小3道徳「長なわ大会の新記録」指導アイデア
使用教材:長なわ大会の新記録(光村図書)
執筆/北海道教育大学附属札幌小学校教諭・大松浩一
監修/北海道公立小学校校長・荒井亮子、文部科学省教科調査官・浅見哲也
目次
1.授業のねらい
私は授業のねらいを考えるときに、必ず小学校学習指導要領解説の特別の教科 道徳編の内容項目指導の要点を見て考えていきます。
本時は「A 正直、誠実」です。「第3学年及び第4学年」を見ると、「たとえ仲の良い仲間集団の中にあっても、周囲に安易に流されない強い心を養う要ともなる」という表記があります。ここをねらいの中心として捉えていきました。
小学三年生の光村図書の教科書には、「A 正直、誠実」について学べる教材が二つ掲載されています。本時と「よごれた絵~正直にあやまる心~」です。同じ内容項目をねらいとする授業が複数回ある場合も、それぞれの授業の児童の学びが新しいものでなくてはならないと考えています。
「よごれた絵」では、自分と友達の二人があやまって、友達の作品を汚してしまいます。「長なわ大会の新記録」では、守がストップウォッチを押し忘れたことをみんなに言おうか黙っていようか迷っているとクラスメイトの真理が「黙っておこう」と言います。
今回の授業のねらいは、「周囲に安易に流されない強い心」について考えることです。真理の言動をどう扱うかが考えを深めるポイントになります。
2.意図的な授業展開と手立て
今回の授業は、道徳科における四つの理解を45分間で意図的に考えられるように授業を構成しました。また、児童が自ら考えたくなるような手立てを準備しました。
- 価値理解(人間としてよりよく生きるうえで正直に生きるということは、明るい心でのびのびとした生活が実現できるという理解)。
→守の心情を考えたり、これまでの自分の経験を語り合わせたりします。 - 人間理解(正直に生きることは大切であってもなかなか実現することができない人間の弱さなどの理解)。
→守の心の葛藤場面で心情円盤を利用し、なかなか言いにくい人間の弱さを表出させていきます。 - 他者理解(正直に生きることを実現したり、実現できなかったりする場合の感じ方、考え方は一つではない、多様であるという理解)。
→「このあと守はどうするだろう」この発問で、自他の考えに触れさせていきます。 - 自己理解(これまでの自分の経験やそのときの感じ方、考え方と照らし合わせながら、さらに自分に対しての理解を深める)。
→「似たようなことを経験したことがあるのか」と、児童のつぶやきに対し問い返していきます。
「自分だったらストップウォッチを押し忘れたことをみんなに言うか、黙っているか」という発問をすることは、自我関与が弱い場合の手立てと考えています。「自分だったらどうか」と問い返すことでより深く考えていくこともできます。
▼心情円盤
組み合わせた円を動かすことで、色の付いた部分の範囲を変えることができます。児童に一人一つあると自分の考えを表現しやすくなります。
また、ユニバーサルデザインの視点で考えると、2色の色を吟味する必要があると思います。本実践では、正直に言う「白」、黙っておく「黒」にしました。児童たちにとって違いが分かりやすい色にするとよいでしょう。
黒板には、大きい心情円盤を貼ります。児童たちの考えによって円盤を動かしながら授業を進めます。心の中を視覚化することは児童の支援につながると考えています。本実践以外でも、自らの心情の変化や心の葛藤に気付いてほしいときに使用しています。
実際の授業展開
主題名
明るい心で
教材名
長なわ大会の新記録
ねらい
新記録が出そうなことに夢中で、ストップウォッチのボタンを押し忘れてしまったことに悩む守の姿を通して、明るい心で生活するためには、自分の過ちに対して周囲に流されず、強い心をもって素直に認めようとする実践意欲を育てる。
内容項目
A 正直、誠実
準備するもの
・心情メーター(児童分)
心情メーターのPDFはこちらよりダウンロードできます
小三道徳学習プリント「長なわ大会の新記録」
指導の概略(板書計画例)
導入
①運動会を想起する。
- 楽しかったこと。
- 競技でミスをしたときの気持ち。
展開1
②教材を読み聞かせする。
- 守が長なわ大会を楽しめていたかどうかという視点を与えてから読む。
展開2
③ストップウォッチを止め忘れた守の心情を考える。
展開3
④守の心の葛藤を考える。
- 真理に「みんなには黙っておこう」と言われた。守は正直に言おうと思っているのか、黙っていようと思っているのか。
- 心情円盤を使って守の心の中を表す(正直に言うは白、黙っているは黒)。
- みんなの心情円盤を比べてみる。
展開4(中心発問)
⑤このあと、守はどうすればよいのかを考え、話し合う。
- どんな思いで「正直に言おう」「黙っていよう」と思ったのか。
- どのような考えが大切なのか。
終末
⑥今日の学習をふり返る。
- 今日の学習を通して考えたことを道徳ノートに書く。
ここがアクティブ! 授業展開の補足説明
授業では、児童一人ひとりに心情円盤を与えることで、守の心の葛藤を見える化できるようにしました。正直に言う気持ちは「白」、黙っておく気持ちは「黒」で、一人ひとりが考えた守の心の心情円盤を一斉に見せ合います。
すると、「え―。なんで黒が多いの」、「私と似ている人がいる」などとつぶやき始めました。児童が友達の考えを聞きたくなっている様子が伝わってきました。
授業のねらいに向かって児童に意図的に活動をさせていきますが、教師に尋ねられているから答えているというのではなく、児童自らが疑問をもったり、考えてみたいと問いをもったりするような授業にしたいといつも思っています。
「友達の考えは聞こうね」と言わずとも今回のような手立てがあれば、児童は話したい、聞きたいという思いをもちます。今回の心情円盤は、正直に生きることは大切であってもなかなか実現することができない、人間理解の話合いが活性化することをねらいにしました。
授業をするうえでの注意点・ポイント解説
導入では、運動会の想起をしました。「運動会は楽しかった?」だけではなく、自分が競技でミスをしたときの気持ちなどを本時のねらいに関連するように掘り下げていくことが必要です。
また、教科書の内容から自分の経験を思い起こして考えるためには、児童のつぶやきをいかに拾えるかが大切になります。本時では、中心発問である「守はこの後どうすればいいのかな」で、正直に言うべきか、黙っておくべきかで話合いが進んでいきました。
その際に、一人の児童が「正直に言う」という考えの児童に「現実はそんなに甘くないよ」とつぶやいていました。そこで、「どうしてそう思っているの。何か似たようなことを経験したことあるの」と問い返して広げていくことで、より実生活と結び付けて考えることができました。
この授業では、正直に言うこと、黙っておくことの行為を選択することが大事なのではなく、その行為を支えている思いが大切です。正直に生きるよさを多面的・多角的に考えていくことで、正直であることの快適さや周囲に安易に流されない心の強さが浮き彫りになっていきます。
「後でばれるのは嫌だ」「自分の心がすっきりする」など自分軸で考えていた児童と、「ごまかすことはみんなを裏切ることになる」「正直に言うことが相手を大切にすること」など他人軸で考えていた児童たちの考えが絡み合っていくことで、より深く考えられると思います。
教科調査官からアドバイス
文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官・浅見哲也
道徳科の学習では、「多面的・多角的に考える」ということが重視されています。これは、物事を一つの見方で一面的に捉えるのではなく、さまざまな面をさまざまな角度から捉えて、その物事をより深く理解しようとするものです。
そこで必要な捉え方、価値理解、人間理解、他者理解であり、これらの理解を通して、ねらいとする道徳的価値を深く理解することができ、最終的にはその視点で自己をしっかりと見つめていく、これが自己理解となるわけです。
また、大松先生は、児童の気持ちや考えを表現しやすくするために「心情円盤」を活用しています。これは、なかなか言葉では表現しにくい児童にとっては表現しやすくなり、さらに自分の複雑な思いも色の割合で表現できる優れものです。
その他にも「心の階段」や「心情メーター」なども活用され、児童が表現しやすくなれば、当然、授業の学びの姿を見とる評価にも大いに役立つと言えます。授業では、こうした教具を工夫しながら児童同士のやりとりを大切にされた展開が伝わってきます。
『教育技術 小三小四』2021年1月号より