密を避けつつ「主体的・対話的で深い学び」を実現する「導入・展開・終末」の工夫
新型コロナウイルスの感染拡大によって、臨時休校、分散登校、授業短縮などイレギュラーな対応の中でのスタートとなった小学校の「新学習指導要領元年」。どのように「主体的・対話的で深い学び」を実現し、この難局を乗り越えていけばよいのか。國學院大學で教鞭をとる田村学教授に話を伺いました。
田村 学(たむら・まなぶ) 國學院大學人間開発学部初等教育学科教授。新潟大学教育学部卒業後、小学校教諭などを務め、平成28年度まで文部科学省初等中等教育局視学官。生活科・総合的な学習の時間の実践、カリキュラム研究に取り組んでいる。
目次
意図的な場面設定により効果的な学びを促す
これまで「主体的・対話的で深い学び」を実現するために多くの学校がグループでのディスカッションや意見交換などに取り組んできました。しかし、今では安全上の観点から、それができません。
では、どのように「主体的・対話的で深い学び」を実現していけばよいのか。授業の「導入」「展開」「終末」それぞれの場面で以下の点を意識していただきたいと思います。
●導入
子ども自身が自発的に問題意識をもつことができる場面を、教員の意図的で組織的な指導により生み出します。複数の資料を見せることで、子どもたちが疑問をもつケースはこれまでもよく見られた光景です。問題の提示方法や場面・状況の設定など、ここで教員が指導力を発揮できれば、時間を短縮しつつ、子どもが主体性をもって学習に臨む姿勢を促すことができます。様子をよく観察しながら、子どもたちが主体性を発揮することができるような指導力を磨いていく姿勢が求められます。
●展開
これまでの展開のパターンとしては、簡単に言うと「個人思考」→「少人数での議論」→「クラス全体での議論」という流れが一般的でした。しかし、現在の状況では「少人数での議論」が難しい。マスクやフェイスシールドをして無理やり行うよりも、危険がない個人思考やクラス全体で議論を行う場面でいかに工夫をするかに目を向けるべきです。
個人思考の場面では、子ども一人ひとりが、教員が期待するような思考ができているのかを意識する必要があります。与えられた情報の中で「結び付けるべき情報はどれか」「情報を結び付ける上でどのような思考(分類・比較など)を行えばよいか」といった点についての子どもの考え方を浮き彫りにして、授業を展開していく力が求められます。ノートやワークシートの意図的な設計により、実践させたい流れの思考を促すことにつながります。
クラス全体で議論する際にポイントとなるのは、板書の書き方です。板書は、授業中に子どもが発したさまざまな知識や情報それぞれの関係を考えながら、関連的・構造的に記していくものです。板書がしっかり整理されていれば、子どもがもつ一つひとつの知識や考えの関係性が見えてきます。子どもの自発的な発言を後押しする要素にもなり、結果的に主体的・対話的で深い学びの実現につながります。子どもたちの発言同士の関係性を可視化するよう、意識することが大切です。
●終末
文章を書いて振り返る活動を重点化します。「話す」「書く」という行為には、知識同士を関連づける上でそれぞれ違った性質があります。音声言語は、話題を広げることに適していますが、その内容に曖昧さを含むことが多くあります。一方、文字言語は、音声言語よりも伝達に手間がかかりますが、明確な表現になることで考えの自覚がしやすく、情報が蓄積されることで共有もしやすいという特徴があります。このため、振り返りや考えの整理をするためには、「書く」ことが適しているのです。
これまでは、授業の導入や展開の部分に時間をかけて取り組むあまり、振り返りに時間がとれず、子どもがなんとなく感想を書いて終わってしまうケースは多くありました。しかし、授業で活動してきたことを見つめ直したり、友だちの情報と結び付けたりしながら文字言語で表現する時間をしっかり確保すると、改めて自分の考えや、考えに至った流れを再確認できます。
密を避けつつ主体的・対話的で深い学びを実現するための授業の工夫
【導入】
教員の意図的な提示方法や場面・状況設定によって、子ども自身の自発的な問題意識の気づきを促す。
(時間の短縮が可能)
↓
【展開】
期待する思考を意識し、ノートやワークシートを設計。子どもの発言から、一つひとつの知識や考えの位置づけや関連性を可視化する板書を心がける。
(時間の短縮が可能)
↓
【終末】
振り返りにはこれまでよりも丁寧に取り組む。文字にして書くことで、曖昧さを含んでいた考えを明確に自覚する。
さまざまな情報を踏まえて自分の考えを書くことに苦手意識をもっている子どもは多く、文章を書く指導に自信がない教員がいることも事実です。この機会に、これまでよりも力を入れて指導を行うことで、より子どもたちの中に定着する学びを実現していっていただきたいと思います。これまで指導の中で避けてきた部分や、弱点としてきた部分を補強するよい機会だと捉えて、教員としての可能性を広げていけるとよいでしょう。
子どもの成長を見取る上で具体的な評価規準が不可欠
今回の学習指導要領の改訂によって、教育課程全体が実際の社会で活用できる資質・能力の育成にシフトチェンジされました。教員には、非常に見えにくい成長を見取っていく力が必要になります。さらに、学習活動の変化や授業時間のスリム化などを加味すると、よりいっそう「見取る力」が問われることになります。
子どもの姿を見取るための材料としては、発言はもちろん、つぶやきや表情、振る舞いなどがあります。例えば、授業の前半と後半で、子どもの言動に変化があらわれるシーンはよく見られます。こういった姿を連続させ比較すると、その子どもがどのような経緯で、どのような考えに至ったのかといった思考の流れが見えてきます。子どもの様子を時間軸や空間軸でつなげることで、子どもの成長が見えてくるわけですが、こういった見取りを根底で支えるのは教員が「評価規準」を具体的に思い描くことです。
例えば、「思考力・判断力・表現力等」の観点で評価する際、「子どもが真剣に考えている」という表現よりも「AとBの資料を比べ、その違いを明らかにしながら、次の計画を立てている」という表現の方が、より詳細に子どもの変化を捉えることができていることがわかります。このように、評価規準を定める上では、最も期待する子どもの姿を具体的に言語化していくことがポイントです。
「学びに向かう力・人間性」など他の観点においても同じことが言えます。「粘り強く頑張っている」とするよりも「〇〇ができるようになるために繰り返し何度も挑戦している」とより具体的に言語化できれば、より規準がはっきりしてきます。評価規準を明確にできれば、めざす子どもの姿を実現するための学習活動の設計がしやすくなり、授業の質の向上につながります。
それぞれが当事者意識をもち、チームでクリエイティブに動く
現在学校に求められるのは、状況に応じて随時優先順位を入れ替えながら、物事に柔軟に取り組める体制。構成員の意識の在り方も重要で、校長は教員が自発的にアクションを起こせるようリーダーシップを発揮していく必要があります。
教育現場においては、ときに「学校はこうあるべき」といったルールが出てきます。それがフレキシブルな活動の弊害となることもあるでしょう。こういったケースが多くなると、構成員一人ひとりが自分のアイデアを生かしたり、お互いが協力しながら物事を進めていったりする機会が減ることになります。
しかし、教員それぞれが当事者になり、今実現可能なことをクリエイティブに考えていくことが、可変的なシステムの構築やチーム力の発揮につながります。そのためには、教員が学校での仕事に対して前向きな姿勢になれることが大事です。働き手である教員が力を発揮しつつ、ときにはカバーができる職場環境にするため、管理職による目配せは欠かせません。
取材・文/加藤隆太郎(カラビナ)
『総合教育技術』2020年11月号より