リレー連載「一枚画像道徳」のススメ #33 五輪で戦うためには…|紺野 悟 先生(埼玉県公立小学校)

連載
リレー連載 明日の授業に生きる!「一枚画像道徳」のススメ

北海道公立小学校教諭

藤原友和

子供たちに1枚の画像を提示することから始まる15分程度の道徳授業をつくりそれをユニットとして機能させることによって教科横断的な学びを促す……。そうした「一枚画像道徳」実践について、具体的な展開例を示しつつ提案する毎週公開のリレー連載。今週は紺野 悟先生のご執筆でお届けします。

執筆/埼玉県戸田市立戸田第一小学校教諭・紺野 悟
編集委員/北海道函館市立万年橋小学校教諭・藤原友和

1 はじめに

みなさん、こんにちは。はじめまして。
荒川を挟んですぐ東京に行ける埼玉県(我々はこれを「ほぼ東京」と呼びます)で小学校教員をしております、紺野悟と申します。33回目の連載を担当します。どうぞ、よろしくお願いします。

僕が、道徳の授業で大切にしていることに、「見えない世界を知ること」「自分ごととして考えること」の二つがあります。
今回ご紹介する授業は、様々な偶然が生んだ授業です。
担任する学級の保護者の方で、東京五輪で通訳ボランティアをされた方がいらっしゃいました。多田桃子さんという方です。
ある日、多田さんとの何気ない会話から、ボランティア体験の話になり、何やら面白そうなので、授業にしてみましょう! となりました。授業当日は、多田さんをゲストティーチャーとして教室にお招きし、お話をうかがいました。
僕にとって「見えない世界」だった五輪の舞台裏の話は、新しい認識を与えてくれました。
なお、掲載写真については、多田桃子さん、有限会社MM1様にご提供いただきました。ありがとうございました。

2 授業の実際〜五輪で戦うためには……

対象:小学校高学年
主題名:五輪で戦うためには…
内容項目:C-18 国際理解

発問1 この写真は、何をしている様子に見えますか?

(2021年7月 多田桃子撮影)

提示の仕方

まずは、写真の上半分を提示します。すると、コピーをとっている様子に見えるのではないでしょうか。何かを印刷している、何かをつくっているということを理解することができるでしょう。

その後、写真の下半分を提示します。すると、どうやらユニフォームらしきものがあるのがわかります。「何をしているのかな?」と考えていたものとのズレが生じて、子供たちは考え始めます。

説明1 なぜ、五輪の試合当日に取り付けているのか?

これは、サッカーのユニフォームに、背番号と選手名を取り付けているところです。
東京五輪で、2021年7月22日にサッカー日本代表は、南アフリカと東京スタジアムで対戦しました。この写真は2021年7月22日の様子です。

子供たちに分かりやすいよう、ここまでの情報を整理します。必要であれば、五輪のハイライトシーン、試合スケジュールを確認しましょう。

さて、子供たちは東京五輪があったことを思い出します。
確かに南アフリカと対戦したかも。試合にはユニフォームが必要だ。ふむふむ、確かに……。ん? 待てよ、つまり、試合当日にユニフォームに背番号や名前を付けたということかな?  あれ? そんな訳あるかな?

なんで、試合当日にユニフォームに背番号をつけているの?
なぜ? 前もって作っているんじゃないの?

と、考えていくと、子供たちはこの出来事の何がおかしいのかに気付くでしょう。
その後、FIFAの規定を説明します。(詳しくはFIFAのHPをご覧ください)。

試合開始1時間前にユニフォームチェックというものがあるそうです。
ユニフォームに不正がないか、きちんとしたユニフォームを用意できているかをチェックするのです。そこで合格しないと試合を行うことはできません。

発問2 なぜ、このようなことになってしまったのだと思いますか?

試合当日にユニフォームが準備されていることは、日本人なら当たり前だと感じることでしょう。
しかし、これは、試合開始の6時間前のことなのです。
「どんな様子だったでしょう。」「想像してみましょう。」と伝え、あえて気持ちを想像してみることも意味があるでしょう。間に合うかな。大丈夫かな……と不安な気持ちを想像することができるからです。

説明2 多田桃子さんのお話

「東京オリンピックは、新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から、無観客で行われたのを覚えていますか?
実は、南アフリカ代表は、直前にコロナの感染者が出ました。それで、練習も十分にできず、検査などが立て込み、大忙しだったそうです。
この出来事の背景には、国民性という一面ももちろんあります。実際、選手村の中では、『陸上選手がスパイクを忘れた』などの話が各国から寄せられ、その度に私たちボランティアが一生懸命動き回りました。それくらい、物の管理についての考え方など、国によって違うところがあると言えますね。」

説明3 引き続き、多田さんのお話

「南アフリカ代表チームには、もともとユニフォーム自体はあったのですが、試合当日の朝になって、背番号や選手名がついていないことに気が付きました。

急いでどうにかしなくちゃ! と動き出し、午前6時から必死に電話をかけまくりました。
どうにか、特急でユニフォームに背番号や選手名を入れてくれる業者が見つかり、南アフリカ大使館の車で運びました。結局、ユニフォームを完成させ、東京スタジアムへ運ぶことができたのは、会場へ入る30分前。ユニフォームチェックにギリギリで間に合いました。
これがそのときの写真です(下の写真を示す)。
そう、私がそのときユニフォームを届けた一人です。ちょうど、テレビ中継が始まったばかりの時間で、この写真を撮っている隣には、キャスターの嵐の櫻井翔くんがいました。」

(2021年7月 多田桃子撮影)

一つの出来事から、さまざまな国の状況、国民性、ものの考え方が見えてきます。

さらには、大会を運営するために一生懸命に支えた、企業やボランティアの方々がいることも理解することができるのではないでしょうか。

これらの出来事は新聞記事にもなりました。

3 他教科とのつながり

6年生社会科で「国際理解」を扱う単元があります。
外国語の学習で、他国のあいさつや他国の文化を学習することがあります。
このように世界のことを学習する機会はいくつもありますが、そうした学習は単に異国の食文化を理解したり、あいさつの言葉を知ったりするためだけではないはずです。

今回紹介した授業でも、この一枚の写真から子供たちが学んだことは、エピソードに関する単なる知識だけではありません。
この授業の後、社会科の国際理解の単元で調べた韓国の食文化や、外国語の授業で学習したインドやフィリピンのあいさつ等の知識がつながっていき、この授業で得た知識、考えたこととあいまって、世界の様々な国の文化や人々の心を感じ、さらに深く考えることができたのではないでしょうか。
この道徳授業をハブとして、様々な学習や経験がつながり、「他国への間違った先入観をなくすこと」「他国のことを自分の力で調べて理解すること」につながっていくだろうと考えています。

4 おわりに

今回、この出来事を多田桃子さんの視点から捉えて授業化できたことに一番の手応えを感じました。
多田さんが実際に体験された出来事であること、学級の保護者のお一人であること、実践当時はまだ記憶に新しい出来事であったこと…などが、要因として大きかったと思います。
授業の最後に、多田さんは、次のように語ってくれました。

「東京五輪のボランティアとして、今回30日間、選手村の中で様々な経験をして感じたことは、南アフリカと日本という二つの国を比べただけでも数え切れないほどの違いがあり、様々な人々が共生するこの世界は、本当に多様だということです。日本の外にはもっともっと多様な世界が広がっています。
いつか、近い将来皆さんが出会う、日本とはまったく異なる文化や言語、考え方について、まずは拒絶せず、否定せず、『そういう考え方や感じ方、文化もあるんだなぁ』と自然体で受け入れられる人になれるよう、成長していただけたら嬉しく思います。」

「見えない世界を知ること」そして、「自分ごととして考えること」を大切にした今回の「一枚画像道徳」の授業は、子供たちがさまざまな異文化を理解し、考え、自分自身をアップデートする一助になったと考えています。

今後の連載予定
第34回 鈴木優太(宮城県・公立小学校)
第35回 肥後漱一郎(埼玉県・戸田市立笹目東小学校)
第36回 吉川裕子(京都府・立命館小学校)
第37回 永井健太(大阪府・大阪市立明治小学校)
第38回 櫻井里佳(北海道・旭川市立知新小学校)
第39回 有我良介(北海道・函館市立桔梗小学校)
第40回 山崎克洋(神奈川県・小田原市立足柄小学校)
第41回以降も豪華執筆陣が続々と執筆中です。

<リレー連載>明日の授業に生きる! 「一枚画像道徳」のススメ ほかの回もチェック⇒
第1回 日本最古の観覧車
第2回 モノに宿る家族の「幸せ」
第3回 それっていいの?
第4回 このトイレ使ってみたい?
第5回 「命の重さ」は
第6回 「快」のコミュニケーションができる子供たちに
第7回 未来と今をつなぐ橋を架ける一枚画~『もの』『こと』『ひと』をみる目を深める~
第8回 「一枚画像道徳」を読み解く
第9回 地域の魅力、知ってる?
第10回 あえて「分かりにくい」写真で
第11回 なにが見える?
第12回 地域の課題の受けとめ方
第13回 函館港まつりに込められた想い
第14回 デザインの定義
第15回 「生きた文化財」~在来作物の声が聞こえる~
第16回 町名の由来
第17回 百年の桜
第18回 わんこそば
第19回 みんなの場所で
第20回 美しい建物の街~弘前
第21回 1枚で3通りの活用 ~西郷瀞のブランコ~
第22回 外国の靴屋さん
第23回 象には絶対に乗らない
第24回 誰かの便利は、誰かの不便
第25回 美しさの見つけ方
第26回 祇園の夜桜
第27回 私たちにできること
第28回 テニスボールに込められた思い
第29回 学びの「値段」
第30回 東日本大震災
第31回 「一枚画像」から道徳を問う
第32回 誰の姿が見えますか?

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