD(経済協力開発機構)が進めているPISA(Programme for International Student Assessment)と呼ばれる国際的な学習到達度に関する調査です。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について、3年ごとに調査を実施することになっていますが、新型コロナウイルス感染症の影響で、2021年に予定されていた調査が2022年に延期されました。日本からは高校1年生約6,000人が参加し、2022年6月から8月の間で実施されました。

2022年度のPISA調査に参加したのは、81の国と地域です。全参加国と地域の中での順位を見てみますと、読解力は前回の15位から3位へ、数学的リテラシーは6位から5位へ、科学的リテラシーは5位から2位へ、というように、どの項目についても順位が上昇しています。

一方、OECDの加盟国は37か国です。これは経済的規模が世界で上位の国々なのですが、その中での日本の順位を見てみますと、読解力は2位、科学的リテラシーは1位、数学的リテラシーは位です。

少し専門的な話になりますが、PISA調査は IRT(Item Response Theory)と呼ばれる統計の高度な手法で実施しています。問題の中に、過去に出題した問題が一部含まれていて、過去の同年齢の生徒たちがどれくらい答えていたのか、との比較もしています。

国立教育政策研究所が公表した資料の中で、「統計的には、読解力及び科学的リテラシーは有意に上昇、数学的リテラシーは、有意差はない」と分析していますので、統計的に信頼性のある形で読解力と科学的リテラシーの学力が上昇したことが証明されました。

つまり、今回のPISA調査で日本の学校教育の成果を国際的な学力調査で実証したことになり、日本は、OECD加盟国の中では、ほぼ世界一学力の高い国になったと言っても構わないと思います。

この結果は、日本の学校の先生方が取り組んだコロナ禍での休校期間中の様々な指導のあり方、休校明けの指導の仕方の工夫などが相まって導かれたものです。先生方の努力が身を結び、それが統計的に証明されたことは、大変喜ばしいと思います。

文部科学省とOECDは三つの理由があると分析

今回、読解力と数学的リテラシーと科学的リテラシー、3つの分野すべての順位が上昇した理由を、文部科学省は三つあると分析しています。OECDもほぼ同じ分析結果を出しています。

一つ目は、 新しい学習指導要領の影響です小学校は2020年度から、中学校は2021年度から全面実施となり、高等学校は2022年度の入学生より年次進行で実施されました。この学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」が推奨されています。つまり、課題解決的な学習、あるいは、問題解決的な学習をすべての教科で推奨しています。

PISA調査で求められるのは、ただ計算問題を解ければよい、 基本的な単語の意味がわかればよい、といった基礎的な学力ではありません。どの分野でも複数のデータ、複数の写真など、様々な複数の資料を組み合わせながら、共通点や相違点を見つけて、そこから情報を読み取ることが求められます。記述したり、選択肢を選んだりするときも、複数の資料からの読み取りに基づき、 かなり高度な思考力、判断力、表現力が求められますので、課題解決的な学習や、問題解決的な学習を経験していないと答えられないはずです。

それから、対話的な学びで、グループの中で意見を練り上げること、例えば、よい意見を取り入れて、自分の意見を修正したり改善したりする、 そういう粘り強い取組を行ってこないと成果を出せないと思います。

以上のことから、一定程度は、学習指導要領の改訂に基づく授業改善が進んだ結果である、と言えると思います。これには私も同意します。

二つ目は、コロナ禍での日本の中学校の休校期間が、諸外国に比べて短かったことです。今回、調査に参加した生徒たちは、中学校で休校を経験しています。休校期間は自治体によって異なりますが、私の知る限り、多くの学校では1か月程度だったのではないかと思います。生徒への質問調査で、「新型コロナウイルス感染症のため3か月以上休校した」と回答した生徒の割合が、日本は15.5%であり、OECD平均(50.3%)よりも少なく、世界の中でも日本は休校期間が極端に短かったことがわかりました。そのことがよい結果をもたらし、学力が上昇したと文部科学省やOECDは分析しています。

三つ目は、ICTを活用する力の向上です。2015年実施のPISA調査から、CBT(Computer Based Testing)、コンピュータを使ったテストに変わりました。生徒はコンピュータでマウスを動かしながら、資料を検索したり、組み合わせて比較したりして、回答をコンピュータに入力したり、選択肢を選んだりするわけですが、前回、2018年の調査の段階では、コンピュータのテストを受けたことがある生徒は、おそらく1割もいなかったのではないかと思います。そのため、前回はそれが不利に働いたのでしょう。

今回の調査の前に、日本の小中学校には1人1台の端末が配備されていました。調査に参加した高校1年生の生徒たちは、中学3年生のときに、端末を使っていたと思われます。

そして、高校1年生になると、1人1台の端末の所持を義務づけていた高校が多かったのではないかと思います。PISA調査が実施されたのは6~8月ですから、1学期の短い期間ではありますが、授業で使っていたのではないでしょうか。

このように、前回の調査に比べると、日本の高校1年生のICTリテラシーは格段に上がっていました。つまり、学力そのものが高くなったわけではありませんが、コンピュータでのテストによりよく回答することができるようになったということです。これも前回よりも順位を上げた理由の一つだと言えます。

日本の子供の学力は本当に向上したのか

ただし、文部科学省やOECDが分析したこれらの三つの理由の中に、私が疑問を感じることがあります。それは二つ目の、休校期間が短かったことがよい影響を与えた、とする見方です。確かに、日本は他の国に比べて休校期間が短かったですし、その期間中に、オンラインで授業をしていた学校、プリントを用意して取り組ませた学校がありました。

実は私は休校期間中も、たくさんの小中高校を回り、授業を見たり、先生たちに話を聴いたりしてきました。そのときにわかったことがあります。

まず、休校期間中のオンラインでの授業は、例えば、理科であれば、先生が面白い実験をして動画を撮り、その動画を見ながら先生が解説する、というような、いわゆる退屈しない動画解説授業が行われていました。PISA型の読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーなどで求められる、高度な、 問題解決的な学力を育てる授業ではありませんでした。

そして、休校明けにも、私は様々な学校の授業を参観しましたが、課題解決的学習や問題解決的な学習はあまりなされていませんでした。多くの学校では、教科書中心、基礎基本問題中心の、やや教え込み型の一斉授業に戻っていました。

結局、休校期間中の基礎学力の低下を防ぐために、教科書をなんとか年度内に終わらせるために、教師主導、講義中心の授業をスピーディーに進め、基礎基本の学力を身に付けるための穴埋めプリントをする、ということが主要5教科では行われていました。

新しい学習指導要領が目指している「主体的・対話的で深い学び」はほとんど行われていなかったのです。今回のPISA調査に参加した生徒たちに対して、休校期間中も、休校明けにも、PISA型読解力などを日本の学校が育ててきたとは思えないのです。

逆に、アメリカやヨーロッパの国々は統計的に学力が低下したことがわかりました。これらの国々は、3か月以上、 地域によっては半年近く、学校が休校になっていました。やはり、長期間にわたって休校になると、基礎学力が低下するのでしょう。そうなると、当然、PISA型読解力なども低下します。

これに対して、日本は先生方の努力により、基礎学力の低下を防ぐことができたので、PISA型読解力などが低下しなかったのだと思います。

独自分析! 読解力が上昇した二つの理由

今回、3分野の中で読解力の順位が大幅にアップしました。前回は、全参加国と地域での順位は、15位と低迷していたのに、3位に上昇しました。これには先述した①コンピューターを使ったテストに慣れたこと、②休校期間が短かったので基礎学力が落ちなかったことに加え、二つの理由があると私は考えています。

一つ目は教科書が変わったことです。学習指導要領の改訂そのものよりも、教科書が変わったことが強く影響していると思います。教科書が変われば、先生たちは授業を変えるものだからです。

中学校用も高校用も、新しい教科書は学習指導要領の改訂に合わせて、すべての教科で課題解決型の資料活用問題が入っています。討論したり対話したりしながら問題を解決する、そんなページが増えました。

PISA調査を受けた高校1年生は、中学3年生の時に新学習指導要領に準拠した新しい教科書を使ってきました。高校になってからは、1学期だけですが、新しい教科書を使っています。それらの教科書を短期間でも使ったことが、私は、統計的に順位を上げたことに影響を及ぼしていると思います。

二つ目は、 毎年4月に実施される全国学力・学習状況調査の影響です。実は、2019年、この生徒たちが中学1年のときに、問題の構成が変わったのです。それ以前は「主に知識」を問うA問題と、「主に活用」の力を問うB問題が出題されていましたが、A問題とB問題が統合され、全部B問題になりました。これは、PISA型読解力に対応したものです。

例えば、資料を複数出し、データもグラフも2つぐらい出されて、それを総合的に組み合わせて読解して、 間違っているところを修正しなさい、正しい理由や根拠を述べなさいなどと問うわけです。

この問題に中学3年生になって4月に取り組んだとすると、先生たちはそれまでにその内容を意識しますので、教科書に載っている課題解決型の問題を飛ばせなくなります。ですから、全国学力・学習状況調査がPISA型読解力を問うB問題中心になったことには効果があったのではないかと思います。

科学的リテラシーはもっと伸びる余地がある

科学的リテラシーに関しては、OECD加盟国の中では日本の順位は1位ですが、直近の2022年4月に実施された全国学力・学習状況調査の理科は、非常に正答率が低かったのです。全国学力・学習状況調査では、理科は3年に1回行われます。2022年度の結果を見ますと、平均正答率は49.7%でした。中には正答率が 20%を切る問題もありました。

なぜ正答率が低いのかというと、複数のグラフを比べたり、実験方法を間違えた理由を考えさせて正しく直させたりするなど、PISA型の科学的リテラシーに近い、高度な問題解決型の問題、あるいは複数の資料を読解しながら解決する問題を出しているからです。現場の校長先生と理科の先生に話を聴いてみたところ、「授業の中で全国学力・学習状況調査の問題を、あまり取り上げない」と言っておられましたので、対策を行うことで国内ではもう少し伸びる余地があるのではないかと思います。

「全国学力・学習状況調査の対策をするのは、よくないことだ」と悪いイメージをもっている方が多いのかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

確かに、 4月になってから、2週間だけ直前対策として、正規の授業時間を削って過去の問題をやらせるのは適切ではないと思います。そうではなくて、学期ごとに、教科書の中にある類似の問題や過去の問題を2、3問解く、といったことを長期的計画の中で、カリキュラム・マネジメントに位置づけて行うことについては、文部科学省は、反対していないのです。それをやってもらえれば、もう少し正答率が上がる可能性があります。

なぜかというと、慣れの部分が大きいからです。複数の資料を比べて考える、実験の方法などが間違っていたら修正する、コンピューターで答えることなどに、慣れているかいないかで正答率は違ってきます。生徒が課題解決的な高度な学力を身に付けるために、過去問に取り組むことは決して悪いことではないのです。

質問調査から見えてきた日本の児童生徒の課題は?

PISA調査では、生徒に対する質問調査を行っています。その中で私が注目したのは、自律学習の自信を問う問題です。「今後、あなたの学校が再び休校した場合、以下のことを行う自信はどれほどありますか」という質問に対し、「言われなくても学校の勉強にじっくり取り組む」、「自分で学校の勉強をする予定を立てる」などの8項目が用意され、「とても自信がある」「自信がある」「あまり自信がない」「全然自信がない」の4段階の中から選ぶようになっています。結果を見ますと、「自信がない」と回答した割合が日本はとても多く、OECD加盟国37か国中34位でした。

これは大きな問題だと思います。

この結果が何を意味しているかというと、日本の子どもたちの学力は、基礎学力であれ、PISA型読解力であれ、教師主体で身に付けている、ということです。悪い言い方をすると、学ばせられて身に付けています。新学習指導要領のキーメッセージである、主体的な学びや対話的な学びを通して、身に付けているわけではないのです。

このような結果になったのは、コロナ禍の影響が考えられます。教科書を最後まで終わらせることを優先するあまり、主体的に対話的に学ぶことが十分にできなかったのでしょう。

しかし、今は教科書が新しくなりましたし、小学校でも中学校でも先生方が頑張っています。例えば、課題を児童生徒が考える、 複数の資料を比べて考える、グループで対話をして資料を比較しながら検討するなど、主体的な学びや対話的な学びの授業が増えてきています。その効果が少しずつ出てきて、おそらくあと1、2年でしっかりと成果が出てくるのではないかと、先生方を信じて期待しているところです。

今後の課題は「深い学び」

このように、今後は主体的な学びと対話的な学びが増えると思います。全国学力・学習状況調査の結果も、PISA調査の結果も、もう少し上がる可能性があります。しかし、「深い学び」を行わないと、日本の子供の学力はやがて上げ止まるでしょう。

そもそも「深い学び」とは何でしょうか。私の定義をご紹介しますと、複数の資料を比べて、 グループで対話をしながら、理由や根拠を考えて、練り上げたり、修正したりして、タブレットに正確に打ち込み、それをまたオンラインで交流したりすることです。 これはまさにPISA調査が求めていることと同じです。ですから、「深い学び」を行うことには意味があります。

ところが今、文部科学省は5つの学びを進めています。主体的な学び、対話的な学び、深い学び、個別最適な学び、協働的な学びです。全部間違っていませんし、全部必要なことですが、現実問題として、現場は5つも同時にできないのではないでしょうか。

それでも小学校の先生たちは、理由を付けて話そう、こんな資料もあるから読んでみよう、発展プリントを使ってみようなどと工夫し、ときどき取り組んでいるようです。

これに対し、中学校では深い学びはまだまだこれからです。中学校では行われていないに等しいと思います。むしろ先生方の間では、あきらめのムードが漂っています。

先日、ある市の教育委員会の指導主事と話をする機会があったので、「市内の小中学校では深い学びを進めていますか?」と聞いてみました。その指導主事によると、「いいえ。深い学びについては、どうやったらいいのか、具体的な授業のあり方がわかりませんので、各学校でできる範囲で、できるところからやってください、と言っています」とのことです。

このように現場の先生方は、「深い学び」として何をやればいいのかよくわからないのです。それなのに、文部科学省は例示をせず、事例集も作らず、「先生方が工夫してください」と現場に丸投げ状態です。その一方で、学校には今、働き方改革で、仕事を減らしましょう、早く帰りましょう、と言い続けています。このままでは、これから深い学びに取り組む中学校はほとんど生まれないと思います。これは残念なことです。

小中学校の先生たちへのメッセージ

小中学校の先生方は、コロナ禍の休校期間中、休校明けにも、本当に大変だったと思います。休校期間中は「学びを止めるな」という掛け声がどの学校でも聞かれて、プリントを配付したり、授業動画を作成したり、オンライン授業をしたりしておられました。休校明けには、先生方が校内のアルコール消毒をしていた学校が多かったと聞きますし、朝の健康観察で、熱がある子供はすぐに学校から帰らせなくてはなりませんから、保護者との連携も綿密に行っていたと思うのです。

先生方のこのような努力は本当に素晴らしく、世界一努力をしたと思います。心から称えたいと思います。そして、その努力が今回、順位が上昇した下支えになっています。

ただ、これからのことはわからないと思うのです。ただ単に順位を上げるためではなく、子供たちの将来のために、ぜひ「深い学び」について学んでいただき、教材研究に取り組んでいただくことをお願いしたいと思います。さらに、PISA調査や全国学力・学習状況調査の過去の問題にも定期的に取り組み、子供の学力向上に力を尽くしていただくことを今後も期待しております。

取材・文/林 孝美

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