学校教育は何のため?教師がまず意識すべきこと【田村学流 単元づくり・授業づくり#1】

連載
田村学流「単元づくり・授業づくり」

國學院大學人間開発学部教授

田村学
タイトル 田村学流「単元づくり・授業づくり」No.1

この企画では、元文部科学省視学官であり、現行学習指導要領の策定にも尽力された、國學院大學・田村学教授に、「単元づくり・授業づくり」をテーマとした連載をしていただきます。

具体的な教育活動を行う前に、めざしていく大きな方向性をイメージする

今回は連載を始めるにあたり、「単元づくり・授業づくり」を考えていく前にぜひ、すべての先生方に考えていただきたい、「学校教育は何のために行うのか?」「学校とは何のためにあるのか?」という大きなテーマでお話を伺い、2回に分けて掲載をしていきます。

これを読んでくださる先生方は、「学校教育は何のために行うのですか?」「日々の授業は何のために行うのですか?」と問われたら、何とお答えになりますか?

「突然、大きな話だな」と思われるかもしれません。しかし、それを意識することが、日々の「単元づくり・授業づくり」にも少なからず影響を与えるため、まず、ここからお話を始めたいと思います。

さて、では「学校教育は何のために行うのか?」という問いに対して、先生方はどうお答えになりますか?

その答えは(少し杓子定規な話になりますが)法令で言えば、「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成…」(教育基本法 第一条 教育の目的)ということになります。

第一章 教育の目的及び理念
教育基本法

それを実際にどう実現するかということですが、学習指導要領の意図を解釈して言えば、実社会で活用できるような資質・能力の育成というような話になるでしょう。では、資質・能力とは何かとなると、「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力、人間性等」という3つの柱があり、それが各教科等で示されていることは、ご存じの通りです。

そのようにブレイクダウンしていって、さらに各教科の授業場面にまで落としていけば、比較して考えるとか、多面的・多角的に考えて話し合うといったことが考えられるわけです。さらに、それを具体化して考えていけば、教科書に示されている教材があるので、それを使って実現していくわけです。

これまでは、社会の創造者であるという意識が弱かった

その資質・能力の育成を図っていくときに、先生方に意識していただきたいと思っているのは、子供たち一人ひとりがどういう存在になってくれるかということです。それは先の法令で言えば、「人格の完成」とか「国家及び社会の形成者」となるわけですが、そう言ってもイメージしにくいですよね。そこで、私なりに言い換えると、子供たちが「未来社会を創造するのは自分だ!」と自覚(未来社会を創造する主体としての自覚)できるようになることとなります。

もちろん、よりよい学び手になってほしいとか、自らのもつ能力を開発していってほしいということはあります。ただし、それだけではベクトルが明確ではないように思います。ですから、自ら力を付けて自分の人生を創造することはもちろん、社会的存在として地域社会や社会全体を創造していくのだと思えるように育っていくことが大事だというわけです。

そのような力を付けるためには、漢字も書けたほうがよいし、計算もできたほうがよいし、よりよく議論ができたほうがよいし、一定の知識ももっていたほうがよいでしょう。それは、将来の受験のためとか、収入を得られるようになるためというだけでなく、よりよく社会を創造し、豊かに生きていくためだということなのです。

これまでの日本の社会、日本の教育では、私自身の自戒も含め、社会の創造者であるという意識が弱かったように思います。しかし、一人ひとりがそのような意識をもてるようになると、今後、日本の人口が減少していっても、国際社会の中で、しっかりパワーを発揮できるのではないかと思います。

パーソナルな存在という面とコミュニティーの一員であるという両面が重要

第1節国語 第1目標
各教科の目標(小学校国語の例)

このように、教育の社会的な側面について声高に言いすぎると、どうしても一人ひとりの能力の開発という側面が弱くなってしまいがちです。ですから、この両者を常に意識しておかなければならないのだと思います。

そもそも教育というのは、子供たち一人ひとりがもっている可能性を存分に発揮できるようにすることがとても大事です。それが、ある子の場合は運動面なのかもしれないし、ある子は科学的な側面かもしれないし、ある子は芸術的側面なのかもしれません。それが存分に発揮できることが非常に重要で、ですからコンピテンシーとは、もともとある力がどれほど発揮できるかなのだと言われるわけです。

しかし、そういう個人は一人で存在しているわけではないので、個々がそういった力を発揮しつつ、よりよい社会を創造していくという自覚があるとよいのだと思います。つまり、パーソナルな存在という面と、コミュニティーに属する一員であり、その社会をどうしていくかという面との両面が重要だということです。

こういう話は、とても大きな話です。しかし、具体的な教育活動を行う前に、めざしていく大きな方向性が先生方の中にないと、目の前の一つ一つの出来事に囚われて、教育が矮小化していく危険性もあると思います。

たどりつきたい大きなイメージがあったうえで、そこにたどりつくために、言葉がどんな役割を果たすのかとか、数字にどんな意味があるのかといったことがあるのだと思います。それがないと、ただ漢字が書けることだけが気になったり、九九ができることだけが気になってしまったりするわけです。そして、限られた時間の中で九九が全部言えていないというように、子供の学びの姿を一面的に捉えてしまったりします。

しかし、個の能力と社会性の両面のイメージがあれば、九九を覚えるために一生懸命没頭して取り組んでいることにも意味が見出せるし、なかなかできないからと友達に教えてもらって共に学んでいる姿にも意味が見出せるわけです。コンピテンシーとか資質・能力が重視されればされるほど、子供たちに対し、将来どんな存在になってほしいのかとか、どんなふうに育ってほしいのかという大きなイメージが重要になってくるのだと思います。

ただし、実際の教育現場で、子供たちを目の前にして、「人格が…」とか「社会が…」と言い始めると大きくなりすぎてしまいます。ですから、若い先生が考えていくときには、学校教育目標とか単年度の目標を通して、「こんな子供に育ってほしい」と具体的にイメージしていけばよいのです。

執筆/教育ジャーナリスト・矢ノ浦勝之

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