私のChatGPT活用アイデア:心を開くって、どういうこと?| 杉本遼 先生(東京都公立小学校)
ユーザーからの様々なリクエストに高度で自然な回答を返すAIサービス「ChatGPT」を、教育の現場でどのように扱ったらよいのか、教室での手探りの実践が始まっています。今回は東京都の公立小学校教諭・杉本遼先生から届いた実践事例の紹介です。
実践報告/東京都足立区立小学校教諭・杉本遼
私は道徳科の授業でChatGPTを活用しました。光村図書の4年生の道徳の教科書に掲載されている「つまらなかった」の実践を紹介します。
最近の道徳の授業で、数人の子どもたちが「心を開く」という言葉を使って自分の考えを説明する場面が見られます。しかし、話を聞いている子はピンときていない様子。そこで、「心を開く」をテーマに考えていくことにしました。
目次
授業の概要
①テーマ
「心を開くって、どういうこと?」
②教材名
「つまらなかった」(光村図書4年)
③あらすじ
新しい公園の遊具で遊ぶ予定だった信二、さとし、りょう。しかし、りょうは来ることができなくなり、公園にあったのは小さい子用の遊具だった。信二は、偶然会っためぐみに公園がつまらなかったと言う。さとしは、自分と2人は嫌なのかと思い、黙ってしまう。
④道徳科のねらい
なぜ、信二とさとしがギクシャクしてしまったのかを話し合い、心を開くとはどういうことかを考えることを通して、自分の考えや意見を相手に伝え、相手のことを理解しようとする道徳性を養う。
⑤ChatGPTとの関わり方についての目標
ChatGPTに積極的に質問をして便利さを実感するとともに、AIとの関わり方を考える。
授業の様子
1.本時
① アンケートの結果を見て、「心を開く」のイメージを共有する。
② AIに「心を開くってどういうこと?」と尋ね、自分の考えと比べる。
「心を開く」とは、どういうことでしょう? AIに聞いてみましょう!
心を開くとは、自分の気持ちや考えを相手に正直に伝えることです。相手に信頼や親しみを感じるときに、心を開きやすくなります。
……だって! 納得?
うん、わかる! 納得!
さすがみなさん! それでは授業を終えましょう!
ちょっと、ちょっとー! ダメですよ〜!
心を開くって、どういうことかわかりましたし、授業を終わってもいいのでは?
それじゃあ道徳になりません! みんなで考えていくのが道徳でしょう?
だいたい、AIが正しいかわからないじゃないですか!
言っていることはわかるんだけど、実際どうなのか考えたい。自分たちで考えるから、わかるんだよ。
AIは、簡単に答えを出す。でも、人間はそんなに簡単じゃない。そんなに簡単に言うなよ!って感じ。
AIって、すごく心を開いてくれていますよね。だって、自分が知っていることをすぐに正直に教えてくれるじゃないですか?
でも、間違っている情報も言っていたよ。正直じゃないんじゃない?
気持ちや考えではない。
AIはすごいですね。今日初めて会ったのに、私たちに色々と教えてくれますよ。
AIって、心開けるの? 仲良くなれるわけじゃないじゃん!
じゃあ、いったい「心を開く」ってどういうことなのでしょう?
③「なぜ、さとしと信二はイガイガしているの?」について、話し合う。
④ 心を開くとはどういうことかについて、自分と重ねながら考える。
心を開くって、どういうことなの?
どちらも言いたいことを言えていない。本当はそういうことを言いたいわけじゃない。
言いたかったことは何なの?
信二は、さとしが自分の気持ちを言ってほしいって思っているだけ。さとしは、何で怒っているの?ぼくと2人じゃいやなの?って、思っている。それをそのまま言えばいいのにイライラしてしまった。
みんなにもこういうことある?
あるかなぁー。
みんなは、心開いている人なの?
いやー。開けていないときもあるなぁ。
イライラだけじゃないよ。その状況。タイミングとか。相手にもよるかも…。
なるほどね。イライラしているときだけじゃなくて、心を開くには、相手との関係、状況、その時の気持ちが関係あるんだね。
あれ!? AIと同じじゃない?
たしかに! みんなが話してきたことと似ている!
AIに聞けばいいから、この授業は意味がなかった?
そうじゃない!!
この前、先生が言っていたけれど、わかることとできることはちがう。今日よく考えたら、できるようになりそうな気がする。
友だちと話し合って、考えるって楽しいもん!
すごい! AIすごい! もっと聞いてみたいことがあるんだけど!
授業終わりの時間だから、次の時間にAIにもう少し聞いてみようか?
やったー!!
2.授業後
AIに聞きたいことがあると言うので、道徳の授業を終え、休憩をしたあと、「心を開く」についてさらに聞きたいことを質問する時間を取りました。
心を開くとは?
心を開くとは、自分の気持ちや考えを素直に受け入れ、他の人や新しいことにオープンでいることです。自分を受け入れ、他人の意見や感情を大切にし、新しい経験に積極的に取り組むことが大切です。
自分を受け入れるって、どうすればできるの? 小学生にわかるように、短い文章で教えて。
自分を受け入れる方法を短く説明します。
1.自分の良いところを見つけよう。
2.失敗は学びのチャンス。
3.友達との違いを楽しもう。
4.自分の気持ちを大切にしよう。
5.自分に優しく接そう。
これらのことを心掛けると、自分を受け入れることができます。
自分を受け入れるって難しいよね。
あなたは心を開いているの?
私はAIですので、心を持つことはできません。私はプログラムによって動作するコンピューターモデルですので、感情や意識を持つことはありません。ただし、ユーザーの質問や要求に対してオープンであり、理解しようと努力します。私は情報を提供するためにプログラムされており、利用者の助けになることを目指しています
先生、「つまらなかった」のお話のこと聞いてもいい?
ちょっと、待って。文章入れてみるね。
アプリを使って教材の写真を撮り、OCR【光学文字認識】で文字認識したあと、テキストをChatGPTに入力して聞いてみました。
この物語では、信二とさとしの関係が少しギクシャクしていますね。信二は公園に最新の遊具を楽しみに行きましたが、友達のりょうが来られなくなってしまったことにがっかりしました。公園で見つけたすべり台も期待外れだったようです。
さとしは信二とりょうの関係が良いことを知っているため、信二がりょうと一緒でないと楽しめないと思ってしまいました。しかし、信二はめぐみと楽しく話していて、さとしの言葉に耳を貸さなかったようです。
さとしはもどかしくなり、最後に「そんなんじゃないよ」と言いましたが、信二はイライラして「もういいよ、帰るからな」と言ってしまいました。翌日も二人は一緒に遊ばず、別々の休み時間を過ごしました。
この物語からわかるように、人との関係は時に複雑で、互いの気持ちや期待が合わないこともあります。大切なのは、お互いを理解し、コミュニケーションを大切にすることです。話し合いや思いやりの気持ちを持つことで、関係を修復することができるでしょう。
すごっ! 解説してくれた!
これから信二とさとしは、どうなるかな? 小学生にもわかるように教えて
信二とさとしの将来の関係は、彼らがお互いにもっと話し合い、理解し合うことで変わっていくよ。お互いの気持ちや考えを素直に伝えて、相手のことを思いやることが大切だよ。一緒に楽しめることや共通の興味を見つけると、関係がより深まるかもしれないよ。成長するにつれて、信二とさとしはお互いを尊重し、より良い関係を築くことができるようになるよ。時間をかけてお互いを大切にし、心を開くことで、信二とさとしの関係が良くなる可能性があるんだ。
終わりましょう! 自分の考えを比べて、どうでしたか? 学習感想を書きましょう。「心を開く」についてと、AIについて考えたことを書いてください。
3.学習感想
・心を開くについてはAIが言っていることが合っている。信頼していることが心を開く。しかし、難しいと思います。自分は無理だなと思いました(笑)AIがあるから、授業は必要ないという考えはちがう。AIにもできないことはあるし、AIを使うのは人だから。特にAIを使うのには道徳の学習は、必要だと思う。
・心を開くとは、視野を広げることだと思いました。ぼくは、友達のことをよく見て、どんな気持ちか気づけるようになりたいです。ぼくの考えとAIの「心を開く」についての考えは少しちがいました。AIを使いながら勉強をしていけばいいと思いました。AIと考えれば、効率よくできて、よいと思いました。
・自分だったら、毎日心は開けない。イライラしたり、ケンカをしたりしている時は、自分も心は開けないなと思います。AIの言っていた、信頼や親しみがあると心を開きやすいということに納得しました。AIは、何でも答えてくれる。けれど、友だちは心のこもった言葉で、AIは心のこもった言葉ではない。
・心を開くとは、「自分⇔相手」。自分と相手の気持ちがお互いわかるぐらいに相手の気持ちがわかることだと思う。AIは、機械。自分は人間で心があります。AIと人間の「心」がつながることはあまりないと思っています。「いらない」ということはありませんが、共感できるのは人間同士だと思います。
授業を終えて
道徳の時間のテーマとなる「思いやり」や「誠実」などの内容項目の言葉を、大人であってもわかっている気になって、わからないまま使っていることが多いと思います。そんなとき、生成AIならば、ズバッと解説してくれるので、とってもスッキリ納得することができるでしょう。
また、生成AIに質問する経験は、【さらに問うこと】を習慣にすることができそうだと感じました。他者との対話でも、自分を見つめる場面でも、問い続けることで、思考は深まっていきます。
今回、生成AIに質問しながら考える授業をして、子どもたちの発言や感想から、【人間としてどう生きていくか】、【AIとどのように関わっていけばいいか】ということを学びました。いくらAIが発達したとしても、それを使うのは人間です。子どもたちの力強い言葉にもあるように、AIに任せてもよいこと、人間だからこそできることをこれからも考えていく必要があると感じました。
講評コメント
講評/北海道公立小学校教諭・藤原友和
道徳科の授業における話合いで、学習用語として子どもたちが用いるようになりつつある「心を開く」という言葉。この言葉がどのようなありようを指し示すのか、クラスの子どもたちの「認識語彙」あるいは「使用語彙」にしていこうとする取り組みですね。
この授業には2つのねらいが設定されています。
1つは、道徳科としてのねらい。「自分の考えや意見を相手に伝え、相手のことを理解しようとする道徳性を養う」とされています。これは内容項目でいうと「B 相互理解、寛容」に相当しますね。
もう一つは、「ChatGPTをどう活用していくか」という視点です。
杉本先生が報告してくださった実践記録について、以下の2つの視点から、私の感じたところを述べていこうと思います。
道徳科の授業として
元文部科学省の教科調査官である赤堀博行氏は、道徳科の授業づくりにおいて大切なこととして「教師の指導観を確立すること」を指摘しています。ここでいう「指導観」とは、「価値観」「児童観」「教材観」の3つです。これは、言い換えると、次のような手順を踏みなさいということを示しているのではないかと思われます。
A 「価値観の明確化」……授業のめざす方向性(ゴール)を明らかにする。
B 「児童観の明確化」……設定した方向性(ゴール)に対する子どもたちの現在地を明らかにする。
C 「教材観の明確化」……Bをスタート地点として、Aに向かうために、教材のどの部分を使ってどのようなことを考えられるようにするのか明らかにする。
この視点で杉本先生の授業設計を見ていきますと、まさにこのA~Cが明確で、授業のねらいに向かって授業が組み立てられていることがわかります。すなわち、「ねらい」として相互理解の価値について考えを深めることが示され、事前アンケートで子どもたちの「現在地」を具体的に把握し、教材「つまらなかった」で、さとしのイガイガを考えることを通して、「心を開く」という言葉が、子どもたちの生きた文脈の中に落ちることを目指しています。
T-C記録を拝見しても、AIの回答をきっかけとして「辞書やAI通りの意味ではなく、自分たちの言葉ではら落ちしたいんだ」という子どもたちの意思が見えて、普段から言葉を大切にする指導をされていることが想像されます。
授業の終末に書かれたふりかえりの文章においても、以下のような「道徳的価値の理解」につながる記述が見られています。
〇「…自分には無理だと思いました(笑)」:道徳的価値の大切さを理解していたとしてもなかなかできないことがあるという「人間理解」
〇「心を開くとは、視野を広げることだと思いました。僕は、友達のことをよくみて、どんな気持ちか気づけるようになりたいです。」:生きていく上で大切な道徳的な価値についての考えを深めているという「価値理解」
〇「ぼくの考えとAIの『心を開く』についての考えは少し違いました」:道徳的価値を実現したり、実現できなかったりする場合の感じ方、考え方は一つではない、多様であるということを前提として理解する「他者理解」
これらの記述には、子どもたちが触れる「他者の考え」としてAIが加わったことによる広がりや深まりが見て取れます。
ChatGPT活用の授業として
前節まで、杉本実践の道徳科としての「よさ」に目を向けて語ってきました。道徳についての著書もお持ちの杉本先生ですから、さすがに専門的な力量が発揮された授業報告だなと感じたわけですが、「ChatGPT活用」という面からも、それが大切なのではないかと改めて思います。
つまり、AIの「使いどころ」をおさえるためには、教科の構造だったり単元のデザインだったり、一時間の授業の組み立て方などといった専門的な力量がやはり必要なのだ、ということです。何を今更、といった当たり前のことかもしれませんが、「AIが子どもたちの思考のどの部分を拡張するか」という見極めがあってこそ、効果的に活用することができるのだと思います。
杉本先生の報告においては、「辞書的な意味を解説するAI」の回答に対する不満から子どもたちの話し合いが始まり、「心を開く」という言葉の「実感を伴った意味」を作り上げていく様子が見て取れます。
これだけで授業を終えても良さそうなものですが、この道徳の授業の後にも「さらに突っ込んで質問する」時間を設けていることで、AIの生成する回答の癖や限界、そして可能性についても考えることができています。
AIをどのように使うかということも確かに大切なのですが、そもそもAIはどのような回答を生成するものなのかという理解なしに、よい活用方法も留意点もわからないわけですから、このような機会を通して子どもたちなりにどういった場面で使えそうかと考える場があることが、教育界におけるAI活用の黎明期には必要なのだと思いました。
杉本先生、素敵な実践報告をありがとうございました。
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