主体的な学びを促す「動画制作授業」のすすめ – 森村学園初等部・齊藤翔太先生のICT実践
小学校の授業で、学びを深めるために子供たちが行うさまざまなアウトプット。代表的な手法としては、プレゼンテーションや新聞制作などがありますが、ICTの活用が進むにつれて、新しい、有効なアウトプットの手法も生まれてきています。
動画を使った発表もその一つでしょう。森村学園初等部・社会専科の齊藤翔太先生は、iPadを使った「動画制作」を積極的に活用しています。齊藤先生の実践では、子供たちは目的に応じてさまざまなアプリを使い、いろいろなタイプの動画を制作します。その過程で、子供たちの主体的な学びが実現しています。
「戦国武将プレゼン動画」と「SDGsのCM」という2つの取り組みを例に、なぜ「動画制作」なのか、どのような手順で動画を作り、子供たちはそこから何を学んでいるか、そして教員はどのようなサポートを行うのか等について、齊藤先生に詳しくお話を聞きました。
齊藤翔太 (さいとう・しょうた) 森村学園初等部・ 社会専科教諭。
青森県弘前市出身。高校卒業後はスペインへ留学。帰国後、教職課程に進む。卒業後は公立小学校、私立小学校などを経て、森村学園初等部へ。授業づくりで心がけていることは 「現状維持は一歩後退」。よく見切り発進で授業をして失敗する。バイクが好きで愛車はホンダのスーパーカブ。
目次
「なぜ?」を繰り返しながら身につける「歴史を学ぶ視点」
6年生の歴史学習では、子供たちに、歴史上のさまざまなできごとについて「なぜ?」と考えながら深く学ぶ視点を身につけてもらいます。「戦国武将プレゼン動画」の制作などで主体的な学びにチャレンジする際には、この視点を持っていることがとても大切です。
最初のうちは、私からさまざまな「なぜ?」を提供します。子供たちは、理由を知っていればそれを答え、知らなければ自由に想像して答えます。 例えば、「なぜ平安時代になり急に国風文化ができたのか?」について考えた時は、以下のような回答がありました。
時には大人には思いも寄らない面白い答えが出るので、共有すると考えるのが楽しくなり、歴史への興味関心も高まります。他にも私の手作りのこんな図を見せて説明し、子供たちに疑問に思ったことを挙げてもらい、みんなで考えてみる活動も行います。
年度の前半はこんなふうに「なぜ?」を見つけるトレーニングを積んで、子供たちは「歴史を学ぶ視点」を身につけていきます。
「戦国武将プレゼン動画」制作で主体的な歴史学習にチャレンジ
年度の後半は、子供たちがより主体的に学ぶ授業へとシフトします。Keynoteのライブビデオを使った「戦国武将プレゼン動画」の制作は、児童がさまざまなインプットとアウトプットを経験しながら、主体的に歴史を学ぶことができる実践です。
動画のテーマは、「戦国武将三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)の誰か」の「何か」についてプレゼンをすること。かなりざっくりしていますが、これをもとに、子供たちは、情報収集を始めます。情報収集は、教科書だけでなく、動画コンテンツやウェブサイト、図書室の本など広く使用して行う能動的なインプットです。この時点ですでに子供たちは「なぜ?」と考えながら歴史を学ぶ視点が身についているので、先生が教える必要はありません。
情報収集の過程で、興味がわいたものをテーマとして選び、話す内容を決めます。テーマ選びの段階から、以下のようなルーブリックで動画の評価ポイントを明確に示し、「Bは最低限がんばろう」「できればAをめざそう」と伝え、ここで何を学ぶのかという目標を理解してもらいます。子供たちは、迷ったらこのルーブリックを見返して、テーマや内容について軌道修正しています。
「自由度が高いと、意図する学習から逸れてしまう」ということは、児童主体の学習の課題だと思っています。この授業で、私は教えることはしませんが、教室内を歩き回り、子供たちの様子をよく見て、内容にズレを感じたときは、私から声をかけ、アドバイスするなどして、サポートに全力を尽くしています。
Keynoteのライブビデオ機能を使ってプレゼンテーションを収録
テーマと話す内容が決まったら、ここからはアウトプットの活動です。子供たちは原稿を作成し、それに合わせてKeynoteでスライドを作ります。Keynoteにはいろいろな機能があるので、スライドを作る際、画面が華美になったり、あるいはカンペ代わりに画面に文字をたくさん入れてしまったりしがちです。でも、よりよく伝えるために、「スライドはシンプルに、説明はしっかり」と子供たちに伝えています。
動画撮影は、Keynoteのスライドにライブビデオを挿入し、プレゼンテーションを再生しながら説明して、その画面を収録する形で行います。授業中に一発撮りしますが、収録できる環境があれば家で撮ってもいいことにしています。最初と最後の部分のトリミング以外は、編集はしていません。
子供たちの動画はこちらでご覧いただけます。
ライブビデオでの撮影は、表情やジェスチャー、目線などの表現力も試されます。特に細かく指導してはいませんが、今までプレゼンテーションや映像作品制作に取り組んできた中で、「よりよいものを作っていくためにはジェスチャーや目線にも工夫が必要」だということに、子供たちは気づいています。もちろん、「わかりやすい表現」があったときには、私からも取り上げて紹介するようにしています。
完成したプレゼン動画は、ロイロノートの提出箱で共有し、授業の時間を使ってみんなで鑑賞します。仮に授業中に見ることができなくてもいつでも閲覧できますし、保護者にも見てもらうことができます。お互いの動画を見て、コメントで質問しあったり、アドバイスしたりすることは、子供たちにとって貴重なインプットとなり、モチベーションアップにもつながります。
「SDGsのCM制作」大切なのは活動を通して得られる気づきや学び
5年生の社会では、「SDGsのCM動画」を作りました。iMovieを使って本格的な編集にチャレンジする動画制作活動です。
CM制作を始める前に、子供たちに世の中の社会問題を挙げてもらい、それをSDGsの17項目に分類しました。この作業で、子供たちは、SDGsの裏には、社会問題が隠れていることを理解します。
そして、SDGsに取り組む理由と、私たちにできることを考えました。この中から、「呼びかける」「伝える」「輪を広げる」といった活動を選び、CM制作につなげていきます。
CM制作にあたっても、評価の基準となるルーブリックを最初に提示します。CMは、まずコンセプトをしっかり決めて、それをもとに作ることが大事だと思います。子供たちは次のようなシンキングツールを使って、制作に入る前に全員が自分のCMのコンセプトについてじっくり考えました。
コンセプトが固まったら、iMovieを使って、CM動画の編集を始めます。iMovieだけでなく、他の教科などで使ってきたいろいろなアプリケーションも活用しました。子供たちは、「こうしたい!」という強い気持ちがあるので、基本操作がわかれば、あとは使いながらいろいろな操作を自分で覚えますし、つまずいたら積極的に質問してきます。自分たちの主観で自由に制作し、オリジナリティ溢れる作品ができあがりました。
CM制作で最も大事なことは、完成したCMのクオリティではありません。もちろんCM自体も評価しますが、それよりも、CM制作の過程でどれだけ多くのことに気づき、学ぶことができたかが重要です。CMの質に関係なく、多くの子供たちの振り返りには、SDGsをしっかり理解したことがわかる内容が書かれていました。
「動画制作」を子供たちのアウトプットのスタンダードに
私は、動画制作は、みんなの前で行うプレゼンテーションや、新聞制作などと同じく、子供たちのアウトプットのスタンダードの1つになると考えています。
動画制作のメリットとしては、
- 動画制作にはICTの活用が欠かせない=子供のモチベーションにつながる
- 動画収録には試行錯誤(編集や撮り直し)の機会がある→プログラミング的思考の育成
- 自分のも友だちの作品も見返すことができ(自分を客観的に見ることができて)、保護者も見ることができる
といったことが挙げられます。
制作活動は、1人でやることも、チームで取り組むこともあります。1人の場合は、すべて自分で作業するので、ICTに関する知識や技術などが多く得られるというメリットがあります。一方で、作業の負担が大きかったり、客観的に自分の作品を見ることが難しかったりすることがデメリットと言えます。
チームの場合は、役割分担でお互いの苦手を補い合えることや、コミュニケーション能力が向上することがメリットです。一方で、意見の食い違いがあったり、休みの児童がいて進まなかったり、ふざけてしまったりすることもあります。どちらも一長一短あるので、うまく組み合わせて行うことが大切です。
今回ご紹介したのは社会科での実践ですが、動画制作はどの教科でも活用でき、子供たちの主体的な学びを促進するアウトプットの形です。ぜひ多くの先生に挑戦していただけたらと思います。
取材・執筆/石田早苗